1-14 『如月』結束


祐は、病院に着くまでの恭也との会話を思い出す。


霊獣という存在、その正体について。



『俺の予想は、実害が出たってのはでっち上げで、何者かが霊獣と言う架空の噂を流したこと。仮に実在しているとしたら、それは霊の成れの果てなんかじゃない。誰かが故意で生み出してる』


恭也は、そんなことを言っていた。

そして、この2択を1択にするのが、今回の俺たちの任務だったと。


そして霊獣の存在が確認された今、恭也の予想は後者一択に絞られた。



霊獣は霊の成れの果てではなく、見知らぬ誰かによって故意に作られた存在。

たしかに、可能性は十分にある。

だが祐は、恭也が確信しているほどこの説に自信を持てなかった。


いや、信じたくなかったと言う方が正しいか。

もしも霊獣を生み出した黒幕がいるのだとすれば今回霊獣と交戦した祐達は今後間違いなくその黒幕に目をつけられる可能性がある。

その正体や目的がなんであれ、そんなことになれば今以上に祐の平和を脅かす恐れがある。


そんなのは、もう勘弁だ。

学校に入ってまだ初日だと言うのに、日天子アドウェルサの厄災以降、祐が保ってきた平和な日常はもう既に崩れかけている。

これ以上面倒ごとに巻き込まれたくはない。



だが、そんなことを思っていた矢先、もう一つの可能性が目の前に現れた。

結束のコントロール不能な霊能力だ。

祐は今まで、実力不足以外の原因で霊能力が操作できない現象は見たことがなかった。

能力の扱いの難しさはその人が持つ霊能力によって個人差があるが、彼女が持つ能力がどんなに操作難易度の高い能力だったとしても、今日の実技試験で結束の霊力操作精度を目の前で見せつけられて、彼女が実力不足で能力を使えないとはとてもじゃないが言えない。


なら、なぜ能力がコントロールできないのか。

そう考えた時に頭に浮かんだのが霊獣という存在だ。

恭也が言っていた噂を信じるなら、霊獣は理性を失った霊のようなもの。

ならば、もしその霊獣が人に憑依したら?

結束の持つ能力が、理性を失った化け物の能力だとしたら?

霊能力をコントロールできないという現象が起こり得るのではないだろうか。

これには一切の証拠も根拠もない。

全てただの推測だ。


だけど。

もし当たっているのだとしたら恭也の予想は外れることになる。


霊獣という存在が噂され始めたのは、恐らくつい最近のことだ。

つまり黒幕がいると言う予想が正しければその黒幕が霊獣を生み出したのもつい最近のこと。


だが、霊が憑依するのは人間が生まれる瞬間だ。

つまり、結束に霊獣が憑依したとしたら、それは約15年前。

時間軸に明らかな矛盾が生じる。


まとめると『結束は霊獣が憑依していた為能力のコントロールができない。よって黒幕がいると言う可能性はない。あくまでも霊獣は霊の成れの果てであって自然に生まれるもの』という筋書きが祐にとって一番都合が良かった。


だがそうすると『なぜ今まで霊獣という存在が認知されなかったのか』という別の問題が生まれてしまうが、これに関しては今の時点では分からない。

逆に言えば、この祐の推測は僅かな望みにかけているだけであって当たる確率は絶望にほぼ等しい訳だが、果たしてどうか。


「…………………」


結束は何かを言い淀む様な様子を見せるも、なかなか口を開こうとしない。

さっきの祐の予測に対しては当たらずとも遠からずというような反応を見せてはいたが………



やがて彼女は俯いたまま小さな声で、言った。


「…………教えることは、できないわ」

「……それは、図星と捉えていいのか?」

「…………………」

「………隠したい情報であることは分かった。でも、事情は伏せるがこれは俺にとってもちょっと大事なことだ。できれば、教えてほしい。もちろん口外しないと約束する」

「そんなの、信用できるわけないでしょう」

「……………………」


そりゃまあ確かに。

邦霊の人間ともあろう者がこんな口約束を信用できるわけがない。


なら、別の方法で吐かせるか。


「言わないのなら、お前の霊能力の情報を他の邦霊の奴らに売り飛ばす」

「………そう。それならこっちはあなたの能力の情報を広めるわ」

「はっ、俺とあんたじゃ情報の価値は全然違うだろう?天秤にかけるまでもない」

「そうね。でもあなたにとって事の大きさなんてどうでもいい。大事なのは、お互いの人生が懸かってるということだけ。そう考えれば天秤は傾かないわ」


………………。

俺には命を賭してまで如月家を潰す理由なんてない。

なら、俺にとって如月家よりも俺の命の方がはるかに重い。

この女。

俺の立場と性格をよく分かってやがる。


「…………………」


………面倒だな。

俺の人となりを理解された上ではどんな駆け引きも通用しない。

俺が結束から情報を引き出そうとしていたのは、『俺にとって一番大事なものが自分の命であることを結束に悟られていない』という前提の話だった。


だが、それを知られた上で自分の命に等しい『霊能力の情報』を握られては、こちらがどんなカードを切ろうと彼女は口を開かないだろう。


だが、まあいい。

彼女の洞察力を見誤ったとて、互いの持つ『情報の重さ』は覆らない。

なら、まだ方法はある。


「なら、更に俺はあんたに霊獣が憑依している噂を流す」

「……は?」

「お前が霊能力をコントロールできないという情報を一緒に広めれば、嘘だったとしても信憑性は十分にあるだろ。もしそうなればいくら如月家といえどお前を庇い切ることはできない。ほぼ間違いなく邦霊の研究対象モルモットにされる。まともな死に方は出来ないだろうな」

「………そんな噂を広めれば、如月は噂の出どころを突き止める。私が進言すればあなたに辿り着くまではそう時間がかからない。結局あなたの命は脅かされることになるわ」

「……だから?」

「えっ」

「………………」


さて…………嘘をつくか。

ここからは、賭けだ。


「どうもお前は勘違いしてるみたいだな。そもそも俺はお前が思ってるほど、生きることに執着していない」

「嘘ね。あなたは自分を守ることに必死な人間。出会って一日でも、それくらいの事は分かる」

「……………そりゃあな。敵だらけの月園あの学校じゃそうなるだろ。俺は別に死にたいわけじゃない」

「………つまり、何が言いたいの」

「必死に生きたいわけじゃない。死に急いでるわけでもない。ただ、お前らと刺し違えることを躊躇わないくらいには………………俺は、邦霊が嫌いだ」

「……………」


祐は結束を鋭く見つめ、少しずつ声を低くしながら、見え隠れする程度の憎悪を声に込める。

しかし結束は、捉えられた視線を離さず祐をじっと見つめ返す。

測っているのだろう。

祐の言葉のどこまでが本心なのか。


「……………あなたが邦霊を恨む理由なんてあるのかしら」

「今日の俺を見ただろ。あれで人を嫌わない俺は聖人かなにかか?」

「あなたは気にしていないと言った」

「建前だ」

「どちらにしろ、自分の命を捨ててまで復讐するほどとは思えない」

「今日みたいに生徒からちょっかいかけられるだけならな。あんなもの氷山の一角だ。俺の立場が分かりやすく可視化されただけ。俺が嫌ってるのは『生徒』じゃなくて『邦霊』なんだよ。水無月家当主が消えて、邦霊おまえらが俺達に何をしたのか。…………忘れたとは言わせない」


祐は拳を握りしめる。

当然演技…………とも言えなかった。


刺し違える程でないにしろ、祐にとって邦霊を恨まないなど無理な話だ。

完全な嘘というよりも、本心を演技で増幅させてるからこそ、祐の発言には結束に疑心暗鬼を与えるほどの現実味を帯びている。


「…………………」


邦霊は、父さんと母さんが失踪した途端、隠す素振りもなく邦霊加盟家を総動員させて水無月家を潰すよう動いた。

当主不在を理由に水無月の名のもと締結させた条約の内容にケチをつけ、破棄を求めた。

それに水無月が反対したことを口実に、直接的な宣戦布告はせずとも、ことある会議で水無月と他の家の武力が覆ったことをチラつかせ、黙るしか無かった水無月を見て、邦霊はもうやりたい放題だった。

水無月家が不利になる条約の改定、強引可決。

それにより、連携業務の独占、邦霊が経営する各企業からの支援、融資の停止。

土地や財政など、あらゆる権利の剥奪。

いたる場面で圧力をかけられた水無月家はやがて運営難となり、邦霊からの除名を余儀なくされた。


「……………でも、あなたは夏越でしょう。邦霊は、傘下の家あなたたちに直接何かした訳ではない。本家が潰された恨みだけで、やはり刺し違えるほどの恨みを持つ理由は無い」


祐は、再度拳に力を込め、自然な怒りに見えるよう肩を上げる。


「…………お前に、何が分かるんだ」

「…………………」


…………無駄だよ、如月結束。

そんなじっと睨んで、観察しても無駄だ。

読み合いだけじゃ、人の本心は見えない。

目は口ほどに物を言ったとしても、その全てを見通すことなどできない。


「…………………」


俺の嘘を99%確信できたとしても、残りの1%を詰め切る根拠を、彼女は持っていない。

それじゃあ駄目だ。


お前が邦霊の人間ならば、どんなに見え透いた嘘でも、『最悪の1%』を無視できるほどの間抜けじゃないだろう?


もし、夏越祐が本気で邦霊を潰そうと考えていたら。


その僅かな可能性を引いてしまった時の責任は、1人で背負えるようなものじゃないことを、お前は知ってるだろう?


「…………………」


そして、彼女の何かを試すような鋭い眼光はやがて緩み、観念したのかギリっと歯ぎしりを立てる。


「結局あなたも、邦霊と同じじゃない」

「………何が」

「相手の性格を読み取って、弱い所を突く。私が言えた事じゃないけど…………気分が悪いわ」


結束の発言に、祐は違和感を感じる。


「……………」


…………なんだ、それ。

情報を吐くしかない状況に悔しがってるのかと思ったら、俺の立ち振る舞いに機嫌を損ねてるのか。

自分も邦霊のくせに、何をそんなに嫌悪している?


……まあ、いい。

こいつの性格なんて、それこそ読み取ろうとしても読み取れない。


「………それは、状況を理解したと解釈していいか?」

「……なんで、あなたはそこまでして………」

「言えない。でも、邦霊おまえらと同じになってでも譲れない物がある」

「………………」

「ほら、どうする」

「…………………くっ」

「くっ、じゃなくて。どうするんだよ」

「………選択肢なんて、ないでしょ」

「じゃあ言え。早く」

「…………………」


強引だが、こうでもしないと彼女は情報を吐かない。

それに、ぶっちゃけ彼女が何を言ったとしてもその情報はおそらく祐の中で自己完結する。

祐が彼女の能力について探っているのは、8割は黒幕がいると言う可能性を排除したいから。あとの2割は好奇心だ。

特に口外する理由はないので外に漏れることはほぼほぼないのだが、それを彼女に言ったところでやはり信用はされないだろう。


彼女の気持ちを思うと多少罪悪感はあるが背に腹は変えられない。

今は何よりも、情報。

情報が優先だ。


「あなた、私に憑依している霊が霊獣じゃないかって言ってたわよね」

「ああ」

「………結論から言う。あなたの予測が当たったいるのか、私にも分からないわ」

「……………は?」


何を言ってんだこいつ。

この期に及んでまたはぐらかすつもりか。


そう思ったのも一瞬、彼女はすぐに話を付け足した。


「今回の私達の任務は、その為のものだったってことよ」

「!!…………ああ…………そういう、ことか」

「……………」


つまり、彼女は自分が霊能力を使えない理由をまだ知らないのだ。

もっと言えば、如月の中でもまだ解明されていない。

彼女は恐らく、ずっと努力をしていた。

そして悩んでいた。

なぜ自分は霊能力をうまく使えないのか。

なぜどれだけ努力しても足りないのか。

最初は実力不足と思うしかなかったのだろう。

だが、媒体霊術を巧みに扱う自分の技量を見て、少しずつ違和感を感じるようになった。


そんな時、『霊獣』と言う存在が噂として流れ出した。

そして思う。もしかすると自分に憑依しているのは霊獣なのではないかと。




…………こいつは、俺と同じ予測を立てたんだ。


だから。


「だから…………如月は、今回の任務を請け負ったんだな」

「…………ええ」

「………よく、分かったよ」

「あの………このことは、絶対に……」

「言わないよ。別に、言う事情も相手もいないし。…………信じらんないとは思うけど」

「………………」



………彼女は不安そうな顔をしている。

そして、その不安は祐をどれだけ信用していたとしても、拭われることはない。

信用以前に、漏らしてしまった情報があまりにも大きいからだ。

だが、彼女のその様子に祐は少し違和感を感じる。


そんな顔をするのなら、なんで。


「なんで…………言ったんだ?」

「えっ」

「お前が漏らした情報。たとえ脅されていたとしても、絶対に言うべきではなかった。それこそ、そこの端に座ってるあんたの従者なら絶対に言う前に止めただろう」

「…………それ、は」

「お前、さっき言ってたよな。俺は脅しはしても殺しはしないって。なら、お前に霊獣が憑依していることを広めるってのも、本気だと思ってなかったはずだ。それなのに、お前は言った。それはなんでだ?」

「………………」

「いや…………俺が無理矢理聞こうとしたくせに、って話なんだけど」

「………………」


何だろうか。

彼女ははたまた何かを言い淀んでいる。

だが、その様子はさっきとは違い、どこか恥ずかしそうな表情で口をもごもごさせている。


「………えぇっと………」

「…………………何だよ」

「………………」

「何だ」

「…………………」

「…………………」

「……………恩、を」

「は?」


下を向いたまま、ボソッと呟くように彼女は言う。


「何て?」

「恩を………感じているから、かしら」

「は?」

「いやっ、だから恩を……」

「聞こえたよ。聞こえた上で意味分からん」

「…………っ」


恩を感じた?

何言ってんだこいつ。

恩ってのは、彼女を霊獣から守ったことを言っているのだろうが、それに恩を感じることと情報を吐くことは全くの別だ。

俺と彼女は家の立場上、あくまでも敵同士なのだから。


だが、彼女は祐の思考を遮るように声を上げた。


「あ、私はっ!」

「…………………」

「………あの時、本当に死ぬと思った。恐怖で頭がいっぱいになって、今まであんな感覚味わったことなくて………とても、怖かった」

「…………………」

「だから……あなたがきてくれた時、疑問や戸惑いは多かったけど………それ以上に救われて、嬉しくて……」

「……俺がお前を助けたのは、お前らの話を聞くためだと言ったはずだ」

「そうだとしても、私は今、あなたのおかげで生きてる。でも……………あなたは、ありがとうって言ってもあまり嬉しそうじゃなかったから。それに……それだけじゃ私の気が収まらない」

「……だから、何も返せる物を思いつかなくて、『情報』を恩返しにしたのか」

「………本当は、言ってはいけないって分かっているんだけど……」

「………………」


この女、狂ってる。

言っていいことと悪いこと。

重要であることとないこと。

邦霊の人間として、その線引きは出来ているはずなのに、感情がそれよりも前を先走って、結局自分のやったことが分かっていない。

彼女は邦霊の人間として、明らかに狂っている。


もし俺が如月に恨みを持つような人間で、本当に打算で彼女を助けたとしたら、如月家はもう終わっている。

それほどの事を彼女は言ったのだ。



今日学校で彼女を初めて見た時に感じた、誰も寄せ付けない、まさに権威者を絵に描いたような凛とした風貌とはまるで違う。


本当に、こいつは………



「お前は…………邦霊に、相応しくないな」

「…………それを言われたのは、今日で二度目ね」


彼女は自嘲気味に笑う。


………二度目。

初空七瀬、か。

実技試験の最終局面、結束と七瀬が話をしていた時。

あの時は七瀬の大声しか聞き取れなかったので、それ以上何を話していたのかは分からないが。


…………あいつは、彼女とどんな話をして。

彼女のどんな姿を見て、その言葉を発したのだろう。


「…………………」


彼女のことをどれだけ考えても、意味はない。

とりあえず、聞くべきことは全て聞けた。

話し合いはこれで終わりだ。


「………最後に、一応言っておくが、明日から俺に話しかけないでくれ」

「え?なん……」

「ただでさえ、俺は学校の連中から毛嫌いされてるのに、お前と関わるとさらに悪目立ちする羽目になる。それは、お前も同じだろ」

「…………………」

「お互いのためだ。俺は、学校の中でひっそりと生きる為に。お前は如月の人間としての名誉の為に。俺たちは……関与するべきではない」

「…………………」


……………分かっている。

本当は、俺にこんなことを言う資格はない。

そもそも、彼女と関わることになった始まりは、夏越の人間として蔑視べっしされている自分を助けてくれたことだから。

孤独に生きれない自分を助けてくれたのに、孤独に生きる為に関わるななんて虫のいい話なのは分かっている。


それでも…………これ以上、彼女に関わっては、駄目だ。

まだだ。

まだ、取り戻せる。

まだ………………俺は、祐として、生きていける。



一人で思いふけっていると、もどかしそうに下を向いていた彼女が、突然声を荒げた。


「で……でもっ!それじゃあ、あなたが……」

「…………あ?俺が?」

「………………………」



結束は何かを言いたそうにするが、それをぐっと飲み込むように一呼吸置き、声を落ち着かせて、言う。


「……………ねえ。なんで、あなたは学校に来たの」

「……なんだいきなり。てか、またその質問か」

「でも結局、あなたはまだ本心を語っていない」

「お前に本心を語る必要なんか無い」

「……………ひっそりと生きるって言ったわよね。それがあなたの目的なら、学校に来る必要はなかった。それもわざわざ自分が嫌われることが分かっている、月園高校に。あなたには………何か別の目的があったんじゃないの?」


それは、実技試験の時のような責め立てるような言い方ではない。

本気で自分を心配しているかの様な顔で、彼女は言う。


そして、皮肉にも悟ってしまう。

実技試験の時の、彼女の高圧的な態度。

実力の差を見せつけるような戦い方。

あれはきっと、俺に学校を辞めさせるための行動だったんだ。

俺の戦術を真っ向から受け切った上で勝ちを掴みとり、俺の『弱さ』を正面から叩きつける。

そうやって絶望を与える事で、俺を学校という存在から遠ざかって行くよう促した。

きっと、如月という立場がある故に周りを気にした結果、突き放すような形で俺を救おうとしてくれたんだ。


祐は試験前、岩垣の説明を受けている時に周りから嫌悪の視線を浴びる中、彼女と目が合ったことを思い出す。


…………あの時。彼女の目に映る俺は、どのように見えていたのだろうか。


「………………………」


だが、やはり彼女に教えるべきことは、何もなかった。

ここで自分の『弱さ』をありのままに話してしまえば、彼女とさらに深く関わることになってしまう。

だが、ここで無視しても彼女はまた祐に関わろうとするだろう。


それなら、今はそうならない為の言葉を言うべきだ。


「…………学校に来た、目的。目的は………ある。でもお前には関係ない。むしろ邪魔だ。それはお前が嫌いとかそういうのじゃない。お前が結束だから。…………だからもう、俺に関わらないでくれ。これは命令じゃない。お願いだ」


無意識に小さくなっていく声で、そう言った。

…………目的。

自然とそんな言葉を使ってしまったが、その目的が何なのか、自分ですら分からない。


とりあえず、今は彼女を避けられれば、何でもいい。


「………………そう。…………………分かった」

「ん」



これで本当に、彼女と話すべきことは終わった。

祐は踵を返し、遠くで作業をする恭也に声をかける。


「こっちは終わった。恭也は?」


すると恭也は「んー?」と首だけ振り向いて、言う。


「まだ終わってないから、先帰ってていいよー!それか、外で待ってて。埃っぽいとこで待つのはしんどいでしょ?」


と、恭也の割には珍しく気を使うようなことを言う。


たしかに、意識的に慣れてきて忘れていたが、ここは腐敗臭と湿気漂う廃病院の中だった。

思い出すと急に吐き気が込み上げてくる。


外で待つことにしよう。

恭也にはまた別で話したいこともある。


「分かった。待ってる」


祐は結束の方を振り返って、言う。


「お前らはどうする?」


すると、結束との話が終わったのを察したのか、いつの間に結束の隣に立っていた明音がこちらを睨んで言った。


「誰がお前なんかと帰るか!」

「誰がお前らなんかと帰るかよ。てか俺は待ってるって言ったろ」


結束はどうどうと明音を手で制しながら言う。


「私達は転界符が使えるまで霊力の回復を待ってから帰るから」

「………そっか。そりゃそうか」


如月は大阪に本拠を置いている。

いくらなんでも大阪から東京の高校に通うのは無理があるだろう。

つまり彼女は学校の近くで従者と二人暮らしをしている。いや、もしかしたら護衛や従者がまだいるのかもしれんが。

とにかく他人に住居を知られるわけにはいかないのだろう。


「んじゃ、俺はここで」

「帰れ帰れ!」


うるさい奴は無視して祐は結束達から背を向けた。


もう原型をとどめていない渡り廊下に一歩足を踏み出した時、祐はふと思い返す様に後ろを振り向き、結束に話しかける。


「ああ、そういえば」

「………何?」

「…………俺は、霊獣には勝てなかった。お前らを助けたのは実質恭也みたいなもんだ。だから、お礼ならあいつに言ってくれ」

「……そんなこと。改まって言うから、何かと思ったら」

「………………」

「神崎さんが助けたのは私達ではなくあなたでしょう?そして私たちを助けてくれたのは、あなた。あなたが来なければ神崎さんが来る前に私達は死んでいたのだから。そこを謙遜しなくても………」

「それは………………どうかな」

「えっ」

「……………」


少しの静寂。

それはのちに気まずさに変わり、なんとも言えない時間が流れる。



「………えっと……」

「っと、………すまん、こんなことを言うつもりじゃなくて」

「よく分からないんだけど…………」

「い、いや、なんていうか…………」

「……………何」

「…………………………その………」

「何よ」


祐は何やら気まずそうに上を向いてふぅ、と軽く呼吸を整える。

そして結束に背を向け、歩き出すと同時に、言った。


「………………ありがとうって言われれば、大体のやつは嬉しいんじゃないか」

「………!」

「…………………」


祐はそれ以上は何も言わず、静かに階段を降りていった。

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