見る
自分の意識を深く、深く沈めていく。
己の中に重く溜まっている呪力を少しずつ動かすと共に、ゆっくりと自分の体からほんの僅かに呪力を放出して広げていく。
瞳を瞑り、自分の感覚を徐々に己を起点として動いている呪力のみに集中させる。
「んっ……」
薄く広がっていく己の呪力は多くの情報を吸収していく。
そして、その情報を自分の感覚が拾い上げることによって、己の中に新しい世界が広がり始める。
「見えてきた」
これにより、自分の中に現世と禍世を隔てる壁がぼんやりを浮かんでくる。
「ふー」
その壁へと僕は呪力でもって少しずつ干渉していく。
「……よしっ」
そして、僕の呪力は壁へと染みわたった。
これにより、己の願いの形によって壁の形が変容していく。壁は徐々に透過されていき、禍世に居ながらも現世の方がゆっくりと見えてくる。
これだ、この感覚だ、よしよし……掴めた。
「ふぃー、疲れた」
ぼんやりとではあるが、二つの世界を隔てる壁を透過出来たことに満足した僕は息を吐いて自分の瞳を開ける。
それと共に自分の中にあった新しい感覚が霧散していく。
これをもう一度やろうとするのなら……よし、これで透過、んで、現世の方は……うん?なんだ、これ……血のようなものがぁ。
「ただいまぁ」
僕が現世と禍世の壁にゆっくりと干渉していた中、自分の耳へと星歌の声が入ってきたことでそちらの方へと自分の意識が持っていかれる。
それにより、不安定だった僕の感覚はまたも霧散し、消えていってしまう。
「って、あら?邪魔しちゃったかしら?」
「いや、大丈夫だよ」
僕は星歌の言葉に首を振って立ち上がる。
星歌のせいで感覚が霧散してしまったが、だからと言って邪魔になったということはない。
「それならよかったわ……それじゃあ、今日の夜ご飯を食べましょうか」
そんな僕を前にする星歌は安心した様子を見せた後、その手にある小さな一見はただのウサギにしか見えない魔を持ち上げる。
うーん……やっぱり星歌が持ってくるのはあまり見た目が魔に寄りすぎていない小さいやつらか。僕としてはもっと大きいやつの方がいいんだけど。
「それじゃあ、料理するから手伝ってちょうだい」
「うん」
僕星歌の言葉に頷いてゆっくりと立ち上がる。
今、自分たちがいるのは禍世にあるとある一つの廃墟。
僕が暮らしていたスラムからでも見える豪華絢爛な高層ビルが立ち並ぶ一等地の中心地。
そこにある陰陽師たちの心臓部であり、各種行政機関に陰陽師のトップに各名家の当主などが住居としている陰陽寮、の禍世バージョンである。
ここが魔で生活している僕と星歌の移住地となっている。
「それで?どうかしら?進捗の方は」
星歌の隣に立って料理を作り出した僕に対して、彼女は疑問の声を向けてくる。
彼女が言っているのは僕が現世と禍世を繋ぐための扉を陰陽術で作れるようになったか、というものである。
「んっ、星歌が僕の時間を確保してくれたおかげでだいぶ進んだよ」
確か、僕が本格的にその陰陽術の開発のために動き出したのは三頭の犬の魔を倒してからだと思う。
ちょうど、そのタイミングでほとんど封印術が解けて問題なく戦えるレベルにまで陰陽術を使えるようになったこともあって、日々の食材調達を彼女へと任せるようになったのだ。
これのおかげで僕にかなりの時間が出来たのだ。
まとまった時間が出来てからの進捗は素晴らしく、三日程度でもう極まっていた。
「そろそろ移動できるようになったかしら?」
「あー、多分?」
というか、もう完成したと思う。
一度感覚をつかめれば後は簡単だ。
「……んっ」
僕は片目を瞑り、先ほどまであった感覚を自分の中に蘇らせる。
「うん」
すると、すぐに現世と禍世の壁を認識することが出来る。
やっぱり、一度感覚を掴めればすぐだな。天才なだけのことはあるね、僕。
「出来るの?」
「多分。でも、実験はご飯の後でいいでしょ。もう作っている最中なんだし」
既にウサギの魔を捌いて肉とし、それを陰陽術で出したお湯に居れてゆでている最中だ。
もう少しもすれば完成するだろう。
「んっ、もういいかな」
「えぇ、そうね」
いい感じに肉へと火が通ったことを確認した僕は自分が維持していたお湯を消す。
「ほっ」
お湯を宙に浮かべる形で茹でていたため、僕がお湯を消すと共にお肉が地面に向かって真っ逆さまに落ちていくが、それをしっかりと星歌が皿でキャッチしてみせる。
「それじゃあ、食べましょうか」
「そうだね」
陰陽師家の本丸とはいえ、ここはしっかりと禍世である。
この廃墟の中にも普通に魔がいるため、どれだけ滞在していたもここが自分たちのテリトリーになることはない。
僕と星歌は魔に見つかって無駄な戦闘となることを避けるため、その場で立ったままもそもそとお肉を食べ始める。
「……パサついている」
「十分でしょ」
恐らくは良いものを食べてきているであろう星歌は眉をひそめながら、スラムですべてを食べて生きていた僕は美味しく肉をいただく。
「さて、と……腹ごしらえもしたところで、本格的に試そうかな」
「扉を作る陰陽術?」
「うん、そこらへん全般」
「……全般?」
今度は片目を閉じることもしない。
軽く意識を変えるだけで自分の感覚を広げ、現世と禍世を隔てる壁を認識すると共に自分の色へと染め上げる。
「まずは透過かな」
僕は壁を透過させ、禍世から現世の様子を探っていく。
「んっ?透過」
「よし、現世の様子見えた」
「現世の様子が見えた?」
「これがあればどんなところも俯瞰的な視点で何でも見えるな」
透過させた先に広がっているのは自分たちが今、立っているキッチンの現世バージョン。
そこから視点の移動も可能で、拡大縮小も楽々、視点を壁や天井をすり抜けさせることだって簡単だ。
「待って、待って」
「んっ?」
軽く視点を移動させ、ある程度の仕様を理解し、よし!これから本格的に現世がどうなっているかを確認しようとしていた僕の肩を星歌が揺さぶってくる。
「何……?」
「現世の様子を見る、って何?」
「文字通りだよ」
僕は星歌の疑問に軽々と答える。
「門を開けるときのちょっとした応用だよ」
「……初めて聞くんだけど、そんなの。本当にどんなスペックしているのよ」
「んっ……?」
星歌と問答をしている傍らも、現世の様子を確認していた僕はそこの様子の違いに疑問の声を上げる。
「魔が、現世を襲っている?」
自分が見ている現世。
そこでは陰陽寮内にいる多数の魔と陰陽師が血みどろの戦いを繰り広げていた。
いや、何も陰陽寮というだけではない。
街全体が魔からの攻撃を受けて混乱状態となっていた。
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