スラムの外2
お風呂とやらは実に凄かった。
まず、部屋の中に入れば何処からか聞こえてくる声より服を脱ぐように言われ、その次に四方をこれまた透明な板に囲まれた部屋へと入るように言われる。
僕はそれに素直に従って服を抜いで透明な板の部屋に入ってみれば……もうなんか凄かった。
暖かい水が天井から噴き出してきて僕の全身を優しく包みこみ、おそらくは化学反応を用いて体の汚れを洗い落してくれるであろう白い泡まで浴びた。
そして、噴射されたその白い泡が完全に水の圧によって消える頃には髪のベタベタとかは完全に消えてなくなっていた。
その後も自分の体についていた水滴は壁から噴射された風によってすべて弾き飛ばされた。
スラムでは雨に当たって自分の体を綺麗にするしかなかったところを、一般の街ではこうして自分が何もしない状態で完全に綺麗な状態にしてくれるとは。
ここまで凄いとは思わなかった。
「……僕の服がなくなった」
ただ、問題があるとしたら水浴びをした後に透明な部屋から出てみれば、自分の服がなくなってしまっていたことだ。
「なんか、小さいんだけど」
そして、代わりに置かれていた明らかに小さいズボンとずいぶん薄い白いシャツだけが置かれていた。
何だ?これ……明らかに小さいし、こんなのを着て歩いている人は誰もいなかったよ?
そんなことを思いながらも僕はそれを履き、それ以外には何もなかったのでその姿のまま外に出ていく。
「……さっぱりしたっ!」
「ちょっ!?な、何で下着姿……そ、それにパンっ」
パン?
さっぱりとしたとの自己表明をしながら風呂から出てきた僕に対して、急に頬を赤くしながら食べ物について言及しだした星歌に首をかしげる……パン、パンかぁ。
僕も食べてみたいな、パン。
「おぉ……出てきたか」
「……あぁ、爺さん。この服は何?ずいぶんと小さくない?」
パンのことを考えてトリップしていた僕は爺さんからの声かけで現実について戻り、そのまま自分の格好についての疑問の声をあげる。
「それはただの下着じゃ。その上から服を着るんじゃよ」
「……ほん?」
何でそんな真似を?布がもったいなくない?
「君の服も選んでしまおう。先ほどの服でここを歩くのは流石に不格好だ」
「おぉー。ついに僕も服を」
「君に似合うのをしっかりと選んでいこうか……」
歓声の声をあげる僕の前にガラガラと何かを引っ張ってくる。
「……ん?ナニコレ」
「ん?鏡じゃよ」
「おぉー!これが鏡。物を反射するというあのっ!」
上空から流される授業によって知識としては知っていても、実際に見たことはなかった鏡を前に僕は歓声の声をあげる。
「僕ってこんな顔だったんだ。結構な美形じゃないかな?といかう……」
そして、その鏡に映る自分の相貌を見て己の姿に関する率直な評価を口にする。
鏡に映っているのは自分の想像通りに手足が短く背丈の低い少年。
髪は少し青みがかった黒色で瞳の色は金色。かなり幼い相貌であるが、それでも整っているし、美形と言ってしまっても問題ないと思う。
「えっ……?これまで自分の姿を確認したことがなかったの?」
自分の姿を見て歓喜の声を上げている僕に対して、星歌が驚きの声をあげる。
「そうだよ。見る機会なんてなかったもん」
「えぇ……?」
「いや、スラムで鏡なんて見たことなくない?」
「……確かにそうだけど、人生の間で一度もないの?」
「一度もないよ」
あるはずがなかった。だってないもん。スラムに鏡は。何度でも言うけど。
「それで?君はどんな服が良い?」
「えっ?服?うーん、なんかゴージャスなの」
爺さんの言葉に僕は自分の要望を告げる。
出来るだけゴージャスな方がいいよね。せっかくもらえるなら。
「爺や。普通に街を歩いていてさほど問題ない服装にしてちょうだい」
「難しい仕事であればあるほど職人は滾るというもの。いい感じのものをチョイスしてこよう」
相反する僕と星歌の要求にも爺さんは頷き、多くの服が置かれている一角へと向かっていった。
「これなんかどうじゃ?」
そして、服を手にもって爺さんが戻ってきたのは実に早かった。
その手には大きな布が置かれていた。
「ほれ、和服とチャイナ服を混ぜたような服じゃ。足元には布がないゆえに動きやすく、似たようなものを着て歩いている者も多い。そして、この服とて存外華やか……というよりも、基本的に道行く人の格好など誰もが派手じゃからのぅ」
確かに、ここに来るまでで町で見たみんなの服装はどれもが綺麗で派手だった。
「まぁ、確かにその程度なら目立たないわね」
「それじゃあ、着てみようか」
爺さんが着てみようと言ってその手にある服を叩いた瞬間、それが一人で動き出して自分の体を纏い始める。
「えっ?」
ナニコレ、何で服が動いているの?
僕が訳も分からずに呆然と立っていると、勝手に着替えは終わっていた。
「……ナニコレ?」
「んっ?知らぬのか……あぁ、そうか。別にここら辺については授業でやらぬかったか。あれは基礎的なものしかやらぬし……スラム出身であれば仕方ないだろう」
はぇー、今の文明って進んでいるだなぁ。
勝手に服が着られるとは、なんかすっごい。
「……そこまで差があるのね」
何故か星歌が黄昏れている中、僕は鏡の前で今の自分の姿を確認する。
うん、よく似合っていると思う点……なんか女子感があるけどぉ、それでも綺麗だ。うん、見た目は中々に良いと思う。
「僕の格好はこれでおっけかなっ。街の人たちとも大差はないと思う」
今の僕をスラムの餓鬼だと思う人は中々にいないと思う。
うん、結構いいと思う……うーん、良いな。これ。ご満悦。
「よしっ、それで?僕たちの変装はこれでいいとして、その後はどうするの?」
自分の姿を満足するまで堪能し終えた僕は星歌へと声をかける。
僕が声をかけた星歌はすでに新しく変装を終えた姿であり、先ほどの冴えない男性から、少しだけ地味だけどそれでも十分に美しい、そんな人となっていた。
今の姿から元の星歌を見破るのは流石に無理だろう。
「そうね……逃亡生活を送りながら、何とかして向こうの隙を探っていくことになるでしょうね。ただ、私も結構現金は持っているから、別に何かしなくても基本的な生活は送れると思うわ」
「おぉ……すごい」
これがお金を持っている者の余裕というわけか……実に羨ましい。
スラムにいる人間なんて毎日、何かをしなくてはあっさりと死んでしまうからね。
「とりあえずはここを出ましょうか……あまり同じ場所に居続けたくはないわ」
「うん。わかった」
僕は星歌の言葉へと素直に頷く。
「それじゃあ、爺や。今日は助かったわ……ありがとう」
「えぇ。星歌様のお願いであれば何なりと」
「じゃあ、ここで失礼するわね」
「ご武運を」
「えぇ、ありがとう」
星歌が爺さんと別れの挨拶をしている間。
「ばいばい、僕」
僕は初めて見る鏡の自分の姿へと別れの言葉を告げていた。
「何をしているの……?」
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