陰陽術2
それと共に自分の鼻を襲ってきたのはむせ返るような血の匂いだった。
そして、陰陽師と魔の叫び声が僕の耳を打ってくる。
「星歌、は……」
正門周りで激しい陰陽師と魔の戦いが行われている中、僕はこの場にいるはずの星歌を探す。
星歌はすぐに見つかった。
「青葉っ!秋野っ!堪えなさいっ!貴方たちがここ全体を支えているのよっ!」
「はいっ!姐さんっ!」
「うっすっ!」
「誰がよっ!私は貴方たちよりも年下よっ!私が持ち上げて圧力を減らしてあげるから、その分頑張りなさい」
星歌はしっかりと魔と戦う陰陽師たちの中心人物となってその力を存分に振るっていた。
彼女の得意とする風の陰陽術。
星歌が呪符を用いて発動させる陰陽術より、巨大な突風が吹き荒れて上空へと魔が打ち上げられていく。
「轟け」
上空へとのぼっていく大量の魔。
それに対して僕は迷いなく雷を落とし、一瞬で炭へと変えてしまう。
星歌との連携攻撃だ、いいね……まだ僕の存在に気づいていない彼女の意図したものではないだろうけど。
「「「……っ!?」」」
「申夜っ!来てくれたのね。もう中の方は大丈夫?」
「大丈夫、ちゃんと全滅させてきた」
星歌の隣に来た段階で足を止めた僕は彼女の言葉に頷く。
「あ、姐さん。そこの別嬪さんは?」
星歌の隣に立った僕を見て、彼女の周りにいる人たちが自分を指さしながら疑問の声をあげる。
「指をさすのを辞めなさい。みっともないわ。彼は私がここまで生き長らえるのに協力してくれた子よ。彼がいなければ私は死んでいたわ」
「おぉ!この子が」
「どうも」
なんか、すっかり星歌はこの場に溶け込んでいるけど、ちゃんと当主としての座を奪取出来たのだろうか?別れてからさほど時間は経っていないと思うのだけど。
まぁ、うまく行っているならいいけど。
それよりも、だ。
僕はちょっと早急に対処しなければならないことがある。
「んじゃ、僕はこれで」
「えっ……?」
僕は指パッチンを一つ。
自分の体を雷で纏わせ、自身の身体能力を劇的に上昇させる。
「ふっ」
自身を強化させる陰陽術が何の問題もなく発動されたのを確認した僕は迷いなくその場を蹴り、一気に加速していく。
その場に呆然としている星歌を置いて。
「ぐぎゃっ!?」
正門周りにいる大量の魔。
それを体当たりで吹き飛ばし、そのまま僕は魔の大群の最後尾にまでやってくる。
そこにいるのは明らかに別格というべきオーラを漂わせた、王級の魔である。
「危機一髪」
その場に立ったまま、自身の中にある呪力を高ぶらせ、何かを発動させる準備をしていた王級の魔の前にまでやってきた僕は彼の顔面に向かって右の拳を繰り出す。
「ハヤイナ」
それに対し、しっかりと王級の魔は自身の両手で僕の拳をガードする。
「ソレニ、イタイ」
「そうかい」
向こうの評価の言葉を軽く流した僕は空いている左の拳を王級の魔の腹へと突き刺す。
既に拳一つ受け止めるのに両手を使っている王級の魔は、それに対して何も出来ずにただ真正面より攻撃を食らうだけでだった。
「……っ」
だが、それによって鳴り響いたのは甲高い音だった。
かってぇ……外骨格に覆われた王級の魔の体は信じられないほどに硬く、僕が勢いもつけずにその場で殴っただけでは壊すことが出来なかった。
自分が拳一つで破壊できなかったのなんて初めてなのだが……なるほど、これが王級というわけか。
「トビヌケタジツリョクダ。マダ、アマイトコロモアルガ、アイツガサガシテイタダケノコトハアル」
「何言ってんのかわからん」
ずいぶんとカタコトで聞き取りにくい王級の魔の言葉を聞くこともなく切り捨て、僕はその腹に今度は体重をかけて蹴りを乗せる。
「グ……」
その蹴りを受けた王級の魔の体は少しよろめいて二、三歩後ろへと後退していく。
そして、蹴りを受けたその腹の外骨格にはほんの僅かではあるが、傷が出来ていた。
「さすがに蹴りなら効くようだな」
「フー」
蹴りを受けてよろめきながら僅かに後退した王級の魔へと近づくべく、僕が足を一歩前に踏み出した瞬間。
「あぶねぇな」
自分の三方から火やら、雷やら、風の刃やら。
自分を囲っている多種多様な魔の使う、多種多様な特殊能力が向けられる。
「けど、存外しょぼい」
それを結界の陰陽術で容易に防ぐ。
別に一つ一つの威力はさほど高くないので僕に傷を与えたりなどは出来ない……ただ、どう考えても知性がないような魔を王級の魔はここまで完全に支配しきるのだな。
この統率能力はあまりにも厄介だ。
「だから、させないよ?」
そんあことを考えながらも、僕は再び自身の中にある呪力を高め始めた王級の魔との距離を詰め、その顔面を狙って横蹴りを繰り出す。
「チッ……」
それを片手で受け止めた王級の魔は嫌そうに眉を顰める。
「別に僕は魔の特殊能力については詳しくない……が、お前のやろうとしているものが面倒な奴だってことは何となくわかるぞ」
魔の特殊能力にはいくつかの派生技があるのだと以前、僕は星歌から聞いていた。
その派生技の中には特殊能力の火力を異常なまでに引き上げたものもあったはず……それを、王級の魔が発動させるのを許すわけにはいかないだろう。
特大攻撃で陰陽師たちに大きな被害を出されかねない。
「シカタ、アルマイ」
何か怪しげなことをすればフルボッコにする。
そう心に決めて構えている僕の前で王級の魔は諦めの感情と共に言葉を吐き出す。
「ヨノナハ、カエサル。オボエテオケ」
「えっ?何て?名前はカエサル?」
「ソウダ……ココハオマエのチカラヲミトメ、テッタイサセテモラウ」
「撤退……?」
甲高く、聞こえにくい。
そんなカエサルを名乗る王級の魔の言葉に苦戦しながらも、僕は相手が何を言いたいのかを理解し、そして不敵な笑みを浮かべる。
「それを僕が許すとでも?」
「ユルサセルサ」
何処までも追う準備万端の僕を前にして、カエサルは悠然とした足取りで自分に背中を向け、そのままゆっくりと最初の一歩を踏み出す。
「一発っ」
そんなカエサルへと僕は後ろから蹴りつけるためにその場を力強く蹴り、雷を伴って一瞬で距離を詰めようとする。
「……ァ?」
だが、その瞬間。
いきなり自分へとこの場にいる大量の魔が突撃してくる。
「邪魔なっ!」
そして、魔の突発的な行動はそれだけでは終わらなかった。
それを一瞬で陰陽術により殲滅しようと僕が指と指を重ね合わせたその瞬間に、魔の体が急に爆裂四散。
肉片が散らばると共に、その肉片が各々の特殊能力へと変わってこちらへと攻撃を仕掛けてくる。
「ちぃ」
先ほど、結界で防いだ特殊能力の威力とはまるで違う。
ずいぶんと高火力な炎やら、何やらに僕は囲まれる。
「いってぇなぁ」
それに対して、元々貼っていた簡素な結界の上にそれを強化するくらいしか間に合わなかった僕はかなりの攻撃を被弾してしまう。
それによって服を汚され、自分の肌にも少しだけ傷をつけてしまった僕は言葉を吐き捨てる。
まともに傷らしい傷を受けるのは数年ぶりなんだけど……気に入っていた服も汚れちゃったし。
「はぁー」
いや、服に大量の呪力を前もって染みこませていたおかげで汚れるだけで済んだ。
それだけで済んで良かったと思うようにしよう。うん。
「帰るか」
僕が魔の自爆特攻に足を止められている間にもカエサルは撤退し、そして、その他の魔も一斉に撤退を始めている。
一旦の戦いは終わり、になるかな。
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