1-11 天理の王




なんでっ


なんで出た!?


何も意味ないのに。

ここで彼女を助けても、自分には何の得もないのに。


なのにいつの間にか体が。足が、勝手に動いてあっという間に病室へと辿り着いてしまう。

そして、霊獣と2人の少女の間を阻むように、結束たちに背を向けて立ってしまう。


「……………え?」


最初に反応したのは明音だった。

顔が見えないので分からないが、戸惑いが自然と口から出たような声。

戸惑うのも無理はない。彼女からすれば突然見知らぬ男がどこからともなく現れ、自分たちを守るように立っているのだ。


「………………?」


そして、明音の声に異変を感じた結束も目を開けて、その後ろ姿を目の当たりにする。



「……君はっ!」

「……………………」

「なんで……………なんで、あなたがここに」



結束は明音とは違い戸惑いよりも驚きの方が大きいようだった。

なぜ祐がここにいるのかという疑問や、突然現れたことへの動揺。



そして………かすかに恐怖が払拭されたような、声。


「……………」


だが、後ろを振り向いてはいけない。

彼女に、顔を見られてはいけない。


きっと俺は今、必死な顔をしているから。

何かの感情に押され、なぜか走り出してしまった時の余韻が、まだ表情に残っているから。


顔を見られてしまえば、彼女らを守ろうとしてここに立っていることが伝わってしまう。

それではだめだ。

なぜ自分が走り出したのかは分からない。

なぜここに立っているのかは分からない。

だが、もう戻れないのだ。


ならせめて、彼女にはそれを悟られないようにしなければならない。


だから俺は、冷静な、落ち着いた声で言った。


「…………体、動くか?」

「……えっ」

「逃げれるかって聞いてんだ」

「あ………いや、えっと」


結束は動揺しながらも、祐の言葉で起き上がろうとする。

だがやはり彼女は、まだ体が動かないようだった。


祐は彼女が起き上がろうとするその間に、軽く深呼吸をする。

呼吸を整え、結束に見られてもいいような、落ち着いた表情を作る。


「………ごめんなさい。まだ霊力が回復しきれてなくて……」


呼吸が落ち着いた祐は2人の方を振り向き、明音に目を向けた。


「……………お前は」


明音はまだ腰が抜けてしまっている。

言うまでもなく動ける状態ではないだろう。


それを見て、祐は心の中でため息をつく。


「逃げられないんなら、せめてこっちを見ないでくれ。………霊能力を使う」


祐はそう言って前を向き直す。

見上げると、大様と構える霊獣と目が合う。

祐は、貌淋符を解呪した。



「………くそ。本当に、使いたくなかった」



霊能力は、もう一生使わないつもりだった。

戦いという場所から身を引いて生きていくと決心していた。


なのに、何で今俺はこんなことをしているんだ。


…………………。


…………あの時、恭也は言った。


『戦うために能力を使えとは言わない。生きるために能力を使え』


「……………」


俺は何のために霊能力を使おうとしているのか。

戦うため。

生きるため。


今にして思えば、恭也の言葉は余りにも抽象的で、なぜ自分があんな言葉に自分が納得したのかは分からない。


でもきっと。

何となくだけど、今霊能力を使おうとしているのは戦うためでも、生きるためでもない気がする。


………………。


………………。


………一体、この感情を何と呼ぶのだろうか。




やはり答えは出ない。

結局自分一人で考えても、何も分からない。




だから俺は、いつものように思考を全て頭の隅に追いやり、静かに呟いた。




「……………おい、『ユグ』。力を貸せ」


自然のことわりつかさどる神の御霊みたま、『ユグドラシル』。

祐に憑依している霊の名だ。

呼びかけるようにその名を口にするが、やはり返事はない。

独り言のようでむず痒いが、もう慣れたことだ。

それに、返事がなくとも体が霊の存在を感じている。


胸の内から、両腕に霊力が回っていくのが分かる。

自分が霊能力を使える状態になったことが、分かる。


そして、結束もその雰囲気を感じ取ったのか、背を向けている祐に向かって叫んだ。


「ち……ちょっと!?あなた、あいつと戦うつもり!?」

「……そうするしかないだろ。俺だって転界符で逃げる霊力なんて残ってないんだ」

「早まらないで!あなたじゃ、あいつには勝てない!」


その言葉に、祐は結束の方を振り返る。


「…………ああ?そんなのやってみなきゃ分かんないだろ」

「違う!あなたが弱いとか、そういうことじゃないの!霊獣そいつは……」

「訳分からん。いいからお前は目を逸らしてろ。霊能力を使うと言った」


祐は、再度警告をして前を向き直す。


覚悟を決めるように。

気持ちを落ち着かせるように、軽く深呼吸をする。


そして、


「…………………【嵐操らんそう】」


瞬間、祐の両腕を中心に強い風の渦が生まれる。


その風は、病室の朽ちたカーテンを揺らし、服をひらめかせ、周囲の小さな瓦礫を飛ばす。

騒音が増幅し、場の空気が変わる。


霊獣も祐の戦闘態勢を感じ取ったのか、腰を低く構えてグガアアァ!と叫び声をあげる。


「……………っ」


その凄まじい咆哮に結束は腕で顔を覆うが、めげまいと前を向く。


「だめ………………!」


このままでは、戦闘が始まってしまう。

彼まで、巻き込んでしまう。


だから、彼に伝えなければならない。


霊獣そいつは………霊力での攻撃が効かないの!」

「………………」


祐は黙ったまま何の反応も示さない。


「だから、あなたじゃ………霊能力じゃ、勝てない!」

「………………」


少しの沈黙のち、やがて祐はゆっくりと口を開く。


「……………そうか」

「そう!だからここは……」


しかし、祐は結束に背を向けたまま、低い声で独り言のように呟いた。


「………じゃあ、勝てるな」

「………えっ」


声が漏れるような結束の反応を、しかし祐は完全に無視して両腕の袖をまくった。

祐の能力は両腕を中心にして起動する。そのための準備だ。


だが、結束は混乱を隠せずに声を上げる。


「ど、どういうこと?あなた、何をしようとしてるのか分かっているの!?能力が効かない相手と戦うなんて……」

「分かってるよ。いいから、お前はあっち向いてろって言ってん……」


だが祐の言葉を遮り、突然戦いの火蓋は切って落とされた。


「っ!!危ないっ!」


霊獣がグオオオ!と雄叫びをあげ、祐にめがけて腕を振るってきたのだ。

だが、祐はそれに合わせて面倒くさそうに前を向く。


「うるせえ」


右手を開いて、前に出す。


「吹っ飛べ」


瞬間、右手の周りに渦巻いていた風が拡散しながら放出され、霊獣の体に勢いよくぶつかる。

ドッ!と霊獣の質量と風の勢いがせめぎ合う。だが、それも一瞬。直後に霊獣の体は浮き上がり、病室の中心まで吹き飛ばされた。


霊獣は体勢を整えようと着地するが、勢いを殺し切れず、病室の端まで後退ずさる。


「……………さて」


霊獣と距離を取った。


とりあえず、奴が体勢を整えて攻めてくるまでに、やるべきことをやろう。


まず、2つ。

1つは恭也の持つ連絡用の霊符を起動させて応援を呼ぶこと。

これはすぐ終わるので手短に済ませる。


「…………よし」


霊符を起動させた。目で見て確認はできないが、今頃恭也に振動が伝わっているはずだ。少しすればこちらの位置を探知して駆けつけてくれるだろう。


そして次にやることは、


「…………久しぶりだけど、上手くできっかな」


祐は目を閉じ、霊力のコントロールに意識を集中させる。

そして肌で感じ取ることができない程の、微弱な風を周りに展開する。

距離にして半径約12〜13m。祐が能力によって風を操作できる限界範囲だ。


祐は風を操る能力の付随効果として、操作範囲内の気圧差を感じ取ることができる。

このように微弱な風を展開しておくことで、その範囲内で何か動きがあれば目で見ていなくとも、その変化を察することができる。


いうならば周囲探知能力。第三の眼だ。


「おし……準備完了。やるか」


やるべきことはやった。

霊獣も体勢を整えてこちらを睨み、様子を伺っている。

………戦闘開始だ。


ここからは慎重に動かなければならない。

恭也の情報が正しければ、あいつは霊能力を持っている。

そして、能力らしき現象は結束と戦っていた時も見られなかった。

なら警戒する必要がある。


戦闘向きの能力か、否か。

戦闘向きだとしたら遠距離でも機能する能力か、それとも近距離か。

少なくとも、奴の能力が確定するまでは今の距離を保って戦った方が良さそうだ。


一応、さっき結束が口にした『霊力での攻撃が効かない』とかいうやつが能力である可能性もあるが。


「……………………」


霊力での攻撃が、効かない。

彼女が霊獣と戦った過程で導き出した考察。

霊獣の性質。

確かに、奴の体の強度は異常だった。

そもそも霊力が効かないのでは?と言われれば、一応納得はできる。


だが、結束が使っていた空間能力らしき力は霊獣を吹き飛ばしていた。

つまり霊術によって起こる現象を全て無効化するというわけではない。

おそらく正確に言うなら、『霊力による攻撃で傷つけられない体』といった感じか。


……………まあ、どちらにしろ


「俺には関係ねえな」


祐は、霊獣を半眼で見つめながら言う。




そして、霊獣が動く。

両腕を広げながら、初速からトップスピードの突進。


その体のバネ。瞬発力。

目の前で見るとやはり凄まじい身体能力だ。


だが祐は身構えもせず、ただ腕に霊力を込める。

さっき霊獣を吹き飛ばした時よりも強く、激しい渦を生成し、そのままその腕を大きく振りかぶった。


「こっち来んな。死ね」


旋風を纏った拳でくうを殴る。


すると、殴る勢いに乗せて旋風が霊獣にめがけて放出される。

それはさっきのような拡散された、相手を吹き飛ばすための風ではない。

むしろ槍のように収束し、心臓弱点があるであろう左胸一点を穿つための、鋭い一撃。


だが、その一撃に霊獣は即座に反応して左肩を前に出し、タックルの様な姿勢に変えた。

攻撃態勢を変えないまま、身を守るつもりだ。


どうやら、霊獣は理性がないといっても最低限の防衛本能は備わっているようだった。


…………だが、



「……あやまったな、化物」



旋風が霊獣の左肩に直撃する。


今まで何の攻撃も受け付けず、無傷だった霊獣の体。

だが、その風はドウン!と霊獣の左胸を肩ごと撃ち抜き、一瞬で霊獣の体に円筒状の空洞を生む。


霊獣は予想外のダメージに突進の勢いを完全に殺され、後方に仰反のけぞった。



そして………


背後で、声がする。



「…………なっ」



その声に祐は振り返る。

結束が、呆気あっけに取られた顔でこちらを見ていた。



「………おい、見んなっつっただろうが」

「何で…………い、今の、霊能力よね?どういう

………」

「いい加減にしろよ。何度言ったら分か………」



だが、そこで祐は言葉を止める。


後方で、何か異様な音がしたから。

ギュルギュル、グチュグチュと、粘着的な何かが動くようなねっとりした音。

その音に、祐は前を向く。


すると、祐の旋風によって貫かれた霊獣の左半身が、その穴を塞ぐように外側から少しずつ修復されていた。


やがて、完全に元通りになると、霊獣は何事もなかったかのように肩を落としてこちらを見る。


「………ちっ。弱点、左胸じゃないのかよ。てか、そもそも弱点がないのか?……………それなら」


祐はその場にしゃがみ、手を地につける。

風で飛び上がるための準備だ。


そして、霊獣も動く。

相変わらずの突進。

理性がないというのも納得だが、それでも驚異的なスピード。


しかし、


「俺の方が速え」


拡散させた風を地面に向かって放出し、その勢いで飛び上がる。

三法印での身体強化と合わせて、その速度は霊獣を優に越える。


おそらく、霊獣も目で捉える事はできなかったはずだ。


目にもまらぬ速さでそのまま体の軸を変えて天井に着地。

それと同時に両手に風を纏わせる。


「弱点がないなら、動けなくなるまで細切れにしてやる」


霊獣は、こちらの位置を見失っている。

完全に無防備だ。


祐は両手に纏わせた風を、今度は手刀のように振るった。

そこから放出された風は、斬撃波のように弧形に撃ち出され、霊獣の両肩に直撃する。

その斬撃は、スパッと、霊獣の腕を容易たやすく斬り落とす。

斬られた腕は綺麗な断面を見せ、その場に落ちる。


その一瞬の出来事に、霊獣は何が起こっているか分からないようだった。

切り落とされた腕を見つめてグルルルと低い声を上げる。


だが、あいつが俺を見失っているのも時間の問題だ。



位置を捕捉される前に祐は天井を蹴り上げて壁に着地しつつ再度両手に風を纏い、今度は両足を切り落とす。


四肢を失い、自重を支えられなくなった霊獣は背中からその場に崩れ落ちる。

もう身動き取れる状態ではないだろうが、祐は止まらない。


床へ。壁へ。天井へ。

風に乗せた勢いで着地し、重力で落ちる前にまた次へと飛び移る。

無論、その間攻撃の手は緩めない。

風を纏っては放ち、纏っては放ちを繰り返し、各関節から指の一本一本まで、体の全てが機能しなくなるよう、全身を切り刻んでいく。

角度的に見えない位置でも、先ほど展開させた第三の眼微弱な風が、どこを斬るべきか教えてくれる。

攻撃すべきポイントを一瞬で見極め、風のやいばを振り下ろす。


かつて、水無月の訓練で嫌というほど身に覚えさせた高速移動と、斬撃波。その他様々な風の応用。

その恐ろしく研ぎ澄まされた所業は、霊獣に抵抗どころか、状況の理解さえ許さない。


霊獣から見れば、の姿が見えないまま、体が見えない刃に刻まれていくような状況だ。

防衛本能など、働かせる余裕もないだろう。


そんな最中さなか、祐の目まぐるしく動く視界の隅に2人の少女が映りこむ。

彼女達は、息を呑むようにしてこちらを凝視していた。


「な………何、あの動き………結束様、あの人は………」


明音はそう言って、隣にいる結束を見る。

彼女は霊力下限界欠乏エーテルダウンが多少はおさまったらしく、ちょこんと内股で座り込んでいた。

だが、彼女は明音の声が聞こえていないかのように胸に手を当てたまま、祐が戦っている目の前の光景に目を見張らせている。


「……………すごい」


なんてことを呟く。


祐はその2人を流し目で捉え、顔をしかめて舌打ちをする。


「…………クソが。あいつら、どんだけ人の話聞かねえんだよ」


あれだけ見るなと言ったのに。

ここまで戦闘を見られてしまえば、能力もあらかたバレているだろう。それどころか、後で霊力の残滓を調べられれば能力の詳細も全て解明されてしまう。


「………………」


やはり、助けるべきではなかった。

仮に霊獣こいつを倒して生きて帰れたとしても、邦霊の人間に能力がバレれば弱点を研究され、いつでも殺せるよう、対策できる兵隊能力者が用意される。

そうなれば祐の霊術士としての道は絶たれたも同然だ。

邦霊には一生逆らえなくなる。

それこそ、邦霊に『殺す』と脅されれば捨て駒として軍に加入させられるだろう。


「………ああ、くそ」


だが、もう遅い。

もう戻れない。

今はとりあえず、霊獣こいつを殺さなければならない。


といっても、既にこいつの体はバラバラだ。

霊獣の体がどういう仕組みで動いているのかは知らないが、人間と同じ様に神経で動いているのならここから再生することはない。

霊脈で繋がっていたとしても、胴体から切り離された部位は動かすことができない。

断面をくっつけない限り、再生することはないはずだ。


「………こんなもんだろ」


祐は一旦攻撃の手を止め、床に着地する。

霊獣を30以上の部位に切り刻んだ。

このままこいつが動かなければ、恭也が来るまで待って、部位の一部を持ち帰って任務達成だ。


…………………。


…………………。


霊獣は、ピクリとも動かない。

さすがに死んだか。


「…………倒したの?」


また、背後から声。

祐は呆れたように返事をする。


「………多分な」

「………すごい。私が手も足も出なかった相手に、こんな………」

「お前マジで黙れよ。あんだけ言ったのに、結局俺の能力ジロジロ見やがって。後で必ず清算させてもらうからな」

「あ………えと、それは………ごめんなさい。その……目が、離せなかったというか……」

「……………」


それ以前に、能力使う前から目を逸らす気すらなかっただろ。

と言いたいところだが、これ以上会話を伸ばしても無駄な時間が流れるだけだ。

今は、やるべきことを淡々とこなす。


祐は結束を無視し、バラバラに散らばった霊獣を見渡した。


「……………よし。んじゃ、どれ持ってこうかな。多分首がいんだろうけど、気持ち悪りーし恭也に…………………ん?」


………………。


………………?


…………気のせいか。

今一瞬、霊獣が動いたような。


…………………………。


…………………いや、これは、



「…………、うっわ……」



気のせいでは、なかった。

先程と同じように、霊獣の体が部位毎にギュルギュルと音を立てて形を変えていく。


………だが。


「…………なんだ」


何かが、おかしい。


何やらヌメヌメとスライムのように気持ち悪い動きをしているが、元の体に戻っていくようには見えない。

再生していくような動きには、見えない。


そう、どちらかと言うと何かの形を為そうとする動きで…………


「……結束様………これ……」

「…………まさか」


明音と結束は、何かを察したようだった。

そして、その予感はおそらく当たっている。


これは…………



「…………まじで言ってんの」



やがて気味の悪い音と共に、霊獣の動きが止まる。


そして………その光景は、まさに地獄だった。


「約30部位パーツ。………………30体か」


バラバラにした部位が、それぞれ霊獣の形へと姿を変えたのだ。


「…………分裂した……!?」


明音が目を見開いて言う。


祐は、こちらを睨む霊獣達を一瞥し、眉をひそめた。


分裂した部位の一つ一つが、霊獣の形を成す。

こんな複雑な動きが霊獣の標準機能とは到底思えない。


…………………。


恭也の情報は正しかった。

………おそらく、これが


「………お前の、能力か」


全員が敵意を持ってこちらを見ている。

つまり、一つの精神で分裂した体を操作する、心体共有型分離能力だ。


もちろん、その一体毎の大きさはそれぞれの体部位の大きさと同じ程度まで小さくはなっているが、もし全員の身体能力がさっきまで戦ってた本体と同じだとしたら。


「…………まずい」


霊獣達が、祐にジリジリと距離を詰める。


これだけの数が一気に襲いかかってきたら………


「あー、もうくっっっそだるいっ!」


祐はそう言って飛び上がった。


近づかれる前に。

襲われる前に、距離を取るべきだ。


祐はさっきと同じように天井に着地し、次へと飛び移ろうとするが、今はまるで状況が違う。

何十体もの霊獣の群れ。

そのうちの何匹かがこちらを見て、動く。


「やっべ!」


霊獣はグッと軽く踏ん張り、ものすごい勢いで跳躍する。

今までの霊獣の身体機能に加え、軽くなったことで更に速くなった体で、祐に襲いかかってくる。


「くっそ!」


祐はそれらを躱しつつ両手に風を纏う。

だが、これ以上こいつの体を切っても無駄だ。

むしろ敵が増えて厄介になるだけ。


もう斬撃波は使えない。


なら、


「とりあえず、こっち来んな!」


壁に向けて着地しようと飛び上がりつつ、最初と同じように拡散した風を放出し、何匹かの霊獣を吹き飛ばす。

空中で無理矢理放ったので出力は落ちるが、敵が軽くなった分、その効果は十分に保たれている。

風を真正面から受けた霊獣達ははたき落とされるように床に叩きつけられる。


一旦凌ぐことはできたが、状況は変わらない。

むしろ、さっきよりも悪い。


意識を共有しているであろう他の霊獣達が、今の数秒の攻防で、こちらに気付き始める。

一匹に見つかれば、精神を共有している全員が祐の場所を把握する。

そして、霊獣達は祐を視認した順に次々と跳躍し、襲いかかってくる。


「ちいっ!」


まずい。

さっきと違い数が多過ぎる。

ざっと見ただけでも20体。この数を拡散する風で吹き飛ばすのは無理だ。

いや、そもそも位置を捕捉された時点で何度こいつらを飛ばそうと一時凌ぎになるだけ。



祐は瞬時に頭を回す。

どうする。

斬撃波では敵が分裂してしまう。

それに加え拡散する風も使えないとなれば、


「貫く!」


先程霊獣の体に大穴を空けた、風の刺突攻撃だ。

あの時はすぐに再生されたが、霊獣の体が小さくなった今なら有効打になる可能性は高い。


祐は壁を蹴り上げる。

次々と襲いかかる霊獣をくぐり、床に着地しようとする。


だが行く先を読まれていたのか、祐が着地するであろう場所に、最初に祐が吹き飛ばした霊獣達がひづめを立てて待ち構えていた。


しかし、祐はそれを見て笑う。


「バカが。狙いは最初ハナからてめえらだ」


待ち構えようとする霊獣の動きは第三の眼微弱な風で見えていた。


祐はまず、左手に纏わせた風を斜め下へ向けて噴射した。

その反動で祐の体は宙に浮きつつ、回転する。


そして、


「死ね」


回転する体に勢いを乗せ、霊獣へ向けて右腕を振るった。

そこから砂塵のように繰り出された風は霊獣を頭から貫き、体が跡形もなく霧散する。


「よし」


やはり体が小さいだけあって、効果は絶大だ。

あれだけ体が散り散りになれば、もう再生することはないだろう。


だが、倒したのは一体だけだ。

地上には他の霊獣が残っている。

祐は再度風を纏い、一体ずつ、確実に霊獣達の体を貫いていく。

やがて体の回転が止まり、祐は攻撃の手を止める。


今ので7、8体ほどったか。

祐は、地上に敵がいないのを確認して着地する。

そして上を見上げると、さっき空中で祐を襲ってきた霊獣が軌道を変えてこちらに向かってくる。


「はは、せわしないな」


祐は余裕の表情を浮かべた。

今、自分は地上にいる。

さっきは空中だったので無理矢理体を回転させて勢いを作ったが、今ならその場で腕を振るえば刺突攻撃が使える。

さらに、さっきは回転しながらだったので回転方向の関係で右手しか使えなかったが、今は両手だ。


「ばっちこいや」


敵は空中にいる。ここから軌道が変わることはない。

何とも当てやすいまとだ。


祐は右、左と交互に腕を振るい、次々と霊獣の束を突き崩していく。


数が多いので、何度も腕を振るわなければならない。

余りの酷使に腕が引きちぎれるほど痛いが、着実に敵の数は減っていっている。



「ああ〜〜っ!!クッソきついけど……いける!このままこいつらを……」



……………………。



……………………?



……………………。



…………なんだ?



第三の眼微弱な風が、背後で何か不可解な動きを捉えた。

だが、今は攻撃に集中しているせいで、目の前の霊獣達から目が離せない。



後ろを、確認することができない。




……………なんだ。


なんだ。




何が起きている。



確か、背後には結束と明音がいたはずだ。

だが、風が捉えているのはどう考えても人間の動きでは……………





「祐!危ないっ!!」

「っ!?」




突然聞こえた結束の言葉で、祐は反射的に攻撃を止め、振り返った。




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