1-13 毒か志向か


「……………………」


「……………………」


「……………………」




なんとも言えない静寂な時が流れる。


聞こえてくるのは、恭也が何やら背後で瓦礫をガサゴソと漁るような音と、ピコ、ピコッという霊力測定器の電子音。

だが、その無機質な音もこの場の静けさをいっそう際立たせる。


祐は明音が口にした、予想の斜め上……………いや、斜め下の発言に呆気に取られ、ただ呆然としていた。


つっこみたいところは色々あるが、思考を整理する前にぽろっと浮かんだ言葉が口に出る。


「お前…………マジで何言ってんの」


だが明音は自分でしらけさせたこの空気を物ともせず、祐に向けて高々と人差し指をつきだす。


「はんっ!誤魔化したって無駄だかんな!あんたは自分で言ってて気づかなかっただけかも知れないけど、私は確かに見た!『結束ぁっ!』って叫びながら必死に結束様を守ろうとするお前を!」


「あー………」


祐は、軽くさっきの戦闘を思い返す。


………確かにそんなことも言ったような気がする。


あの時はとにかく必死で呼び捨てかどうかなんて気にも留めていなかったが。


「あれは衝動的と言うかなんと言うか…………別に結束こいつとは普段から呼び捨てで呼ぶような仲じゃない。ってか、名前で呼んだことすらさっきが初めてだ」

「ええ。ええ。分かります。あなたの気持ちはよ〜く分かりますよ。確かに結束様は偉大も偉大、本当に素晴らしい方です。邦霊のトップに居座る者としての威厳や実力があるのはもちろんのこと、その上それらを一際輝かせるこの美貌!」


…………何も分かってねえこいつ。

てかなんか語り出したぞ。


「いや………だから違えって………」

「たとえ驟雨しゅううの中でもあわ荘厳そうごんに映る、大人びた顔立ち。その中に時折仔犬こいぬでるかのような可愛らしさも見せ、女すら惚れさせる魅惑のスタイルを持ちつつ、そのなまめかしさ以上の気品を……」

「ち………ちょっと、何言ってるの明音!?」

「歩く姿はまるで水面に浮かぶ睡蓮の様に楚々そそたる情景を思い起こし、たとえ結束様を何人なんぴと目に入れようとも、痛みも何もなくむしろ良薬……」

「だから何言ってるの!恥ずかしいからやめて!」



……………。


なんだこいつ。

ブレーキ壊れた。


なんかいきなり主人あるじの偉大さをこれでもかというほど語りだしたが、当の本人は今までにないほどに顔を紅潮させて、あたふたと戸惑っている。


だが明音は止まる気配もなく、ペラペラとまるで天に訴えかけるような独話を数分ほど繰り広げた後、突然祐の方を向いて言う。


「ですが、いくら結束様に懸想しているとはいえ、邦霊の中でも、最高位に立つお方をつけ回すとは。見つかればすぐにでも拷問され処刑台行きだと言うのに。無謀とも取れますが、その勇気だけは認めましょう」

「勝手に認めんな」



なんかもうめんどくさくなってきた。

これ、明音こいつが言いたいこと全部語り尽くすまで待ってから誤解を解く方がいいんじゃないか。

こいつ止まんないし。


とりあえず、なんか言われた時だけ適当に返事して波が落ち着くのを待とう。



…………そんな事を考えていた矢先。




「なあ、大事な事、忘れてない?」



突然背後から聞こえた声に祐は肩がビクッと上がり、反射的に振り向く。


そこには、さっきまで霊獣の霊力を集めていた恭也が楽しそうな表情を浮かべて立っていた。


「な………んだよ、お前。もうそっちの作業は終わったのか」

「んにゃ?まだだけども」

「は?じゃ何でこっち来た。早くやれよ」

「いやいや。祐だって真面目な話し合いしてると思ったらいつの間にかイチャイチャし出して。しかもよく見ると二人ともすごく可愛い子だし」


そう言って恭也は二人の少女に目を向ける。


「え〜っと、如月家の娘さんと………」


結束を指差し、そのまま指をスーッとスライドさせて明音のところでピタッと止める。


「君は?」

「え………あ、何?」


恭也の突然の呼びかけに明音のマシンガントークが止まり、戸惑いを見せる。

どうやら話すのに集中していて恭也がいた事に気づいてなかったようだった。


「冬鳴明音。如月結束の従者」

「………へぇ。冬鳴」

「ちょっと!何勝手に言ってんだよ!」

「別にいいだろそんぐらい」

「よくない!あとこいつ誰!?」


明音は子供のように地団駄を踏みながら恭也を指さす。

どうやら、結束との仲を誤解して相当祐に気が立っているようで、どうでもいいことにもやたらめくじらを立ててくる。


祐はめんどくさいので流すように恭也を見る。


「…………だとよ」



そんな明音を見て、恭也はふむ……と右手を顎にあてる。


「僕は神崎恭也、祐くんの友達だよ」

「………は?祐?」


明音のポカンとした返事に恭也は「あれ?」と首を傾げる。


「祐ってば、自己紹介もまだなの?この子だよ。祐って言うんだ」


そう言って恭也は祐の頭をツンツンと小突く。


「祐………ねえ。いかにもストーカーみたいな名前」

「………お前、俺がどんな名前でもそれ言ってただろ」

「うっさい。ストーカーは黙って」

「………………」


だめだな。

もう俺はストーカーらしい。


「で、苗字は?」

「…………あ?」

「苗字。どこの家?」

「……………あー、えっと」



その質問に、祐は言葉を詰まらせる。

今朝の教室での初空七瀬と同じ質問。


どうせ後でバレることなので言ってやってもいいが、変な誤解を生んでるこの状況で自分が夏越の人間だと知られれば今以上に厄介なことになりそうだ。


さて、どうするか。



祐が迷っているのを察したのか、祐が何か言う前に恭也が合いの手を入れる。


「そういえば、怪我、なかった?」

「………え?」

「僕が助けに来た時は、君たちのこと遠目でしか見えなかったから。もしかしたら、どこか怪我してるんじゃないかなって」

「い……いや、今はこいつの名前を………」


だが、恭也は明音の言葉を遮るようにずいっと歩み寄り、明音の頬に手を沿わせる。


「なっ!!ちょ………」

「僕が来る前は、君達が戦ってたんでしょ?………大丈夫だった?」


それはいつものヘラヘラしたような顔ではない。

恭也は優しく微笑みかけながら明音の目をじっと見つめる。


「………あ…………………、えっと…………」


至近距離で恭也に見つめられ、明音は次第に頬が緩み、蕩けるような表情になる。



……………あー。

これは、あれだ。

ご愁傷様と言うやつだ。


今、彼女はこの世界にいる男の中でも数少ない、「惚れてはいけない人間」に惚れてしまった。


純情という名の皮を被った、その実ただの吝嗇りんしょく痴呆ちほう極めし性悪男。

正体も知らないままこんな男に惚れてしまったのだから、これはご愁傷様としか言いようがないだろう。


厄介なことに、恭也は見てくれだけなら異常なほど高スペックだ。

眉目秀麗な顔立ち、程よく引き締まった長身痩躯ちょうしんそうくでシャープなスタイル。

更に今回に限っては、命の恩人という最強のシチュエーション付き。

そんな男にガチ恋距離で迫られれば頬を赤らめるのも無理はない。


けど、それを抜きにしてもこいつちょろすぎだろ。

そんな分かりやすく「惚れました」みたいな顔するやつ初めて見たぞ。


それに恭也も恭也だ。

こいつ、今朝登校してる時は可愛い女の子がどうのこうの言っていたが、実際恋愛に全く興味がない。

そのくせして事あるごとに自分のスペックをフルに生かしている。

いい女かお前は。

ていうか「僕」ってなんだ。お前一人称「俺」だろうが。


普段の恭也を知っているが故に色々とツッコミたいところはあるが、恭也の本性を知らない明音がそれを察せられるはずもなく。

まるで白馬の王子様を見るような目でうっとりとしてしまっている始末。


「わ、私は何もしてないので………結束様が戦ってくれて………私は、その………大丈夫、です」

「はあ?俺も戦って…………」

「黙れストーカー!」

「…………………」


恭也との態度の違いが露骨すぎる。

もはや清々しいなこいつ。


だが恭也はハハハ……と、まるで親戚の夫婦の痴話喧嘩を微笑ましく見ている好青年のように爽やかに笑う。

めちゃくちゃきもちわるい。


祐は恭也が参加して更に茶番と化したこの状況に心底ため息をつく。


「もういい。くだらない話は終わりだ。つーかお前マジで何しにきたんだよ」

「んー?」


恭也は明音の頬からぱっと手を離し、祐の方を向く。


「そりゃあ、大事なことを伝えに」

「…………あ?」

「だから、大事な事。ここの会話に入ってきたときそう言っただろ?」

「いや………じゃあなに」


見ると、恭也の顔はいつになく真剣だった。

そして、少し低くなった声色で、


「君らの話…………ずっと聞いていたけど、一つ、見落としてることがある」


恭也が醸し出す、由々しい雰囲気が一瞬で祐に伝わり、他の2人にも伝播していくのが分かる。

そして、恭也の様子を見て、思う。


恭也は茶番続きで全く話が進まないこの状況を収めにきたのだろう。

確かに、これ以上話が長引いてこの場に居続けるのはあまり良くない。

今頃、霊獣の霊力を感知したどこかの組織がここに調査隊を派遣している可能性もある。

一刻も早くこの場を離れるためにも、さっさとこのくだらない話を終わらせるべきだ。


祐は恭也の意図を察し、話に乗ることにした。


「………俺らが何を見落としてるって?」

「……………君」


そう言って恭也は結束をじっと睨みつける。


「え………何、私?」

「うん、如月結束さん、だよね。邦霊十紋、如月家の」

「え……ええ」

「本当は僕みたいな無名の人間が邦霊に口出すことなんて許されないんだろうけど………これだけは、言わざるを得ない」

「何………かしら」

「君、隠し事してるだろ」

「……えっ」

「しらばっくれないでよ。祐と明音ちゃんにずっと黙っていること、あるだろう?俺はあまりそういうのは感心しない」


恭也は神妙な面持ちでそう言うが、当の結束はポカンとしている。


「えっと………何のことか、分からないわ。私は立場上隠すべき情報は沢山あるけど、あなたが何のことを言ってるのか……」


恭也はめんどくさそうにため息をつく。


「………なんだよ。結局、俺が言わないとダメなのか。…………あのさ、」



恭也が何かを言おうとして祐達はゴクリ、と固唾を呑む。



…………だが、何だろうか。

この………デジャヴというか何というか。

いいことが起こらなさそうなこの感じは。



「………君も、呼び捨てで呼んだよね」

「えっ」

「祐のこと。覚えてないの?『危ないっ、祐!』とか言って。それも2回くらい。何か祐がストーカー扱いされてるみたいだけど、自分のことを棚に上げちゃあいけない」

「なっ……はあ!!?」


明音の過剰な反応を合図に何かに縛られていたような場の雰囲気が一気に解放された。


「おいテメェ!まじで何言ってんだボケカスが!」

「ヤベッ!もう作業戻んなきゃ!んじゃね、祐」

「んじゃねじゃねぇー!」


祐の怒声を浴びながらも、恭也は笑顔のまま祐に背を向け、スキップしながら戻っていく。


だめだあいつ本当にクソだ。

ただただ場をめんどくさくして帰りやががった。

なんで俺はあんな奴を少しでも信用してしまったのだろう。


そう思っている間に、恭也の手によって新たな燃料が投下された明音が放心したようにぶつくさと呟いている。


「ま、まさか………結束様がこんな男と相思相あ……」

「そんなわけないでしょ!」


結束は即座に否定するが、再燃した明音は止まらない。


「だって、下の名前で呼び合っているんですよね!?しかも呼び捨てで!一般人の男女ならともかく、いずれ邦霊の名を背負う結束様にそんな殿方がいるとなればそれは……」

「あれはっ………、勢いというかなんと言うか、衝動的なもので………別に、普段から名前で呼び合ったりしてないし!」

「でも、下の名前を知っている仲なんですよね!?それも従者である私の知らないところで!」

「それはだって、彼とは今日知り合ったばかりで明音に話すタイミングが無くて………」

「今日!?今日知り合ってもう付き合っているんですか!?」

「だからなんでそうなるのっ!」


と、結束が怒涛の尋問をくらっている中、祐は意外にも落ち着いていた。



…………………。


この状況。

よくよく考えれば、俺へのダメージはあまりないのかもしれない。

実際、邦霊から蔑視された夏越の人間として如月家の子女と男女の仲を噂されるというのは死んでもごめんだが、ストーカー扱いされるよりはよっぽどマシだ。


それに、どうせここで俺が何かを言ったところで明音は俺の言葉を信じない。故に、誤解は解けない。

なら今はこの下らない会話が早く終わることを祈りつつ、黙っておこう。


「ていうかそもそも誰なんですかこの祐って奴!今日知り合ったってことは月園高校の人ですよね。クラスメイトですかっ!」

「い、いや、彼は………」


結束はチラッと祐を見る。

今日の祐と結束が出会ったきっかけを話すのなら、夏越の名前を出すのは避けては通れない。

さっき恭也が祐の名を出さないように合いの手を入れてくれたことを結束も察していたのか、「言ってもいいのかな………」と目で祐に訴えている。


「………………」


だが、答えはもちろんノーだ。

恭也がわざわざ隠してくれたことをここでさらっと言ってやる必要はない。


祐は否定の意味を込めて眉を寄せ、睨みを利かせる。

それを見て結束もゆっくりと頷く。



「…………クラスメイト。たまたま顔と名前を覚えてただけで、別にそれ以上は……」

「いやいや!じゃあ何ですか今の意思疎通!アイコンタクトっ!秘密のやりとりですか!秘密なんですね!?」


明音がまたしても執拗に突っかかってくる。


「………………」


…………うざいな。

いい加減、うざい。


というか、俺はこの冬鳴明音という女について少し勘違いをしていたのかもしれない。

恭也の余計な茶々で俺と結束が恋仲であると明音に誤解された時、てっきりこいつは怒っているのかと思っていた。



だが、違う。


こいつ、主人の色恋沙汰を楽しんでやがる。

もちろんそれは、俺を結束の恋人として認めていると言うわけではない。(そもそも恋人ではないが)

むしろ俺を嫌っている事は俺に対する態度から一目瞭然だ。


つまりこれは、単に主人をからかう材料ができてはしゃいでいるという女子高生ノリだろう。

何故そんなことが分かるのかと言われれば答えは簡単。

こいつ、怒っているような素振りを見せつつもその節々で気色の悪いニヤニヤ顔を隠せていない。

この板についた様な笑い方、どっかの同居人を想起させるのは気のせいだろうか。


何がともあれ、とりあえずもうだるい。

明音がこの状況に憤慨しているのではなく、楽しんでいると言うのならそれはもう誤解を解く以前の問題だ。

このまま明音を放置して黙っていても、この茶番は永遠に続くだろう。

そうと分かればこれ以上は付き合いきれない。


「なあ…………もういいだろ。俺も結束こいつも誤解だと言ってるんだ。くだらない話は終わりにし……」

「はあ?いいわけないでしょ。お前、私の主人に手を出した分際で何を偉そうに言ってんの」


………その主人をからかう時は満更でもなさそうだったくせに。

こいつは本当に俺が気に入らないらしいな。


「………邦霊に属する者に、自由な恋愛なんてものはない。大抵の場合、実力と統率力に長けた人間を婿候補としてかき集め、その中で本家が選定した人間を婚約者として向かい入れる。如月の次期当主候補ともあろう人間が、出会ったその日に本家が認めていない誰かと恋仲になるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。冬鳴の名を持つお前がそれを分かっていないわけないだろ。誤解だと分かってる癖にダラダラと……」

「はは、何?突然必死に喋りだすじゃん。やっぱり、やましいことがあるか………」


そこで、明音の言葉は止まる。

祐が、指先に霊力を込めたからだ。


明音が気付く程度の霊力をわざと纏わせ、攻撃の意思を見せる。

今祐が明音の心臓へ向けて指を弾けばどうなるか、霊獣との戦いを見た明音なら容易に想像できるだろう。


祐は少し語気を強めて、言う。


「……………お前、そろそろうるせえよ」

「……っ」


明音は祐の勢いに気圧され、押し黙る。


最初からこうした方が早かったな。

突如学生の昼休みのような会話が始まったおかげですっかり雰囲気に飲まれて、元々こうやって脅しをかけて話し合いに持ち込んだことを忘れていた。

今の状況じゃ、こいつにはこれが一番効く。


「お前、いつからそんなはしゃげる立場になったんだ?次お前が余計な口を挟めば、自殺志願と捉える」


何やら後ろから「うわぁ〜!祐がキレた。こわ〜い」などと聞こえてくるが、当然無視だ。というかあいつは後でぶっ飛ばす。


一方明音は大人しくなりつつも、嫌いな奴に気圧されて大変不服な様子だ。


「…………くそが」

「くそで結構。質問の続きを始めるぞ」


そう言って祐は込めていた霊力を抜き、指先に灯った薄紫の光が少しずつ消えていく。



…………さて、やっと話を元に戻せるわけだが、どこまで話したっけかな。


「え〜っと、お前の霊能力の話だな。………もう一度聞くが、何で霊獣と戦う時最初から霊能力を使って戦わなかった」

「………………それは」

「お前の能力、一度見ただけでその詳細までは分からなかったけど、空間操作系だと言うことだけは分かった。[霊術九迷章典シークレットナイン]にも登録されている、結構珍しいタイプの能力だな」

「……………」


霊術九迷章典シークレットナインとは、簡単に言えば未だ発動原理が解明されていない霊能力を大きく9つの項目に分けて公式に登録された、霊術界の研究テーマだ。

上から第一位項目、第二位項目と、解明されていない順に並べられている。

『解明されている』事の基準は『媒体霊術に昇華されているかどうか』だ。

霊符や石板に能力を投影させ、誰でも起動させることができれば、それは『解明された』ものとされ、霊術九迷章典シークレットナインの項目から除外される。

中には転界符の様に媒体霊術まで昇華できても『霊符』という媒体そのものと相性が合わなかったせいで異常なほどの霊力を消費してしまい、解明されていない扱いを受けて霊術九迷章典シークレットナインに登録されている能力もあるが。


ちなみに結束の場合はその転界符と同じ第九位項目『空間』に位置付けられる能力だろう。

最下位とはいえ、希少な能力であることは変わりない。


「………最初は、お前の能力は戦闘向きではないのかと思っていた。如月の人間に限ってそんなことがあるかと思ったが、お前はギリギリまで霊符のみで戦っていたからな。霊能力を使わない理由なんて、それしか思いつかない」

「…………………」


結束は黙ったまま、目を合わせようとしない。

その心情は読めないが、祐は一方的に話を続ける。


「だが、お前は最後の最後で能力を使った。それも霊力下限界欠乏エーテルダウンのリスクがあることを分かった上で。最初から霊能力を使えばあそこまで体が動かなくなることはなかったはずだ」

「………………私は……何か察したような言い方は、好きではない」

「………………」


なるほど。

そういう言い方をするということは、彼女にとってこれは探られたくないことなのか。

彼女の言葉を訳すなら、「詮索するな。思っていることを言え」と言ったところか。


この質問に答えられないのは少し意外だった。

たしかに、霊能力に関することなので隠そうとするのは当然と言えるのかもしれないが、今回の話の論点はそれとは少しずれている。

あくまでも、祐が聞いているのは「能力の詳細」ではなく、「能力を使わなかった理由」だ。


祐はてっきり「能力に何かしらの制約があり、使用条件を満たせていなかったから」だと思っていたが、彼女の様子を見るに、どうも違うらしい。

なぜなら恭也が今測定している霊力反応のデータを持ち帰れば彼女の能力の詳細は分かるからだ。

つまり、「能力の制約」も分かる。

どうせ分かることなら、ここで教えてもなんの問題もない。


だが、彼女は何かを隠そうとしている。なら、そこには別の理由があるのだろう。


………もしかすると、祐がもう一つ考えていた、が当たっているかも知れない。


「…………察している?俺が?」


祐は、出来るだけ結束から情報を吐き出すため、とりあえずはしらばっくれることにした。


「貴方なりにあらかた予想はできているんでしょう?なんで私が霊能力を使わなかったのか」

「………………」


どうやらさっきの「察している言い方は好きではない」という言葉は俺に探りを入れるための方便ではなく、本当に祐が何か可能性を浮かべてることに勘づいているようだった。

なら、別に言ってやってもいいだろう。

むしろここで「何も分からない」と言えば「じゃあ教えられない」と返されて終わりだ。


それよりは、自分の意見を伝えて結束の反応を見る方が何かを得られるかも知れない。


「………ほぼ確信していることが一つと、当たれば楽しいなってのが一つ、ある」

「言って」

「……お前は、自分の霊能力がコントロール出来ないから霊能力を最後まで使わなかった。おそらく、どれだけ霊力が残っていても霊力下限界欠乏エーテルダウンになるまで霊力を消費するようになってるんだ。それがあんたの実力不足か他の要因なのかは別としてな」

「……………それは、どっち?」

「確信している方」

「…………そう」


結束にはぐらかされないように確信しているとは言ったが、正直この予想は当たっても半分以下だろうと思っている。

この予想は確たる証拠が何もないからだ。


だが………何となく。

彼女の戦いを見ていて、そんな気がした。

もし、あの霊獣を吹き飛ばした攻撃を先に使っていれば彼女は霊力下限界欠乏エーテルダウンにならず、自由に動けたはずなのでたとえ霊獣がすぐに戻ってきたとしてもこの場所から離れてどこかへ身を潜め、安全に助けを呼ぶことができたはずだ。

それでも彼女が霊能力を使ったのは何故かと考えた時、『霊能力を使う=霊力下限界欠乏エーテルダウンになる』という予想が生まれた。

そして、その予想はどうやら当たっていたようだった。


「………あなたの言う通りよ。私は、霊能力をコントロールできない。一度でも霊能力を使えば、どんなに霊力に余裕があってもあたしが持つ霊力量を下回ってしまう。どうせ霊力下限界欠乏エーテルダウンになるのだから、ギリギリまで霊符で戦った方がいいでしょう?………それに、霊力に余裕がある状態で能力を使ったら、多分霊獣を街まで吹き飛ばしてたかも知れないから」

「……………」


…………そういう、ことか。

結束と初めて話した時、彼女は自分を『大したことない』と言っていた。

あれは決して謙遜などではなかった。


このことだったのだ。

どれだけ媒体霊術の使い方に長けていても、霊能力をまともに使えないんじゃ、霊術士として実力不足と言わざるを得ない。媒体霊術しか使えない学校では活躍できるかもしれないが、国家間の戦争や今回のような難易度の高い任務では全くもって戦力にならない。


「なっ!結束様!その事は……」


結束が情報を吐くとは思わなかったのか、明音が横から口を挟もうとする。


だが、


「お前は黙れと言っただろ。急に死にたくなったか?」

「………っ」


今ここでこいつに邪魔されて結束の気が変わったりしたら困る。

しっかりと明音こいつには釘を刺しておかなければ。


「………明音、大丈夫だから。彼にはどうせ疑われてる。遅かれ早かれ知られることでしょ」

「……………そう、ですけど、でもこれ以上は……」


瞬間、祐の親指から弾かれた風が、明音の頬を銃弾のように掠める。


「お前、もう邪魔だな。話が終わるまで後ろに下がっていろ」

「…………くっ」


明音は顔をしかめ、結束の方を向く。


「…………大丈夫だから。彼は、脅しはしても殺しはしない。彼の言うことに従って」

「………………はい」


明音はやはり不服そうに両手を挙げ、一歩後ろに下がる。


「あ?もっと下がれよ。声が聞こえなくなる距離までだ」

「うるっさいな!分かったから!」


明音はそのまま病室の端まで下がり、ちょこんと体育座りした。


「やっとうるさいのが消えたな」

「…………あんまりうちの子をいじめないで欲しいんだけど」

「本意ではない。あいつは、いじめるのすら疲れる。いいからさっさと話を終わらすぞ」

「………ええ。それで、楽しい方は?」

「あ?」


結束の突然のよく分からない発言に祐は疑問符を表情に出す。

だが、結束は冷静に言葉を続けた。


「当たれば楽しいって言ってた予想は、何?」

「………ああ、それか。それに関しては本当に当たるとは思っていない。ただ、当たると面白そうだなって」

「だから、何?」

「さっきの話の続きだ。お前が霊能力をコントロール出来ないって話。その理由について」

「……………」

「如月家の血を持ち、霊符をあれだけ巧みに扱うことのできるお前が実力不足で霊能力を使えなかったとは思えない。なら、別の理由だ。考えたが、一つしか思いつかなかった。当たっているとは思えない。でも……、もしこれが当たっているとしたら………」



…………これは、予測などではない。ただの願望だ。

どうか、当たっていて欲しい。


…………そうなれば、の恭也の予想を否定することが、できる。



「だから、それが何なのかって聞いてんのよ」

「……………………」

「……………………何」

「……………………………お前」

「……………………」






「憑依している霊、霊獣だろ」

「!!」




結束は祐の言葉に目を見開いた。

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