1-12 何のために



祐は目を見開く。


そこには、なぜかその場にいないはずの霊獣が祐に飛びかかり、今まさにその蹄が祐の首を掻き切る寸前だった。


「なっ!?」


祐は反射的に体を仰け反って避け、そのまま強引に風を床に噴射して飛び上がる。

そして霊獣と距離をとりつつ着地する。


「っぶね……」


空中にいた霊獣もそのまま着地し、腰を低くしてこちらを睨む。

どうやらこいつらはある程度距離を取ると、冷戦状態になって様子を伺う性質があるようだ。

元の性質なのか、誰かに調教された動きなのかは分からない。


だが、今はそんなことよりも


「…………どういう事だ」


あの時、地上にいた奴らは全員倒したはず。

あの状況で背後に霊獣がいるわけがない。



……………いや、待て。


それ以前に。


「お前ら…………何か、多くね?」


第三の眼では違和感程度にしか感じなかったが、遠目で見た今なら、はっきりと分かる。

ざっと見ても20体以上。

今まで倒した霊獣と明らかに数が合わない。


…………これはまさか、


「あそこから………再生するのか!?」


見ると、霧散した跡であろうゲル状のドロドロした物体が一点に集まるようにうごめいている。

やがて大きな塊になった物体は、生物めいた形に姿を変え、完全に霊獣の原型を取り戻す。


「おいおい…………無理ゲーだろこんなの」


【嵐操】による攻撃手段は全て尽きた。

刺突も、斬撃も効かない。

霊力を使う媒体霊術すら通用しない。


「こいつらどうやって倒すんだよ!」


考えろ。

考えろ。


このまま何も考えずに戦えば、ただ霊力を失い続けてジリ貧だ。

何か対策しなければ………


…………………。


「……………待てよ」



この状況。


もしかすると、相当まずいかもしれない。

勝つすべが見つからないというのもそうだが、それ以上にこの立ち位置・・・・がまずい。


さっきまで俺は結束達に背を向けて霊獣と向き合うことで両者の間を阻むように立っていた。

だが霊獣の思わぬ再生により俺と結束達の間に敵がいる状況になってしまった。

さらに予期せぬ奇襲に対して、霊獣から囲まれることを避けるために無理矢理飛んで避けてしまったことで結束達と相当距離が離れた。


霊獣は、何か目的があって俺を標的にしているわけではない。

俺が彼女らを守るように立ち回っていたからこそ、目の前にいる俺だけを狙っていた。


だが、今の状況だと…………




そう思った矢先、霊獣の何匹かが結束達に視線を移し、焦点を合わせるようにギョロギョロと虹色の瞳が動く。


「ゆ………結束様………これ、まずいんじゃっ」

「くっ…………まだ、霊力が回復しきれてな……」



瞬間、霊獣達の瞳が結束達を捉え、瞳の動きが一斉にピタッと止まる。


ガアアアア!


と、空間が歪まんとするような雄叫びとともに、霊獣達は彼女らに向かって襲いかかった。


「ひいっ!」

「っ!」


結束達は立ち上がることすらできない。

ただ、目の前の恐怖にぎゅっと目をつぶる。


「くそっ!結束ぁっ!」


祐は右手を大きく振りかぶり、右腕だけに霊力を集中させる。

ドゥッ!と今までにないほどの暴風を渦巻かせ、急激に変化する気圧に腕が圧迫され、回転方向にじ曲がる。

皮膚が所々裂けては出血し、腕が引きちぎれるほど痛い。


「っ!」


が、祐はそんなことは気にもせず霊力を込め続けた。


「おいユグ!もっと力を寄越せええええっ!」


その凄まじい豪風は周りの塵や瓦礫を巻き込み、大きく、なおかつ一点に収束していく。


そして祐は左足で一歩前に踏み出し、体が回転せんばかりの勢いで右腕を大きく振るった。


「そいつらに………触れんなああああっ!」


そこから繰り出された風は刺突攻撃にもかかわらず射線付近の霊獣達を吹き飛ばし、結束達を狙う霊獣を貫きながら薙ぎ払っていく。


一旦、結束達を襲おうとした霊獣達は無力化された。


どうせまた再生されるだろうが、時間は稼げた。

今のうちにまた結束の元へ戻って体勢を立て直せればとりあえずはあいつらを守れる。


「はあっ、はあっ………っし、これで………」


結束達は目を開ける。

霊獣が散り散りになった目の前の光景に一瞬安堵の表情を浮かべるが、祐に視線を移すや否や結束は目を見開いた。


「祐っ!上!」


その言葉に祐は顔を上げる。


「っ!?」


見上げると、頭上から10体以上の霊獣が祐に向かって襲いかかってきていた。


結束達を襲っていた奴らとは別の霊獣だ。

彼女らを助けるのに必死で気づくことが出来なかった。


「くそっ!」


まずい。

大きく拳を振るったせいで体勢を戻すのが間に合わない。

後ろに飛んで逃げようにも大技を放ったばかりですぐには霊力を右腕に込められない。

こいつらの奇襲を、回避することができない。





視界に映り込んだ結束は泣きそうな顔でこちらを見ていた。




「………………っ」




くそ。


やっぱり、無理なのか。

俺はここで死ぬのか。



敵の動きがスローモーションに見えるような錯覚がある。


恐怖が。


無慈悲な現実が。


死が。近づいてくる感覚が、ある。




「………………くそ、もう……」



終わりだ。



霊獣の蹄が祐にのびる。


そのまま首が掻き切られ…………













「…………う〜ん、まあまあかな」




突然、そんな声が頭上から降りかかった。


いや、声だけではない。



雷の形を象った、深緑色の異様な物質。

その物質が頭上から無数に降り注ぎ、ドドドドッ!と霊獣の群れを次々と打ち払っていった。


それだけではない。

貫かれた霊獣の体は祐の刺突攻撃の時のようにゲル状に霧散するのではなく、昇華するように体が煙霧化し、消滅していったのだ。


「え…………」


今まで脅威として見ていた霊獣達があっさりと消えていく様を見て、結束達は顔を上げたまま呆然としている。


祐も一瞬目を見開くが、その光景を見て、それが誰の仕業なのかが分かる。


「………おっせんだよ、まじで」

「ごめんねえ。まさか祐がこんなに苦戦してるとは思わなくて、歩いてきちゃった」


相変わらずの、板についた様なヘラヘラ顔。

神崎恭也だ。


さっきの異様な現象は全て恭也の能力だ。


危ない所を助けてくれてありがとうと言う気持ちと、この状況で能天気に笑うムカつく顔をぶん殴ってやりたい気持ちの半々で、なんとも複雑だ。


「冗談じゃなくて。まじで死にかけたぞ」

「うん。見りゃわかる。でも助かったからいいじゃない。終わりよければ全てよし〜」

「いや、よくはないだろ。折角の霊獣を全部消滅させちゃって。これ、なんて報告するんだよ」

「そりゃまあ、ありのままを報告するしかないだろうね。霊獣が現れたけど強すぎて体を持ち帰る余裕はありませんでしたよって」


恭也は呑気に笑っているが、そんな話が通るかどうか。

霊獣の性質を考えると恭也の能力は『霊獣メタ』と言っていいほどに相性がいい。

そして、恭也の能力は委託元にバレていると言っていた。

苦戦したと言って信じてもらえるとは思えない。


果たして、祐の存在を隠したまま今回の件を報告することができるのか。


「……………」

「安心しろよ。お前を巻き込むつもりは毛頭ない。それに霊獣こいつ、霊能力使ったっぽいし、霊力の残滓が残ってるはずだ。それでも十分な成果だよ」

「………………そうか」

「うんそう。……………それにしても」


恭也は祐から目を逸らし、周りを見渡した。

それを見て、祐も目の前の光景を見る。


「…………随分と派手に暴れたねえ」


大穴の空いた天井。崩落した壁。散乱している瓦礫。

クレーターのような窪みもそこら中にボコボコあいている。


戦闘中はそんなことに思考を割く余裕はなかったが、確かにたった一度の戦闘とは思えないほどの惨状だ。



「…………暴れたのはほとんど霊獣だ。あと………あいつ」

「………ん?」


祐が前を指差し、その向く先を追うように恭也は視線を遠くに移す。


「………あれま。まさか他の人がいるとはね」

「……………あんまり驚いてないようだな」

「いやいや、驚いてるよ。もうね、目ん玉すっごい飛び出たよ」

「………そうか。何回飛び出た?」

「3回」

「そりゃ、驚いてるな」

「でしょ?」

「そんなことはどうでもいいから、あいつらと話しに行くぞ」

「おーいおい、珍しく茶番に付き合ってくれたと思ったらすぐ突き放すじゃん。そーいうプレイ?」

「そ」

「そうなのかよ」

「いいから行くぞ。あいつらには能力を見られた。俺もお前も。………話す必要が、ある」

「まあそだねー、だけど、そこら辺は祐に任せるわ。俺は霊力の回収作業があるから」


そう言って恭也はポケットから、昔の携帯電話のようなものを取り出す。

シルバーと紫を基調としたツートーンカラーで折り畳まないタイプの小型機器。

ボタンはテンキーの代わりに様々な漢字が篆書体てんしょたいで書かれており、不規則に配置されている。

そして画面部分には細長い霊符が包帯のようにぐるぐると巻かれていた。


見るからに怪しい代物しろものだが、祐はそれが何なのかぐらいは知っている。

簡易的な霊力性質測定機器だ。

測定機器といっても実際は霊力の性質を漢数字と漢字の文字列に変換して保存する、記憶媒体だ。

これを持ち帰って調べることで実際に現場に行かなくても詳細な研究データが得られる。

これの開発によって研究者が直接現場に出向く必要がなくなっただとか。


「……いつの間にそんなもん手に入れたのか」

「うん。確か、祐と2人暮らししたあたりに買ったかな〜」


なんてことを言う。

あの時は仕事もせず二人して無一文だったはずだ。

つまり……


「俺の金じゃねえか!」

「いやいや、その言い方は良くないよ。祐のご両親の遺産だろ?」

「どっちにしろお前が好きに使っていい金じゃねえ!」

「おけおけ、じゃあ俺は調査してくるから祐はお話してきな」

「何がおけおけなんだよ!」


はあはあ、と数秒息を切らした後、これ以上突っ込んでも意味がないことに気づき、毎度同じようにため息をつく。


「はあぁ〜〜…………行ってくるわ」

「ほい」


祐は恭也に背を向けて結束達の方に向かって歩き出した。


「……………………」


彼女達には、能力を見られた。

一見最悪な状況ではあるが、どうしようもないというわけでもない。

祐も、彼女の能力を見たからだ。

むしろお互いの立場を考えると、能力がバレた時のリスクが高いのは向こうの方だ。


祐は能力がバレたところで、仮にそれを邦霊に利用されたとしてもせいぜい祐一人の人生が終わる程度の被害だが、彼女は如月家の人間だ。

彼女の能力が霊術界で公表されれば如月家へのダメージは凄まじい。


彼女の能力がバレること自体は別に大した問題ではない。

たとえ他の家で彼女の能力を研究され、対策されたところで如月家全体の戦力には大きく響かない。

問題は、『如月の情報が不覚にも広まってしまった』という事実が残ることなのだ。


如月家も含め、その他の邦霊十紋を構成する名家はその家の血を持つ人間と、その家の力と思想を信仰する信者達で構成された宗教団体だ。


もし、自分が信仰する家の血筋の人間、それも如月結束のような次期当主候補に当たる人間の霊能力トップシークレットが白日の元に晒されれば、如月家の情報管理能力を疑う信者が少なからず現れる。

それに、如月がそれを隠そうとしても他の邦霊の家はそのタイミングを逃したりはしない。

如月にできたを徹底的に広げ、如月の信者を混乱させる。

あわよくば自分の家へ勧誘しようとするだろう。

最悪、たったこれだけのことで家同士のパワーバランスがひっくり返ることもあり得る。


「………………」


だが、祐にとってそんなことはどうでもよかった。

如月家がどうなろうと、祐には何の関係もない。


今一番考えるべきことは、自分の身の安全。

自分の能力がこれ以上広まらないようにすることだ。

そのために『如月結束の能力』というカードをどう使うか。


……………………。


まあいい。

とりあえずは話し合わないと始まらない。

これ以外にも聞きたいことはいくつもあるんだ。


祐は一歩、一歩と結束達に近づいていく。


彼女もそれに気づいたようで、祐の血をかぶったような右腕を見て、心苦しそうな顔でうつむく。


彼女は少しの間下を向いたまま、やがて顔を上げて口を開く。


「………あ、あの…………ありがとう。あなたが来なかったら……私達、死んでた」


結束は気まずさを孕みつつも、弛緩した表情でそう言った。


「………………」


彼女はこの状況が分かっているのだろうか。

今は、俺を心配している場合でも、俺に感謝を述べている場合でもない。


彼女はおそらく、自分の能力が祐に見られたことに気づいている。

それに加え、彼女は隣にいる従者を含めて戦える力は残っていない。

祐に何をされても抵抗できないのだ。


それにも関わらず、なぜそんな安心したような顔ができる?


何か狙いがあるのか。

それとも本当にこの状況を理解していないのか。

とにかく、油断はできない。


彼女がどんな態度でこようと、この場は堅実に対応する。




「今すぐにとはいかないけど、このお礼はいつか必ず…………」

「動くな」

「………えっ」


祐の低く響いたその声に結束はビクッと肩を震わせる。


「持っている残りの霊符を全部出して、両手を上げろ」

「…………なっ!?」

「ちょっとお前!いきなり何なんだよ!」


結束の隣にいる明音は立ち上がり、祐に突っかかる。

結束と話していた時とは違い、男勝りというか、語気の強い口調だ。


いきなり食いつくように怒鳴られ祐は一瞬驚くが、それを表情には出さない。


「話し合いをするためだよ。お前らと戦うつもりはない。そして…………逃すつもりもない」

「はあ!?話し合いって何を………」

「お前らは生死の狭間で考える余裕が無かったかも知れないが、今の状況、不可解なことが多すぎる。だからこれから一つずつ聞かせてもらう。まあ話し合いって言うより俺が一方的に聞くだけだな」

「はは………何だよそれ。そんなことして私達に何のメリットがある」

「…………まさかお前、今の自分の立場すら気づいてないのか」

「………は?何言って……………」


瞬間、ズドン!と。


耳をつんざくような音とともに小さな風が明音の顔の真横を一閃する。


その鮮烈に明音は目を見開き、ゆっくりと後ろを振り向いた。


着弾した風が、壁に穴を開けていた。

小さいとはいえ、急所を狙えば十分に人を殺せる威力だ。


「…………てめぇ………!」

「さっさと霊符を出せ。解符する素振りを見せれば殺す」

「ふざけんな!なんでお前なんか……」

「明音!…………もう、いいから」


憤りを隠せない明音に、結束が横から割って入る。


「…………結束様」

「見捨てていれば助かったはずなのに、あなたは私達を助けてくれた。普通に考えれば、それには何のメリットもない。………私達から、情報を聞き出すためだったんでしょ?」


結束は、そんなことを言う。

情報のために助けたと。

今、この話し合いをするために彼女達を助けたと、言う。


「…………………」


もちろん、そうではない。

そんな打算は持ち合わせてはいなかった。

いや、仮に考えていたとしても、命を賭してまで移す行動ではなかった。


だから、祐は結束達から少し視線を落とす。


「………………………ああ」

「私達に霊符を出せと言ったのも、戦力を奪うためではなくて、連絡手段を奪ったり、転界符で逃げられることを防ぐため。だから、ここは彼に従いましょう。多少の情報は仕方ないわ」


そう言って結束は袖裏と腰についた霊符入れから霊符を取り出し、祐の足元に置く。


「ちょっ……」


明音はそれを見て一瞬戸惑うが、何かを考えるように視線を落とし、しばらくして彼女も霊符を差し出す。


「…………結束様がそう言うのなら、私は従います。………ですが、こいつが聞こうとしているのは……」

「分かってる。私達の命以上に価値がある情報は、口には出さない。…………それでいいわよね」

「……………………ああ、はなっからそのつもりだ」




………祐は何となく、彼女の性格が見えてきた気がした。

彼女は頭がいい。

その場の状況にすぐに適応し、最適解を出す能力に長けている。

邦霊の人間として実に相応しい才覚だ。


……………それなのに。

彼女からはなぜか、『邦霊の人間らしくなさ』を感じる。

状況を理解せず開口一番に謝罪してきたことといい、素直に実力を褒められたことといい、それ以外でも今日一日でそれ・・を感じる瞬間はあった。


いや、別に邦霊の人間だったとしてもそれらは不自然な行動ではないのだが、彼女という人間に触れているとごく稀に、何か、言語化できない様なを感じるのだ。


………………。


………………。


………………そうだ。






……きっと、彼女は邦霊らしく無いというより……………







「…………………………」

「…………どうしたの?」

「………えっ」

「何か聞くんじゃないのかしら」

「あ…………ああ、そうだな」


こほん、と気まずい時間を一蹴する様に軽く咳払いをし、祐は言葉を続けた。


「…………まず、お前」


祐はそう言って明音を指さす。


「は…………私?」

「そ。お前、誰?」

「はん!あんたなんかに名乗る名前なんて………」

「彼女は冬鳴ふゆなり明音。如月家に従属する帰属家の一つ、冬鳴家の子女よ」

「……………冬鳴家、ね」

「ちょっと、結束様ぁ!?なんで教えちゃうんですか!」


明音は裏切られたと言わんばかりに結束の服の袖をくいっと引っ張る。


「言ったでしょ、命に変えられない情報以外は開示するって」

「そっそんな…………結束様にとって、私の価値ってそんなものだったんですか!?」

「いや………そんな嫌がられても……たかが名前と所属でしょ」

「ひどい!私は結束様のことをこんなにも愛しているのに………」


よよよ……と明音は一人で安い演劇のようにヘナヘナとその場に座り込む。

その様子を見て結束は呆れたように祐と目を合わせた。


どうやら、何となく彼女の思いは自分と同じようだ。


「……………続けて」

「……………ああ。…………で、なんでお前ら、ここにいる?」

「………任務よ」

「任務、ね。霊獣討伐?」

「あまり詳しい内容は言えない。でも、大体想像はついているんでしょう?霊獣関連よ」

「………………」


思っていた通りの答えだ。

が、肝心なのはそこではない。


「……………任務を受注した組織は?」

「……………それは」

「隠す必要はない。これに関しては『邦霊』か『如月家』の二択だ。どうせ調べれば分かる」

「………それもそうね。…………任務を請け負っているのは、如月家よ」

「……………!」


嫌な予感が、当たってしまった。


結束は軍には所属できないので、邦霊で受注した任務は受けられないことから、如月の家内任務であることは想定していたが、もしそうなると恭也に任務を委託したどこかの家が如月を裏切っていることが確定してしまう。


何かの事情があって結束が邦霊の任務を遂行していると信じたかったが、残念ながら事は厄介な方向へ進むようだ。


「……………ねえ。そのことについては、私も気になっているんだけど」

「……………あ?」

「なんで、あなた達はここにいるの?ここは好き好んでくるような場所ではないし、もし霊獣のことを知ってここにきたということなら、それは………」

「……………」


結束は、それ以上は口に出さない。

彼女からしてみれば祐がここにいる状況は祐が恭也に抱く不信感以上に不可解だろう。

なにせ、邦霊から落ちぶれた夏越の人間が無名の名を持つ恭也を連れて如月の任務地にいるのだ。

怪しむのも自然と言える。


…………だが、


「……………肝試しに来たんだよ」

「………えっ?」

「だから、肝試しだよ、肝試し。こんな見るからに人気も少なくてやっべえ匂いぷんぷんさせてる病院。オカルト厨の俺らからすれば行かない方が失礼ってもんだ」

「………え………えと、本当に言ってるの」

「……………」


いや、何その感じ。

ちょっと信じようとしちゃってるよこの子。

可愛いかよ。


「……………いや、あのさ」

「だっ、だって、肝試しに行くのに普通霊符持ってきたりしないでしょう?あっ、でも元邦霊の人間なら癖でいつも持ち歩いてそう……私もそうだし。で、でも……」

「…………………」


何故か首を傾げている結束を見て祐は、はあ、とため息をつく。


「…………信じるも信じないもお前の勝手だ。ただ、俺は肝試しに来た、と言っておく」

「……………あ」


その言葉で、結束は色々と察したようだった。

これ以上は踏み込むな、という警告。

今、彼女は俺の事を探れるような立場ではない。

『この話はやめて次の話に移ろう』という意図も察してもらえたか。


「……………えっと………ごめんなさい。話して、どうぞ」


少し恥ずかしそうに、彼女は言う。

は?何それ可愛かわよっ、と思いつつ、当然表情には出さないまま祐は話を続ける。


「…………とりあえず、こっちは細かいことも色々聞けた。質問は、次で最後だ」

「……………ええ。分かったわ」


彼女は、何か待ち構えているような表情になる。

最後と聞いて、こちらの質問を大体察しているのだろう。

そして、それはおそらく当たっている。


「……………何で、最初から霊能力を使って戦わなかった」

「……………えっ」

「えっ」


結束が意外にも驚いたような反応を見せ、それに祐も思わずオウム返しのように驚いてしまった。

彼女が想定していたのは能力についての話ではなかったのか。


「…………あなた、いつから私が戦うの見ていたの?」

「………………あ」


しまった。

言われてみれば、祐の質問は彼女にとって少し違和感がある。


彼女はおそらく、自分のピンチにたまたま居合わせた祐がタイミングよく駆けつけて助けてくれたのだと思っていたのだろう。

状況だけ見ればそう考えるのが当然だ。


だが、実際は祐が助けるか助けないかの狭間で尻込みして、結局ジロジロと彼女の戦いを見たのちに衝動的に飛び出してしまったという状況。

『霊能力を使うから見るな』と言った祐の言葉をそっくりそのまま返されるような状況だ。


つまり、彼女は能力のことを聞かれるのは想定内だったが、戦いの最初の方から見られていたのは想定外だったと言った感じか。


いや、別に祐と結束は助ける助けられるの立場にあったわけなので彼女から激しく責め立てられるいわれはないのだが………


何となく。

その…………バレたくは、なかった。


「……………最初から」

「………え?」

「いやだから…………霊獣と戦う最初から、見てた」

「なっ…………ま、まさか、あなたがこの病院にいたのって………」

「ストーカーですよ!結束様!」

「なっ……はあ!?」


突然、自分の世界から復活を果たした明音が声を荒げて話に割り込んできた。


「何言ってんだてめえ!」

「いや、だってそうでしょ!如月の任務をこんな何処どこの馬の骨かも分からないやつが知っているわけないし、肝試しってのも苦し紛れの嘘にしか聞こえないし!結束様の美貌に当てられて、ノコノコこんなとこまでついてきちゃったんですよこの人!」

「そ、そんなわけないだろが!」

「そうですか?反論する割に、根拠は何も無いみたいですけどっ!」

「くっ!………」


恭也が持ってきた仕事とは言えないだけに弁解ができないっ…………!

ていうかこの明音とか言うやつ!

横でヘナヘナしてると思ってたら肝試しのくだりとか聞くとこちゃんと聞いてんじゃねえか!


「ほ……本当にストーカーなの?」

「んなわけないだろ!」

「いーえ!私の目に狂いはありません!それに、こっちには証拠だってあります!」

「は………証拠だあ?」

「ええ、ありますとも!徹底的な!言い逃れのしようもない証拠がね!」

「な………何を言って………」


待て。

ちょっと待て。


まずは考えろ。


俺、そんなやばいことやらかしたか?

明音このバカの勝手な思い違いならいいが、もし結束にも勘違いさせる様な内容なら……………


「いいですか…………私、この耳ではっきりと聞いたんです。こいつ………こいつ…………」

「…………………な、何だよ………」


何かをぶっちゃけようとする明音に、祐と結束は緊迫しつつ、固唾の飲んだ。












「こいつ……………霊獣と戦ってるとき、結束様のこと呼び捨てにしたんですよおおおおっ!!」


「……………………………………………」

「……………………………………………」













更なる茶番が始まる予感がした。

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