街
暗いスラムとは何もかもが違う街。
道を歩く人々は華やかな恰好をして笑いながら道を歩き、街を彩っている多くのお店へと自由に行き交いしている。
当然、この街の中には適当に打ち捨てられた死体など一つもないばかりか、飢餓や薬で体を動かせずに地面を転がることしかできない連中の姿もなかった。
「まずは夜ご飯にしましょうか」
そんな街を今、僕もこの場を行き交う者たちの一人として進んでいた。
まさか、スラム出身である僕がこっちの方に来る日が来るなんて思ってもみなかった……。
「……申夜?」
「えっ……?あっ、うん。何?」
「夜ご飯を食べましょう?貴方は何がいいかしら?」
「えっ、あっ、うん。ご飯ね……うーん。別に。何でもいいかな。というより、何があるのかがわからないかな」
まともな食事なんて取ったことがないのだ。
聞かれてもどんなのがあるかわからないので答えられるはずもない。
「あっ、そう……それじゃあ、私が一番好きなのにしましょうか。お金に関しては心配しなくていいから」
「んっ、ありがとう」
奢りじゃなかったから僕は泣くけど……それでも、やっぱり感謝は忘れちゃダメか。
「それで?どこに行くの?」
「ラーメン屋よ。私の行きつけのラーメン屋が出している濃厚豚骨ラーメンが本当に美味しいのよ」
「……はぁ」
らーめん?何それ知らん。つか、豚骨……?豚の骨?豚の骨を丸かじりするの?何その猟奇的な食べ物。つか、骨なんて食えなくない?
少なくとも人間の骨も無理。
「わかってないのだとしても、行けばわかるわよ。それじゃあ、行きましょう。本当に美味しい料理ってのを私が教えてあげるわ」
「んー、よくわからないけど楽しみにしている」
僕は星歌の言葉に頷き、彼女と共にその場所を目指して街を歩く。
目的であるらーめん屋とやらにはすぐについた。
キラキラとして華やかな街の中で、ぽつんと浮いている地味な看板一つだけのお店。
そこが目的地であるらーめん屋さんだった……ここなのかぁ、個人的にはもっとキラキラとしたようなものの方が良かったのだが。
「……顔に出ているわよ。食べてみればわかるわ。美味しいから」
「まぁ、そうだとは思うけど」
ナッツとか、ドライフルーツとか食べてわかった。
人間の食事って美味しい。
どうせここのらーめんとやらも美味しいのだろう……だけど、僕は何かキラキラしたところが良かったのだ。そっちの方がカッコいいでしょ?
「私も久しぶりにここへと来るわ。ふふっ、楽しみ」
そんなことを思っている僕の隣で星歌が楽し気に笑みを浮かべている……まぁ、どうせただ飯なのだ。
美味しく頂こう。
「……」
僕は店の中に入るとすぐに待っている半透明で青色のディスプレイを操作して席の決定と注文を行っている星歌を見ながらハイテクだなぁー、なんていう陳腐な感想を抱きながらその場で棒立ちしている。
何もかもが僕の知らないものだから何も出来ない。
どうなっているんだ、空で流されている教育は。全然足りていないぞ、この世界の文明に対する教育がよぉ……もっと実用的なことも流してくれ。
追いつけないぞ、この世界に。
「今日は運がいいわね。席が空いているわ」
「あっ、そうなんだ」
何?普段は席がないの?なら、どうするの?待つの?
「それじゃあ、行きましょうか」
「あっ、うん」
僕の持つ疑問の多くが一切解決されることはなくどんどんと話ばかりは進んでいった。
進みだした星歌に従って僕も席の方に向かっていく。
「……凄い光景だな」
その間に、僕の意識に深く残るのはウィーンという音を出しながらせわしなく動いている多くのロボットたちであった。
真っ白なその体がなめらかに動く腕だけのそいつはかなり僕の目を引いた。
厨房に鎮座している何本もの腕を持った、というかそれだけのロボットが手際よくらーめんと思われる物体を作り、そして出来上がった完成品は厨房から席にまで届く動く道を通って運ばれていた。
ロボット……知識としては一応、知ってはいたけど、実際にこうして目で見るのは初めてだ。
「さっ、座ってちょうだい」
僕がロボットに見惚れている間に、どうやら自分たちの席へとついたようだ。
先にさっさと椅子へと座った星歌の対面の席へと僕も腰掛ける。
「既に私おススメのを注文してあるわ。もう少しすれば来ると思うわ」
「……なるほど」
選ばせても貰えなかった。
まぁ、選べと言われてもどれを頼めばいいかわからなくて困惑することになりそうだがら別にいいけどね。
それにしても、もう少しもすれば来る……って、どれくらい待たされるのだろうか?基本的に僕は待たされるのが嫌いなのだが。
「あっ、来たわよ」
なんてことを考えている間に僕と星歌の分が運ばれてきた。
全然早かった。ほぼ待たされていないわ。
「はい、どうぞ」
「あっ、うん。ありがとう」
「さっ、食べましょう」
何をすればいいのかわからず、ぼけーっと座っていた僕の前に星歌が置いてくれた大きな器。
それを眺めている僕へと星歌が告げる。
「……」
うーん、どうやって食べるといいんだ?
僕はまともに使ったこともない箸を握りながららーめんを前にして固まる。
「……んっ」
箸で何とか掴んでもつるつると落ちていく黄色い細い物体。
それに対しての苛立ちがちょっとずつ溜まっていきながらも……それでも何とか箸に黄色い細い物体を巻き付けて口元まで運んでくる。
「……っ!?」
そして、苦戦の末にそれを口へと含んだ瞬間、僕の舌を打ったのは味の爆発だった。
これまで感じたことのないような圧倒的な味の濃さ。それが自分の舌の上で暴れ、それに僕は目を見開く……こ、こんな味の濃いものが存在しているの???
「……おいしい」
でも、美味しい。
驚愕出来る、暴力的な味の濃さではあるが、それでも舌を魅了するその味は僕に多幸感を与えてくれる。
思わず僕の語彙力まで爆発させてしまうほどにらーめんとやらは美味しかった。
「それは良かった」
「じゃあ、食べ進めていきましょ……ずるずる」
僕が食べている様子を眺めてひとくち目の感想を聞いてようやく満足した星歌もずるずるとすすりながら自分の分を食べ始めていく……そうやって食べていくのか。
それに従って、僕もずるずるとらーめんとやらを頑張ってすすりながら食べ進めていく。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
食べ終わってしまうのはすぐだった。
ずるずるとすすっていたら、あっという間になくなってしまった。
「……お腹いっぱい」
食事をしていた時間はほんのわずか。
だが、それでも得られた満足感はこれまでの中で間違いなく一番だった。
「それなら良かったわ。それじゃあ、そろそろ出ましょうか」
「うん、わかった」
僕たちが来たときは並んでいる客もいなかったのだが、今では列が出来てしまっている。食べ終わっている僕たちがいつまでも占拠しているのは迷惑だよね。
「この皿はどう片付ければいいの?」
「この場においておけば勝手に片づけてくれるわ。いきましょ」
おぉ、勝手に片づけてくれるのか、ずいぶんと便利なんだな。
「わかった」
僕は星歌の言葉に頷き、席から立って出口へと向かっていく彼女を追いかけていく。
「これからはどうするの?」
「とりあえずはしばらくの間、ホテル暮らしになるでしょうね。それでだけど……まずは、私が自分にかけられている封印を解くところからね。私が陰陽術の使えないままじゃ話にならないわ。二人で戦えるようになりましょ」
「戦力が増えるわけか……ねぇ、ついでに僕にも陰陽術を教えてよ。面白そうだし、便利そう」
「えっ?まぁ、別にいいわよ……でも、使えるかしら?基本的には才能とかが関わってくるから……」
「それなら僕は大丈夫。あるでしょ、才能」
僕は生まれながらに自分の才能に困ったことはない。
だから、今回も大丈夫でしょ。
「すっごい自信ね……でも、今はそれが頼りになるわ」
「でしょー?」
僕と星歌は色々と話し合いながら、らーめん屋を後にするのだった。
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