禍世で現世を見ていた時から気づいていた。

 陰陽寮の下の方に蠢いていた大量の魔と、強力な敵の存在に。

「一体、ここはどういったところなんだが」

 陰陽寮に突如として空いた穴の底。

 そこは禍世と現世の壁がずいぶんと曖昧になったような場所であり、地下深くの穴にあって当然であるはずの壁。

 それがここにはなかった。何処までも先の見えない、ぼんやりとした光景が四方並びに上にも続いている。

「わかっているだろう?現世と禍世の二つを混ぜ合わせた、いわば新しい世界であるとも」

 周りを見渡して俺が困惑していた中、この場に一つの、何処か懐かしい気もする新しい声が響いてくる。

「……誰?」

 その声が聞こえてきた方に視線を送りながら僕は疑問の声をあげる。

「誰、か。悲しいなぁ」

 俺の視線の先。

 そこにいるのは一人の荒々しい男だった。

 オールバックとされた黒髪に、血のように赤い狂気を目に見える形で携えた細みながらも筋肉質な男であり、その衣として軍服を羽織っていた。

「お前が、裏切り者か?」

 俺たちがあの日。

 れっきとした陰陽術でもって作られた現世と禍世を隔てる壁を越える門を通って魔が現れた段階で魔に与する人間がいるってのは予測がついていたし、この事案にそいつが関わった居たということも予想通りだ。

「裏切りものとはひどいじゃないか。俺は何も裏切ってなどいないというのに」

「なら、その衣は?魔に対して、人類が一致団結しようとしている中で……日本を陥れようとしている国がいると?」

 裏切っていない。

 そう宣っている男に対して、俺はその服を指し示しながら声をかける。

「くくく……あぁ、そういうことか。すまないな。これはただの趣味だ。カッコいいから奪った。俺は常に俺の味方だ。それ以上でも、以下でもねぇな」

 だが、俺が裏切りの証拠として指し示した軍服を男はあっさりと答えてみせる。

 軍服は裏切りの証明でも、なんでもなかった。

「なんやねん、お前。ややこしい服を着てくんなや」

 そんな男の言葉に俺はブチ切れる。

 ここまでドヤ顔で全然関係ないことを話していたとかいう恥ずかしい真似させんなぁや、ごみぃ。

「かっかっか」

「笑うな、ごみ。んで?じゃあ、誰だよ、お前。自分の好きなように生きるってのは良いがよぉ」

 俺は苛立ちを隠そうともしないままに男へと疑問の声を叩きつける。

「それを聞かれることこそが不本意なんだがよぉ」

「あん?」

「俺がお前の兄だよ。ったく。誰がよぉ、お前を物心つくまで育ててやったと思っている。覚えていろや、俺のことをよぉ」

「……ァ?」

 お前は誰だ。

 それに対する答えとしてぶつけられた男の予想外の答えに俺は動揺の声を漏らす。

「おいおい、そんな疑問に思うことかぁ?それとも何だ?お前は赤ん坊のころから自分一人で生きていたとでも?そんなこと、出来るわけないだろう。ったく、笑わせてくれるぜ」

「……兄だと?」

「あぁ、その通りだ」

 俺の言葉に目の前の男は横柄な態度でうなづく。

「俺はお前の兄。荒木様だ」

「……」

 目の前にいる男こと、俺の兄である荒木。

 そんな男を前にして、俺が何を思うのかと言われれば。

「まぁ、別にどうでもいいと言えば別にどうでもいいな」

 無関心となる。

 別に俺に兄がいようと関係ねぇし、それが目の前の男だとしても同じだ。

 僕には一切、関係がねぇ。

「おいおい、随分と悲しいことを言ってくれる」

「んでぇ?お前の目的は何だよ」

「目的ぃ?んなもん、楽しく生きるってだけで十分だろう?」

 俺が尋ねた目的。

 それについて、荒木は何ともシンプルでわかりやすい言葉を返してくる。

「俺は何も我慢しない。うまい飯を食らい、好きな女を自分の下に組み伏せ、気に入らん阿呆は容赦なく殺す。誰よりも自由に、誰よりも楽しく生きてきた。あぁ、実にいい人生である。これほどいいもんはねぇ」

 そして、別に聞いてもないのに勝手に自己陶酔して、自分の生きざまについて語り始める。

「さて、まず謝っておこう」

 そんな迷惑行為から一転。

 急にこっちの方へと荒木は意識を向けてくる。

「迎えにあげるのが遅れたことをな。本当はぁ、もっと早くにお前をあのスラムから掬い上げるつもりだったのだが……思ったよりも、魔が強くてなぁ。自分の勢力圏を描くのに時間がかかってしまった」

「んっ?」

「だが、ようやく言える。俺と共に来いや。赤ん坊から面倒見てやったオマエを、大人になってからも面倒見てやる。どうだァ?いいだろっ?」

「断る」

 俺は自分に差し向けられた荒木の手を迷うこともなく一瞬で断る。

「何故?」

「お前の話すことなど何も興味ねぇからなぁ。別にこの世界なんてうまいもんしかねぇし、女のおっぱいは揉みたいが、かといって永遠と追いかけていても飽きるだけ。別に気に入らん奴であれば、既に全員殺している。お前についていくことのメリットがねぇ」

 俺は既に自由で、利己的だ。

「俺は自由に生きているぜ」

 今の僕には、星歌がいれば満足だ。

「それが、お前の寿命を縮めることになっても?お前とて、気づいているだろう?俺がここに連れてきた手勢の数を」

「当たり前だろ」

 既にこちらの様子を伺っている大量の魔の視線は敏感に感じ取っている。

 世界のあり様が揺らいでいるせいで、その姿も見えなければ気配も希薄だけど。

「死ぬぜ?お前」

「本望。だが、ここでお前の目的は止める」

 俺は自分の手元にある刀をゆっくりと構える。

「そうかぁ」

 それに対して、荒木もゆっくり自身の手を上げる。

「なら、死ねぇい」

 その瞬間。

「ぐぎゃぁぁぁぁあああああああっ!」

「がぁぁぁぁぁぁあああああああっ!」

「ふごぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ!」

 一気に自分の元へと大量の魔が、何もないところより現れて襲い掛かってくるのだった。

「おらぁぁぁっ!」

 禍世で暮らしていた時ですらこんなに見たことはないっていう魔の大群。

 自分の見渡す限りが魔であり、もはや数えることも出来ないレベルの相手たち。

 だが、この場にいる魔たちの階級で言えばその多くが一級だった。

「おせぇっ!」

 ゆえに、その多くが俺の敵ではない。

 俺は自分へと馬鹿の一つ覚えで突撃してくる魔たちを次々と返り討ちにしていく。

 自分の手にある剣を振り回して魔の体を切り刻み、蹴りで魔物の体を粉砕し、体当たりで魔を轢いていく。

「刀ってのは便利だなァっ!おいっ!リーチがなげぇっ!最近使うようになってからよく思うっ!」

 俺は常に成長している。

 最近になってようやく、道具の有用性を理解して使用しだした今の俺は三日目の道具を使っていなかった頃の自分とは大違いだ。

「ふぅー、ふぅー、ふぅー……こっちの呼吸法の方が疲れないな」

 他人とは雲梯の差と言える学習能力をを俺は持っている。

 それがありゃ、この場で成長することだって大した苦労じゃねぇよォ。

 俺は戦闘の中ですら、学びを得ながら魔を蹴散らしていく。

「がぁぁぁぁぁあああああああああっ!?」

 相手の多くは一級。

 そのほとんどが一撃で、俺に一撃を入れてくるような相手もいない。

「俺は王級。そこらの有象無象と同じ対応では困る」

 ただ、その魔が王級にまで跳ね上がれば別だった。

「……ァ?」

 確かに切り捨てたはずの有象無象の一体。

 確実に死んだことを確認したはずの魔が一体、ひとりでに動き出して俺の腹へと蹴りを叩き込んでくる。

「くそっ……王級かっ!」

 どういうからくりは知らないが、死んだふりをしていやがったなァ。

 蹴りを受けて上空へと打ち上げられた俺は今度こそ、王級の魔を殺そうと陰陽術を発動させようとする。

「うぉぉぉぉぉおおおおおおお」

「ァ?」

 だが、それよりも前に。

 その姿も、気配も、それら一切がなかった中でいきなり現れた巨大な龍に俺は己の全身をいとも容易に呑み込まれしまう。

「ぐぬっ!?」

 生暖かい液体の感触が自分の全身を這いずり、己の視界が凄まじい速度で移り変わりながら、俺は龍の体内の中を進まさせられる。

「ぬぅあっ!!!」

 俺はそんな中であっても自分の刀をもってその場で回転。

 魔の腹の中でその体を切り刻んでそこから脱出してくる。

「シネ」

「ふぐっ!?」

 だが、それと共に自分が食われている間に己の上を陣取っていた、さっきの死んだふり野郎とは別の王級の魔によるかかと落としを食らって地面にまで叩きつけられる。

「死んどけっ!」

 そんな王級の魔へと俺は全身全霊の呪力を込めた陰陽術を発動。

 カエサルほど硬くなけぇれば、王級の魔とてさほど問題じゃねぇ。問題なく殺せる。

「ぐふっ」

 ただし、ダメージは避けられそうにねぇ。

 俺は僅かに血を吐き出した己の口を拭う。

「……っ」

 そんなことをしている間にも、俺の方へと多種多様な特殊能力を持つ魔からの集中攻撃を浴びていた。

 炎、雷、雹……本当に多種多様な攻撃だ。

「うざってぇ」

 それを防ぐために呪力を割いて結界を貼っている俺は言葉を吐き捨てる。

「呪力ってのは何も無限じゃない。その人間、一人一人の保有量によって決まっている。お前は赤ん坊のころから驚愕するほどに多かったが……それでも、無限じゃない。いつまで戦える?」

 うるせぇ、ボケェ。

 まだ半分くらい残っとるわぁ。まだ、枯渇までは遠いわっ!

 俺は反感をあらわにしながら、指パッチン一つで陰陽術を発動させ、自分の周りにいる魔を一掃しようとする。

「俺も忘れるなよ?」

 だが、そんな僕の陰陽術はかき消される。

「ぎゃおおおお」

「ちっ」

 そして、さっきのによって倒せるはずだった、自分に近づいていた魔が自分に殺到してくるのを止められなくなった。

「発動があめぇ、陰陽術は俺が削ぜ?」

「ゴミが……っ」

 この場で戦わず、大量の魔を差し向けているだけである荒木は今。どういった陰陽術かは知らないが、祝詞などを短縮したり、簡単に発動できる陰陽術だったりを、発動しなかったことにする特殊な技で僕の邪魔に徹していた。

「ぬぅあぁぁぁぁあああああああああ!」

 それに対してイラつきながら、それでも俺はしっかりと祝詞を高速で唱えて陰陽術を完成させて発動させる。

 今度こそ、しっかりと陰陽術は発動し、己の出した雷の龍が自分の周りにいる魔を排除する。

「あー、クソ」

 今のだけでおそらくは数百の魔を消し飛ばした。

 しかし、敵はすぐに補充されてくる。

「ゴミクソが」

 まだ。俺の戦いは終わりそうになかった。

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