復讐2

「星歌」

 圧倒的な力によってすべてを薙ぎ払って見せた僕は星歌の隣へと降り立つ。

 自分こそが、彼女の隣に立つ最も相応しき子であると誇示するために……というかさ、普通に裏切った連中が今更、星歌の仲間面するとか許されないよね。

「王級の魔との交戦したけど、逃がしちゃった。ごめんね」

 僕は星歌の隣を保持した状態で彼女へと声をかける。

「えっ、あっ……うん。い、いやっ、それよりもさ。えっ……?何、今の」

「何って普通の攻撃だけど。市街地の守るって言っていたじゃん。だから、君の隣に立つ者としてしっかりと守ってあげたよ」

「いや……そうだけど、ここまでの大規模攻撃も出来たのよ?」

「僕に出来ないことなんてないよっ!……まぁ、手加減は苦手だけど」

 さっきは行けるという確信があったが、いつもの僕は基本的に大規模攻撃すると周りを巻き込んでバーニングしちゃう気がして控えていたのだ。

「ちょっ!?誰かを巻き込んだりはしてないわよねっ!?」

「うん、していないはずだよ」

 今回は大丈夫。そのはず、だ。

「ちょ、ちょっと心配になるんだけどぉ……」

「星歌様……そちらの御方は?」

 ついさっきまで、星歌を糾弾しておきながら、その後すぐに臣下の礼をとり始めた初老の男が僕のことを手で指し示しながら口を開く。

「私の相棒よ。この子に対する不平不満は許さないわ」

「そ、そうですか。ずいぶんと、飛びぬけた実力をお持ちの子のようで」

「どうも。自分のことは気にならさず」

 僕は軽く一礼をするだけで視線をすぐに逸らしてやる。

 自分が上に立つのが当然だともいうべき態度を見せている陰陽師の連中は基本的に嫌いなので、仲良くとはまるで思わない。

「新しい姐さんの舎弟っすか?」

 そんな僕へと、星歌のことを姐さんと呼ぶハゲの男が軽々しい口調で僕へと話しかけてくる。

「貴方、さっきの陰陽師を見て舎弟とか言い放てるわね」

「新しい舎弟だよ。でも、お前よりは上。焼ハゲばパン買ってきて」

 この馬鹿っぽいやつはいいかも。ちょっと同類の匂いもする。

「へいっ!」

「待ちなさいっ」

「あぅ」

 僕の言葉で焼きそばパンを買いに行こうとしたハゲの首根っこを掴んで星歌が止める。

「ところで?私以外の当主はいないのかしら?さっきから気になっていたのだけど、この場に名家の人間が全然いないじゃない。普段であれば率先して指揮をとっていた他の当主陣もまるでいない……どこに行っているのかしら?何で既に隠居の身である貴方が出張っているのかしら」

 そして、星歌が再び本来は隠居しているはずだったらしい初老の男へと声をかける。

「ちょうど、各名家の方々は天皇陛下と共に東京の方に……上がいないタイミングを狙っての攻撃だったのです。明日にでもなれば、帰っておられる当主様方もいるのですが」

「なるほど……何でそんなことになっているかは知らないけど、現状は理解したわ。なら、私がここで全権を持つことに異論はないわね?名家の当主は私だけだから」

「えぇ、ありませんね」

「ふー、良かったわ」

 自身の言葉に初老の男が頷いたのを見て、ようやくになってこれまで冷静とした態度を一切崩すことなかった星歌が安堵の息を漏らす。

「んっ」

 星歌の蘆屋家当主への道の舗装が既に終わり、自分たちの逃亡劇もようやく終わりを迎える。

 どうやら、ハッピーエンドで終わらせられそうで良かった……僕も内心で星歌のように安堵の感情を抱く。

「はい……と、言いたいところですが、ここには、そのですね」

 でも、その瞬間。

 僕は嫌な予感を覚える。

「そいつよっ!」

 そして、その予感が何であったのかの答え合わせをするかのようにとある一つの女の声が響いてくる。

「~~ッ!」

「平安京に魔が攻撃してくるなんてあり得るわけがないっ!裏切り者がいるからなのよっ。そして、その裏切りものは間違いなくあの二人!」

 ヒステリックな女の声。

「忘れたのっ!?あの触手の魔によって、私たちの部下が殺され、大きな被害を出したあの事件の場には確かに、あの二人もいたのよっ!」

 そして、それを聞く星歌の表情が一気に怒りへと染められていく。

「……ぁあ」

 再び覚えた嫌な予感。

 これは何であったか、 何時だったか───そうだ、まだ禍世に逃げていなかった頃。

 禍世へと逃げたその日の大半を費やしたあいさつ回り、その前に覚えた嫌な予感だ。

「……」

 目の前にいるのは星歌の面影を持った彼女よりも幾分か年上に見える一人の女性。

「明菜ぁっ!!!」

 自分の隣にいる星歌が殺意を向ける相手。

 そして、そうだ。

 あの壱が忠誠を誓っていた女だ。

「あの二人が当主の座を私たち姉妹から奪うためにあいつが策略したことなのよっ!全部っ!騙されるんじゃないわよっ!」

「……姉?」

 目の前でヒステリックに叫ぶ女を見ながら怒りの声を上げる星歌の腕をつねる僕はそのまま彼女へと疑問の声をぶつける。

「えぇ、そうよ……あいつが、私の母を殺したァっ!」

「何よっ!殺したのは貴方じゃないっ!」

「ほざけっ!殺してやるっ!」

「ひぃ!?あ、貴方たちっ!私を守りなさいっ!」

 自身の姉であるという明菜に星歌が怒りの感情をぶつけ、殺意まで向けている中で。

『ヤハリ、ツヨイ。ユエニ、コタビデコロス』

 この場に新しい声が響き始める。

「カエサルっ!?」

 それは間違いなく王級の魔であったあいつの声であった……あいつ、広範囲に言葉を届ける拡散能力まで持っていたのか?

「星歌様っ!あちらをっ!」

「……ん?」

「何よっ!?呼ぶなら私でしょっ!」

 初老の男に呼ばれた星歌が怒りを堪えながら視線を動かし、明菜が癇癪の声を上げる。

「動いた」

 そんな中で僕はスラムの方から再び行動を開始したカエサルを静かに見つめる。

 カエサルに率いられる軍勢は先ほどとほぼ同じ……だが、その傍らには一つの杖が浮かんでいた……あの、杖一つで何か変わると?

 それとも、下の方の───。

「「「……っ!?」」」

 再び動き出した魔。

 それを前に多くの陰陽師たちが警戒心をあらわにすると共に、今すぐにでも攻撃態勢へと移れるようにした瞬間。

 自分たちが立っていた地面がいきなり消滅し、何処までも続く穴へとこの場にいた全員が真っ逆さまに落ちていく。

「な、なんだこれはっ!?」

「全員っ!上にあがれっ!」

 だが、それでもこの場にいる陰陽師たちは歴戦の存在であり、全員がすぐさまいきなり出現した穴から脱出するために陰陽術で一気に地上へと上がっていく。

「……」

 そんな中で。

「明菜ぁっ!逃げるなぁッ!」

「ひぃぃぃっ」

 星歌は明菜への殺意を吐き、それから逃れるように明菜は逃げていく。穴の下へと。

「待ちなさいっ!絶対にっ!私がお前を殺してやるっ!!!」

 地上にあがるのではなく、下へと降りていく明菜。

 それを星歌は追いかけて、下へと降りていこうとする。

 今の、星歌から感じるのは何処までも深い、憎悪であった。

「……」

 あぁ───今、わかった。

 ずっと、自分の中にあった嫌な予感の正体が。

 僕は、星歌に変わってほしくなかったんだ。

「待って」

 下へと降り、明菜を追いかけようとする星歌の腕を掴んで僕は止める。

「何っ!?」

「僕は君が人を殺しているところなんて見たくない」

 星歌が、怒りのままに人を殺して、その在りようが変わっていく様を───見たくなかった。自分の大切な人がいなくなったしまうことを僕は恐れていたんだ。

 それが、嫌な予感として僕に警鐘を鳴らしていた。

「……っ!?は、はぁっ!?」

「僕は人を殺すのではなく、助けに行ってあげて欲しいんだ」

「……っ!?何を、何を今更っ!私は、私はあいつらへと復讐するためにここまで来たのよっ!」

 彼女を止めようとする僕を見る星歌の瞳に浮かぶのは深い憎悪の感情である。

「星歌が、母を殺された星歌の悲しみだってわかるよ。その心の中に空いた大きな、あまりにも大きな穴を……その穴は、簡単なことじゃ埋まらない。」

「だから何っ!?……私だってねっ!わかっているわよっ!?復讐したところでそれが埋まらないことくらいっ!でもっ!私の中にある激情はあいつらを殺さないと晴れることはないっ!」

「でも、そんな君を僕は幸せにしてみせるよ」

 そんな彼女の瞳を見ながら、僕は手を伸ばす。

 うん、そうだ……僕の知っている星歌は優しさに満ちながらも、こうして隠しきれない深い憎悪を持っていた。

「……はっ?」

「君の間に出来たその穴を君から教えてもらった優しさで、僕なりの優しさで埋めてみせる。君が復讐のことなんて忘れるほどに、君を愛し、君に優しさを教えてくれた母の墓前の前で君が笑顔を向けられるように、それほどに幸せな人間に僕がしてみせる」

「んなっ」

「だから、君には上にいる人たちを助けてあげて欲しいんだ……僕には、他人の助け方なんてわからないから」

 僕は強引に星歌を抱き寄せ、そのまま上に向かって投げ上げて強引に地上へと向かわせる。

「申夜っ!?」

「任せたよ」

 そして、星歌の代わりに僕は下へと落ちていく。

 ……。

 …………。

 星歌の代わりに僕は落ちて、落ちて、落ちていく。

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