壁
「ど、どういうことなのっ!?それ!」
自分の見ているものをそのまま驚愕と共に告げる僕に対し、星歌が驚きの声と共に自分へと食ってかかってくる。
「いや、そのままの通りなんだけどぉ……」
僕は星歌の方も気にしながら、現世の方の情勢を探っていく。
数多くの陰陽師と魔が戦い、それぞれの技と技がぶつかり合って大きく火花を散らすと共に多くの血が流れる。
そんな状況を俯瞰的に眺める僕はまず、戦況の方を判断していく。
「……流石に人類側の方が有利、かな」
街を襲っている魔の数も多く、その質もかなりのものであると思うけど、現状はしっかりと撃退しつつあるように見える。
陰陽寮にいる陰陽師たちは流石に強かった。
「人類は問題ないのね!?」
「……うん、多分ね。ただ、別のところに敵が居たりすると厄介なんだけど」
戦況を把握出来た僕は魔の方の伏兵が居ないかどうかも合わせて確認していく。
視点を拡大させ、街の周りを確認していく。
「……いるな」
「……ッ!?」
そして、少しばかりの散策の後、スラムにいる大量の魔の群れを発見する。
伏兵……ここの動き方次第で全然戦況がひっくり返る。というより、伏兵としてスラムにいる面々の方が強いのではないだろうか?
よくわからないが、スラム内でうろつき回って何か探し物をしている魔たちを見ながら、僕は冷静に敵の戦力を分析していく。
スラムにいる魔のほとんどは二級クラスで、その四分の一くらいは一級と言った感じかな?
「だ、大丈夫なの……?現世の方は」
僕の小さなつぶやきにも敏感に反応する星歌は心配そうに自分へと聞いてくる。
「ちょっと厳しいところもあるかも……二級と一級の魔で構成されている五百近い魔の群れがいるね。しかも、これがただの伏兵。まだ動いていない連中。既に陰陽師たちは二、三級の魔たち千体近くの対処に翻弄しているね」
「そ、そんなにっ!?ま、不味いじゃないっ!」
「……」
現状では陰陽師たちもまだ余裕があって戦況を優勢に進められているが、伏兵が動いた時にはどうなるかわからない。
「手助けにいかないとっ!」
「待って、完全に敵の戦力を把握したい」
僕は慌てて陰陽術を発動させようとしている星歌を押しとどめて自分の言葉を告げる。
「た、確かにそれもそうね」
優しい星歌が今すぐにでも助けに行こうとするのもわかるが、それでもまだ待ってほしい。
ここからなら、敵の全部を把握できることが出来るかね。
僕は禍世から現世の様子を眺め、魔の戦力の全体像を把握していく。
「んっ……?」
スラムに散らばっている大量の魔。
その強さが如何ほどか、正確に把握するために引きでの視線ではなく、拡大しての視線で魔一人一人を確認していた僕は、魔の群れの中にいた一体の別格とでもいうべき雰囲気を携えている存在がいることに気づいて視線移動を途中で止める。
僕の視界にいる別格といえる魔物。
それは黒光りする街骨格に覆われた人型の存在であり、相貌の中で光る複眼に頭から伸びる立派な角を見るに……虫の人型実体か、何かかな?
僕が周りの魔とは別格の雰囲気と存在感を持っていた存在に驚愕し、それを注視していると。
「……ミテイルナ?」
突如として、僕の耳へと少しばかりノイズの入ったカタコトの声が響いてくると同時に、現世と禍世の壁の中に広げていた自分の色を完全に押し出されてしまう。
これによって僕は現世を見るための目が奪われてしまったことになる。
いや、そんなことよりもだ。
「……えっ?魔って喋るの?」
僕としては魔が喋られるだけの知性を持っていたことの方が驚きだった。
「なんですって!?喋る魔……王級の奴らまでいるのっ!?」
そんな驚きを漏らした僕の言葉に対して、自分の隣にいる星歌が驚愕の声を上げる。
その声には不安と焦燥の感情が込められていた。
「ほーん、なるほどねぇ……」
だが、そんな彼女の横に立つ僕は冷静に言葉を告げる。
別格だと判断した僕の直感はあっていたわけだ……ならば、僕のあいつは自分の敵じゃないという評価もあっているでしょ。
「王級がいるなんて……万全の私ならともかくぅ」
「いいよ、別にあれくらいなら僕で勝てるよ」
───それよりも、大変なことがあるけど。
「王級の、魔は本当に別格なのよ?大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ。僕をあまり舐めないでほしいね」
僕は軽く息を吐き、自分の中の呪力を高ぶらせていく。
「それじゃあ、おね───ッ!?」
相手がこちらを見たということは、自分たちの居場所がバレたということだ。
「ガァァァァぁっ!!!」
「ぎいぃぃぃぃぃいいいいいいいいい!」
「おぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」
そして、自分たちがいるのは魔のホームグラウンドである禍世である。
僕たちの居場所に大量の魔がさし向けられても何ら、おかしくはないだろう。あれだけの魔をスラムで統率していたあの王級であれば。
「───よしっ」
その場で半歩だけ動かし、四方を確認した僕は指パッチンを一つ。
「そろそろ僕たちも行こうか、現世に」
祝詞を指パッチンで代用して発動された陰陽術が自分たちの周りにいた魔へと牙を剥く。
ありとあらゆるものを焦がす雷鳴が僕を中心に膨れ上がり、すべての魔を焼き焦がしてしまう。
「え、えぇ」
所詮、この場にやってきたのは二級クラスの奴らばかり。
こんなところで止まっている暇はない。
さっさと現世の方に向かわないとね。
「よいしょ」
僕は現世と禍世を隔てる壁に干渉し、二つの世界を行き来できるような穴を一瞬で作って見せる。
その穴より、赤と黒だけだったこの世界に色鮮やかな光が飛び込んでくる。
だが、それと共に香ってくる血と煙の臭いが、僕の見た戦いの情景が事実だったことを裏付けてくる。
「んっ……?」
「ほら、行くよ」
「……え、えぇ!そうね。早く行って、何とかしないと」
そして、僕は星歌と共にその穴の中に入って久しぶりに現世の方に降り立つ。
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