何を

 朝に出かけた僕と星歌。

 そんな僕たちが今日、回ったのはかなり小さめの陰陽師家を数軒ほどだけだった。

 だが、それでもかなりの時間がかかっており、既にすっかりと夜が更けていた。

 あいさつ回りってあんなに大変なんだねぇ……普通に二言、三言話して終わりかと思いきや、普通に一軒につき、三~四時間ほどは話していたと思う。

 しかも、会話している内容のほとんどは大した話じゃないし。

 ほとんどが雑談だった……僕はただ、横にいるだけだったけど、それでも十分疲れた。

「んーっ、ある意味で落ち着くわぁ」

「やっぱり長くいるとそう思うのね……そういうの、ちょっといいとは思わない?」

「いや、別に」

 そんな雑談を終えた僕と星歌は今、市街地の方からスラムへとカムバックしていた。

「それにしても……だいぶ頭おかしいよね。スラムに総司令部を作るつもりとか」

 多くが雑談ばかりだった中で、二つばかり有意義な話もあった。

 まず、一つ目は彼ら三家が星歌への協力を約束してくれたこと。

 そして、二つ目は共に行動する際の総司令部をスラムの一角に置く、ということだった。

「良いじゃない」

「何処が?」

 スラムに自軍の総司令部を置くとか馬鹿なのではなかろうか?

「まぁ、星歌の判断だから従うけどさ」

「……えっ?理由とかは言わなくともいいの?」

「別に要らない」

「……えぇ」

 何となく想像も出来るしね。

 誇り高そうな連中はまず、スラムに入れないだろうし、少なくとも軽装で来るなんてことは絶対に出来ないだろう。汚すぎて。

 そして、何よりも敵でスラムのことを知っている者はいないだろうが、星歌であればここのこともある程度は知った。その地の利を利用しようとしている……とか、そんなんじゃないだろうか?

 総司令部をスラムに置く理由なんて。

「でもさ。迂闊じゃない?」

 ある程度、星歌の思惑を推察しながら、僕はその上で迂闊だと判断する。

「えっ?何が」

「だってさ、現在進行形で向こうから僕たちの所在を知られていた場合さ、襲撃するのに恰好の場所へと自分たちで向かったことになっちゃうじゃん」

「……んっ」

「街中でドンパチ始めるのと、スラムでドンパチ始めるの。その二つでは結構意味違うでしょ?」

「……」

 僕の言葉に星歌が大きく表情を歪めて悩ましそうな表情を全面に出し始める……およ?もしかしてだけど、そこまで頭回っていなかった?

「……そ、そんなの考えていても仕方ないわよ。もし、相手が既に私たちの動きを把握しているのなら、正直に言って詰みに近いような状況だから」

「まぁ、確かにそうだけどね」

 僕は肩をすくめながら言葉に頷く。

 それを言われちゃおしまいだ。

 でも、既に求心力が落ちつつある星歌の妹たちの部下が市街地の中でいきなり大暴れなんてしたら、求心力の低下は更に加速しそうだし、なかなか行動出来ないような気もするんだけどなぁ。

 いや、希望的観測すぎるか。

「……」

 なんてことを考えている僕の前で星歌は難しそうな表情を浮かべ続けている。

「まぁ、今は考えていても仕方ないし、さっさとやらなきゃいけないことを終わらせよ……というか、もう夜だし今日の寝床じゃない?一旦は僕の家に帰る?」

 そんな星歌に対して、僕はもう今更だと告げて歩き始めて彼女から少しだけ離れる。

「ほら、早く。ここで立ち止まっていてもしかな───」

 そして、今もその場で立ち止まっている聖歌の方へと振り向いて彼女に移動しようと声をかけようとしたところ、自分の視界の端に遠くから飛んでくる鈍い光のものが瞳に映ってくる。

「なるほど、これがフラグの力か」

 それがナイフであると一瞬で判断した僕はそれに何かが塗られていることまで想定して少し後方へと下がることでそれを回避する。

「……っ!?」

 その瞬間。

 僕は地面の方から何か嫌な予感を感じてその場を飛ぶ。

 その判断は正しかった。

 僕が地面から飛ぶと同時に久しぶりに見る黒服の連中が土を巻き上げながらその姿をあらわにする……こいつらはモグラかよっ。

「っぶねぇなっ!?」

 モグラと化した黒服の連中から逃れるために宙へと逃げた僕に何処からか、炎の玉などの遠距離攻撃を向けられる。

「……どれだけっ!?」

 それを腕の一振りでかき消した僕はこちらへと近づいてきている大量の人間の気配に気づいて驚愕の声を漏らす。

「……うげぇ」

 そんな僕が地面へと再び足をつけたころには、自分たちを囲むように百人近い黒服の集団が立っていた。

「くっ……何なのよっ!貴方たちっ!」

 僕が一連の攻撃に対処している間に星歌の方にも黒服たちが押し寄せていた。

「舐めるのも大概にしなさいっ!」

 だが、それを星歌は僅かに使えるようになった陰陽術を使って結界を貼ると共に牽制の為に雷を出すことで黒服たちを遠ざけていた……うーん。星歌もある程度は戦える。

 でも、あくまである程度であって、少しすればあっさりと敵の魔の手にかかってしまうだろう。

「……」

 どうしようか、僕が星歌よりも先行して歩いていたこともあって既に彼女とは結構離れてしまっている。

 守りにいこうにも中々キツイ距離が出来てしまっているんだけど……そして、何よりも敵の数が大きい。

「不味い、かな?」

 僕たちの周囲には黒服の男たちがびっしりと立ち並んでいる。

 これは……相手の実力次第にはなるけど、僕も無事じゃすまないのではないだろうか?

「ほっ」

 そんなことを考えながら、僕はとりあえず自分の足を思いっきり地面に叩きつける。

「せいっ」

 地面が轟音と共に震え、ひび割れが走り、細かな砂粒が空中に舞い上がる。

 足元がぐらつく中、僕は周りが浮かべた一瞬の隙をついて土塊を蹴り上げた。

 僕の蹴り上げた土塊が黒服たちを打って吹き飛ばし、星歌の周りにいる面々を遠ざける。

 これである程度の時間は稼げたでしょ。

「……やはり、化け物か」

 この一連の動きを見て、自分の周りにいる黒服たちの中で唯一、顔を隠す仮面をつけてなんかボス面している男が忌々しそうに口を開く。

「おまえら、動くなよ……まずは交渉の時間だ」

 仮面の男は周りの黒服に動かないように告げると共に、僕の前に立ってこちらへと声をかけてくる。

「交渉するのはこっちなの?向こうではなく?」

「いや、君だ。簡潔に言おう。星歌からは手を引け。それ相応の礼はしてみせる」

「そんなことで私の申夜が言うことを聞くわけが……」

「それ相応の礼とは?」

「申夜ッ!?」

「ふっ、話がわかるじゃないか」

 僕の言葉に星歌が悲鳴をあげ、仮面の男が不敵な笑みを漏らす。

「礼として、一等地の方に君の為の家を用意してやろう。いいだろう?」

「……別に心は惹かれないな」

 いや、家とかもらっても……そんなことよりもおっぱいの方がはるかに良い。

「でも、なぁ……」

 僕は軽く周りを見渡す。

 この場にいる黒服たちを見渡す……別に、ここで命を落とすとまでは思わない。

 でも、無傷とはいかないと思う。

 この後はどうなる?

 傷を負って、相手には自分たちの所在地がバレている。

 戦力を逐次投入され続けたらいつか命尽きるのでは?

 ここから逆転できる手があるのか?

 相手の戦力が枯れるのを待って戦い続ける……そんな、危ない橋を渡るべきか?

 無理、かな。もはや、自分じゃどうしようもならない状況なのかもしれない。

「潮時かな?」

 命あってのおっぱいだ。

 揉めずに死んだら意味ないし、生きてさえいれば代わりのチャンスも生まれるかもしれない。

 ……星歌は、星歌は。

「し、申夜……?」

 不安そうな表情でこちらを見つめている星歌の方へと僕はちらりと視線を送る。

 星歌は……。

「……」

 別に、いい。

 所詮は、ただ一週間ばかり行動しただけの存在でしかない……そう、それだけでしかない。それだけでしかないんだ。

「ほいさぁ」

 僕は、……俺は迷いなくゆっくりと両手を上げる。

「別に死にたかねぇし、何よりも怪我したかねぇしなぁ。こんなところで躓いてちゃいつか死ぬやろ」

 問題はここだなァ。既に賭けるには代償がデカいな。

 逃げ隠れ続けるならともかく、上に逆らうなんて無理だろうなァ。

「約束だぜぇ?俺の身は守れよ?まぁ、守るしかないだろうけどなァ、お前らも。スラムの餓鬼一人の為に無駄な犠牲を強いたかねぇだろ、ずいぶんとお前の名声も落ちているようだしな。ここで重要な戦力を落とせねぇだろ」

 ここにいる連中は全部、星歌の家の部下だろう。

 星歌は陰陽師界全体の敵になったらしいが、別に他家の人間はそこまで星歌殺しに熱心となっていないと見たね。

 熱心になっているのなら、もって色とりどりの有象無象が来るやろ。

 それがない時点であくまで必死なのは一つだけで、無駄に戦闘を避けるためにスラムの餓鬼を相手に相応の礼までして退けないと洒落にならない状況だと読んだ。

「俺をどうこう出来ねぇな、うん。こりゃ」

「……驚いたな。そこまで、頭が回るとは」

「嬉しいだろぉ?話が通じる交渉相手だぜ?」

「あぁ……実に嬉しいな。どうだ?お前、うちに来ないか?実力も、頭の回転も申し分ない」

「そらぁ、断る。面倒そうだ」

 自分の母親を殺すような奴の下、ってのも嫌だしな。

「残念だ……手を引く、って言う言葉に嘘はないな?」

「あぁ、俺は嘘つかねぇぜ」

 俺は仮面の男に頷く。

「し、申夜……」

 一連の会話を聞いていた星歌。

 その表情にはありありと絶望の様相が浮かび上がっており、一切ハイライトのない瞳をこちらへと向けていた。

「……は、はは」

 その瞳から、静かに一筋の涙が流れると共に乾いた笑みを漏らす。

「……」

 そんな星歌からはそっと、僕は視線を逸らす。

「は、ははは……っ!?」

 泣き声交じり、絶望に染まった笑い声がこの場に響く。

「これで終わりだ。大人しく我らの言うことに従ってもらう」

「……」

 そんな星歌へと仮面の男は冷徹に言葉を吐き捨て、この場にいる黒服たちも何時でも星歌を捕らえられるような態勢へと移る。

「……ふひっ」

「んっ?」

「アハハハハハハっ!?来るなら、来なさいよっ!?お前らァッ!私の怨念を思い知らせてやるゥっ!!!」

 それに対して、星歌が壊れたように笑い、怨念のこもった心からの絶叫を上げる───。

「……ァ?」

 その瞬間、俺はこちらへと近づいている何かを直感で感じ取ってそちらの方に視線を送る。

「ンだァ?」

 何だ、こちらに近づいてきている……人のものとは違う、感じたことのないような禍々しい気配はァ……。

「ちぃっ!」

 俺は一切の迷いなく星歌との距離を詰め、そのまま彼女を抱きかかえてその場から大きく跳躍する。

「なっ!?おま───ッ!?」

「な、何……?」

 その瞬間だった。

 いきなり地面から大量の禍々しい色をした数多複数の触手が姿を現し、一気に黒服たちへと攻撃を仕掛けていくのだった。

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