スラムの外1
スラムはこの日本の掃きだめではあるが、だからと言って一般人が住んでいるような街とスラムの間を隔てるような壁などは特にない。
スラムと街を繋いでいる幾つもの狭い裏路地を通ることで簡単に行き来することが出来る。
存外、この二つを行き来している人たちも多い。
僕と星歌は二人でそんな人たちに紛れてスラムを脱出していた。
「やっぱり男しての姿で動くのは違和感が凄いわ」
そして、街の方にやってきた僕たちがまず真っ先に向かったのは星歌の協力者がいるという一つの服飾店であった。
その道中の中で、街灯が一切なかったスラムから段々と街灯も増えていき、それに伴って綺麗な家々も増えていく。
それから自分が見たことのないような小道具やら、何故か宙に浮いている半透明で水色の人間など、己の知らない世界が広がっていた。
その果てに着いた装飾店もすごかった。
なんかピカピカと光によって彩られ、透明な壁の中に服があったりして、本当にうっとりするほど華やかで綺麗な店だった。
「そうでございますか……変装道具もこちらの方でご用意させておりますのでお任せください」
「ありがとう。爺や」
そんな、そこそこ大きめだと思う服飾店の店主である爺さんに迎え入れられ、一般のお客さんがいる一階からお客さんのいない二階の方に通されていた星歌はそのままその人とあぁだこうだ、色々なことを話していた。
「おぉ……」
そんな彼女と一緒に二階の方にやってきた僕は自分の周りに広がっている別世界を前に感嘆の声を漏らした。
「すっごぉ、綺麗」
ここにある服の数々はそのどれもが服にいるか?って思うようなきれいな装飾がされているようなものばかり。
ちょっと無駄なようにも思えてしまうが……ただ、それでも確かな美しさを携えている服を前には僕もやはり、感動の方を強く覚えてしまう。
本当にすっごい……ここに来るまでの街もすごかったけど、あれらはどちらかというと非現実間の方が強かったからなぁ。
こうして僕も使っているような服の、それの上位互換がこうして大量にある光景は素直にすごい。
「これ、坊主」
僕が気分よく店の服を見ていた頃、いつの間にか自分の背後に立っていたお店の爺さんから声をかけられる。
「まず、お風呂の方に入ってくれやしないかい?うちのを使っていいからのぅ」
そちらの方に視線を向ければ、こちらへと優し気な笑みを浮かべている爺さんが立っていた。
「……風呂?」
そんな爺さんの口から出てきた聞き覚えのない言葉に首をかしげる。
「そこにある扉から入れる部屋に簡素なシャワー室がある。中へと入れば何をすればいいかわかるだろうから、入ってきなさい」
「んっ、あそこの扉ね」
「そうじゃ」
「わかった……それじゃあ、行ってくる」
風呂とは何なのか。
それに対する期待を抱きながら爺さんのいう風呂へと向かっていくのだった。
■■■■■
「おぉー、すごい。水が出てきた。しかも暖かい。火は一体どこにあるの……?これが、空で流している電気の力ってやつ?すっごいんだね」
服飾店の一角にある小さなシャワー室。
そこから水の流れる音と、そこを使っている申夜の声がよく聞こえてくる。
「……ずいぶんと優し気な男じゃな」
そんな中で、ぼそりと服飾店の爺やが独り言を漏らす。
「えぇ、そうね……」
スラムの少年。
人の命を奪うのに何ら躊躇いはなく、人も優しさを否定し、冷たい現実を真実とする少年。
だが、そんな冷たい思想に対して、その根は何処までも甘く、優しいものだった。
おっぱいを揉むだけであれば、ただ襲えばいいだけのところをわざわざ契約を律義に従って、今も星歌の隣にいてくれていることが何よりも彼の根が優しいことの証明だろう。
星歌とて、この場とは断定していないからまだ契約は果たしていないなんて詭弁が通じるとはまるで思っていなかった。
「……本当に、いい子なのよ」
何処までも冷徹で、何処までもその根は優しい。
そんな両面性を兼ね備えたその少年の存在は、多くの裏切りを受けた星歌にとってどんどんと大きくなっていた。
「本当に頼もしいのよ、あの子は」
星歌は慈愛に、愛情に、信頼に。多くの感情が混ざり合った、柔らかく暖かい視線をシャワー室の方に向ける。
「私が、一人だったらこんなところにまでたどりついてはいなかったわ」
追手に倒されていたから、ではない。
一人では精神的に耐え切れなかったからだ。
星歌は申夜がいたからこそ、自分はここまで心が折れることなく来られたと考えていた。
「本当に、感謝してもしきれないわ」
「星歌様」
かなり大きな信頼を申夜へと見せている……大切な人の裏切りによって大きく傷ついてボロボロになったまだ幼い少女の星歌へと爺やは静かに声をかける。
「根は、優しいでしょう。ですが、スラムという過酷な環境で擦れているようにも見受けられます。どうか、心の底からは信じないようにお願いします」
爺やが言及するのはもはや危険な位置にまで来ているように見受けられる星歌の信頼具合についてだった。
「……わかっているわよ。だからこそ、私が彼をうんと愛して、優しく接してあげるのよ。あの子が、私を信頼してくれるところまで」
そんな爺やの言葉を受ける星歌はその言葉に頷きながら、だけども、決して揺らぐことのない申夜の思いを口にする。
彼女の言葉から感じ取れるのは何処までも申夜へと向けられる親愛であった。
「……っ」
想像以上の親愛の大きさに、爺やが息を飲む。
「……さっぱりしたっ!」
ちょうど、そんなタイミングでホカホカになった申夜がシャワー室から出てくるのだった。
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