陰陽術

 禍世にやってきてから約一週間ほど。

 僕と星歌は何だかんだ、この禍世での生活にずいぶんと慣れていた。

「ガァァァァァァァ」

 まぁ、普通にこの禍世には自分たちへと襲い掛かってくる魔がうじゃうじゃいるのは変わらないけど。

「ほっ」

 今、自分の前にいる怪物。

 頭の三つある大きな犬が自分の立っていた場所に振り向ける鋭い爪を伴った大きな腕の一振りを僕は跳躍一つで回避して、そのまま彼の頭上へと移動する。

「ふぅー」

 陰陽術の発動。

 そのプロセスは簡単。自分の中にある陰陽術の元となる呪力を活性化させて、体外へと放出。

 その放出した呪力を呪符や祝詞でもって変化を起こし、陰陽術とするのだ。

「ズドンっ」

 そのプロセス通りに僕はオリジナルの祝詞でもって陰陽術を発動させる。

「ガァァァァっ!?」

 僕が発動させた陰陽術、それによって自分の前から迸った強力な紫電が三頭の犬を打ちぬき、一瞬にしてその身を真っ黒へと変えてしまう。

「よっと」

 自分の前にいた魔を陰陽術一つで倒しきった僕は地面へと着地する。

「うん、しっかりと陰陽術は使えるな」

 ここにいた約一週間ほどかけて星歌から学んだ陰陽術はかなりのレベルとなっていた。

 問題なく戦闘に使えるほどだし、その威力も自分が全力で殴るのとほとんど変わらない。

 そして、その二つを組み合わせて使えば、威力は僕が素で殴る以上となる。

「お疲れ様」

 あっさりと魔を倒してみせた僕へと星歌がゆっくりと近づいてくる。

「もう二級クラスの魔も瞬殺ね。本当に頼もしいわ」

「別にあれくらいなら元から一つの拳で何とか出来るけど」

「それが一番おかしいんだけど……」

「心強くはあるでしょう?」

「まぁ、確かにそうだけどね」

 僕の言葉に星歌は頷き、同意を見せる。

「それで?こいつは食える?」

 そして、それから話を変えて、僕が星歌に尋ねるのは先ほど自分がいい感じに焼いた三頭の犬の魔が食えるかどうかの疑問である。

「……いけるやつよ」

 その疑問に星歌はこれ以上ないほどに眉をひそめながらも頷く。

「よしっ!」

 何とも驚くべきことだが、あの悍ましい見た目である魔は食べられるんだそうだ。

 禍世に来て、帰れないことを知った時に僕が焦ったり理由は食足になるだろうと考えたからなのだが、この魔が食べられるのなら話は別である。

 すべての心配事がなくなったに等しい。

「うぅ……また、魔を」

 まぁ、星歌は未だに抵抗を覚えているらしいけど。

 いやー、僕にとっては天国だけどね。ここ。

 少し歩いているだけで飯にありつけるのだ。ここ以上の楽園はない。

「いい加減慣れなよ。僕は慣れたよ」

 そんな星歌へと僕は三頭の犬の魔の肉を手で引きちぎり、それをそのまま口に入れる。

 うん、美味しい。

「うげぇ……ほんと、不味い」

 そこらの雑草よりは幾らか。

「いやぁー、蛸の魔と粉ものの魔とかいないかな」

 嫌そうな表情でモグモグと魔を食べている星歌の横で僕は自分の欲望を口にする。

「何で?」

「たこ焼き食べたい。焼きそばパン食べていた時にたこ焼き屋さんも見えてて……食べたかったんだよなぁ、あれ」

 たこ焼き。本当に美味しそうだった。クルクルと回して作っていてすごかったし。

「あー、じゃあ、今度食べにいきましょうね」

「うん」

「と、いうことで貴方は早く現世と禍世を繋ぐ門を作れるようにしなさいよ。いつまで経っても帰れないじゃない」

「いや、ちょっと待ってほしい」

「何でよー、もう覚えられるでしょ?」

「いや、自分で作れそうになるんだよ」

 陰陽術を学ぶ中で、僕の感覚は一つ別の次元にまで上昇しかけている。

 何となくの感覚で現世と禍世の壁を認識できるようになってきたのだ……あと、少しもすれば禍世にいながら壁を透過して現世の状態を確認できそうだし、また逆もしかり。

 当然、壁を超えるのも自由となるだけではなく、自分自身で似たようなものを作ることだって……出来るようになる気がするのだ。

 この自分の感覚を順調に磨いていけば。

「えっ?自分で作る?」

 そんな確信を持ちつつある僕の前で、星歌は信じられないと言わんばかりの表情でこちらを見つめている。

「陰陽術を自分で一から作るなんて……出来るの?そんなこと、いや、論理的には出来るだろうけど、既にあるものを高性能なものを作るなんて」

「高性能かどうかは知らないけど、元の状態を知らないし」

「あっ、そうじゃない。陰陽術を作るってのは難しいのよ。その領分はもう研究者の領分なのよ。知識の足りない人間が作るものじゃないわ。先人たちが一から築き上げ、効率化してきたそれは決して軽いものじゃないのよ」

「でも、作らせて。これが出来るようになれば自分の世界は広がるような気がするから」

 僕の場合は感覚なのだ。

 この感覚を大事にした方が良いという直感がある。

 すべての判断基準が自分の感でしかないが、これまでの僕はそれで生きてきたのだ。

 今更、帰るつもりはない。

「まぁ、そこまで焦っているわけじゃないからいいけど……それでも、急ぎ目でね?私は嫌よ。ここで魔を食べ続ける生活。既にもう心が折れかけているわよ、私」

「んっ、わかった」

 僕は星歌の言葉に頷きながら、今もなお、現世と禍世に向け続けている己の感覚へと割く意識を増やし、どんどんと研ぎ澄ませていくのだった。

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