スラム
壱を軽く撃退してから家に帰ってきた後、俺と星歌は共に同じ家で共に眠って一晩を明かした。
「行きますか」
「えぇ、そうね」
そして、その後に俺たちは早速家の方を後にしていた。
昨日の段階で軽く外に出ただけの俺を敵が察知して追手を確実にぶつけてきたのだ。
それを考えると、長居するのはあまり良くないだろうからな。
「ふわぁ……にしても、これからどこに行くんだ?スラムを逃げて回るなんて現実的じゃないぜ?まず真っ先にあり得るのが餓死だ」
「ねぇ」
結構、真剣なことを聞いたつもりな俺に対して。
「あん?」
「その言葉遣い治らないの?普通に汚いわ?」
星歌の方は俺の言葉遣いの方に言及してくる。
「あぁ?何でそんなことをいちいち、お前にまで言われなきゃいけないのよ」
「当然じゃない。純粋に私がちょっと引いちゃうのもあるけど……何よりも、貴方がこれから丁寧な口調で話す時が必ず来るわよ。私の復讐の為には向こうの陰陽師家の方に潜入する必要があるんだから。そんな口調じゃ浮いてしまうわ」
星歌は煌びやかな光を昼であっても放っている一等地の方を指さしながら告げる。
確かに、確かにそうかも……知れないな。スラムの常識が向こうで通じるわけもないだろうからなぁ。
「具体的にはどんな風に?」
星歌の言葉に納得した俺が何をすればよいか聞いた瞬間。
『朝の七時になりました。本日の授業を始めます』
上空を悠然と進んでいる巨大な飛行船が放送を開始する。
『はーい。ということで皆さん、こんにちは。えー、本日最初の授業は国語をやることになっているからね、僕と一緒に頑張っていこう』
巨大な飛行船が放送しているのはよくわからん学業についてだ。
どっかのお偉いさんが学校に行けない者たちの為にも教養をっ!とかほざいた結果、出来上がった朝から永遠とほぼ毎日のように垂れ流されている公害だ。
こいつがいるとマジで昼寝とかする際に邪魔なんだ……一体、何回俺があれを壊してやろうと思ったことかっ!
「んっ……?そいや、丁寧な口調ってあれでいいか?」
一旦は怒りをあらわにする僕であるが、途中でそれを退けてふと思いついたことを口にする。
ちょうどよくね?上にある、あれ。お上が作っているものなのだし、それに出ている言葉を真似すれば問題ねぇだろ、多分。
「あー、確かに。あれでいいわよ。一人称が俺から僕になるだけでもだいぶ丸くなるわよ。これからはそうしなさい。毎日、彼らの言葉を聞いているのだからある程度真似することは出来るでしょう?」
「ん、まぁー、出来るなぁ。俺は……いや、うん。別に僕はそんなに馬鹿じゃないからね?毎日聞いている言葉を真似することくらい訳ないよ」
よし、こんな感じかな?
出来るだけ荒々しくならないようにすればいいわけで、その手本は常に流れている空の上のあいつ。
そこまで難しい話でもないかな。
「えぇ、それでいいわ。これからはずっとそれでいて頂戴」
「うん、まぁ……いいよ。これが必要だっていうのならね。それで?話を戻すけど、これからどうするの?こう言っちゃなんだけど、スラムは無理だよ。まず、飯がない上に、女がいると目立つ。基本的にスラム生まれの女は教会の方に預けられるしね」
スラムで女……女の子が歩いていたら、まず初日に処女を散らすことになると思う。
だからこそ、そんな女の子を守るためにこのスラムには女性たちの園となっている教会が存在するのだ。
シスターとなっているおばちゃんは僕よりも遥かに弱いけど、それでも陰陽術が使えたりと普通に強い。あのおばちゃんのおかげでスラムの女の子たちの身は守られているのだ。
あのおばちゃんが死んだらどうなるかは知らない。
「私も、スラムの方にずっといるつもりはないわ」
「なら、どうするの?」
「別になんてことはないわ。スラムを出るだけよ。私の格好はむしろ、スラムにいる方が問題あるくらいだしね。一応、私にだって仲間がいるのよ。その仲間が営んでいる店で貴方の服を見繕えば問題なくスラムを出て、街の方を歩いていればいいと思うわ」
「ほーん」
僕がスラムを出る、ねぇ……ちょっと想像がつかないかも。
ずっと僕はスラムにいるから。
「でも、その前に私たちの足取りを向こうの方に一度、完全にくらませる必要があるでしょうね。あと、私たちも変装しなきゃいけないでしょうしぃ」
「足取りをくらませる、かぁ」
中々に難しいことじゃない?それ。陰陽師がどこまで相手を終えているのかは謎だけど。
「えぇ、そうよ……それを考えると、ある程度スラムにいた方がいいと思っているのよ。スラムではどの人間が生きて、死んでいるのかわからなような状態になっているんでしょう……?私の方も、ここに来るまでで多くの遺体を見てきたから」
「そうだね。確かに、ここなら足取りをくらませるのは簡単だと思うけど、それは君が男であったら、の仮定の話だよ?」
「そんなに、女がいるのは変かしら?」
「変だよ。今、君の隣には僕がいるからみんな静かにしているけど、普段であればみんな血の飢えた獣のように襲い掛かってくるからね」
「……っごく」
一度だけ、スラムの男たちに捕まっていた女の子を見たことがあるけど……実に酷いものだった。あれは。ちょっと胸糞悪かったよねぇー。
「まぁ、だから……君が男装して服装もスラムのみすぼらしいものにする必要があるだろうけど……」
僕は視線を星歌の表情からおっぱいの方に映す。
自分の視界に映ってくるのは超巨大な乳房が見える……うん、これを隠せるはずなくない?
「仕方ない、か。私が持っている変装の道具を使うわ」
星歌は自身が肩から下げているカバンより一つの小さなボタンを取り出す。
「これを使えば完全に性別も変えられるわ」
「おっ、すげぇな、それは」
「出ているわ」
「……すごいね、それ」
僕は笑顔で星歌の出したボタンを称賛する。
「少し、流石にこの道中で変装とかしたりするおは」
「あぁ……確かにそうだね」
僕は適当に自分の隣にあった半壊している家屋へと顔を出し、そこで静かに息をひそめていた荒らくれ者にちょいと外に出ていくよう手でジェスチャーする。
「お、おう」
そのジェスチャーを向けた荒くれ者は何も文句は言わずに従い、そのまま家から出ていく。
「貴方の影響力ってすごいのね……」
「そんなのいいから早く変身しちゃって。後、服もあげる」
僕は家屋の中に入った星歌へとさっさと変装するように告げる。
「わかったわ」
僕の言葉に星歌が頷き、手にあるボタンを押したその瞬間。
「おぉ」
その体が全裸の男の者とへと変貌する。
見た目は中肉中背で何処かパッとしない地味な男、といった感じだ。
変装先としては結構いいんじゃない?これ。
「ちょっと、あっち向いててくれないかしら?」
「んっ?別に今の姿は変装したものなんだから裸でも良くない?」
「……それでも、よ。普通に恥ずかしいのよ」
「まぁ、そう言うのなら」
僕は不思議なものを覚えながらも、それでも素直に従って星歌へと背を向ける。
「着替え終わったわ」
とはいっても、スラムの男たちの格好なんて薄汚れたシャツ一枚にズボンが一本というもの。
着替えるのにさほど時間はかからない。
僕が後ろを振り返れば、予想通りにみすぼらしい格好となった星歌がいた。
「これで私の変装はおっけね……それで、申夜の変装だけど」
「それなら大丈夫。なんか知らないけど、僕も僕で変装の陰陽術?なのかな。それを使えるんだよね」
「えっ?」
生まれながらに音速で地面を駆け抜けたり、拳だけで巨大な岩を割れたりしたように、僕は生まれながらに何者かに変装したりすることが出来るのだ。
別に生まれながらに出来たことだから、何故出来るのかとかは普段、気にすることがない。
「普通に素顔となるよ」
僕はこれまでずっと自身にかけていた変身の術を解く。
「え、えぇぇぇぇぇぇええええええええっ!?」
すると、僕の目線は一段と下がり、それに伴って手足も短く、細いものとなる。
「……」
久しぶりに戻る本来の自分の姿。
もはや、こう成長していたのか……と、驚くほどには久しぶりに戻った僕は今の自分の体の調子を確かめる。
「んっ、別に問題はなさそうかな」
別にこれまで通りに動けそうかな。
元々人外めいた動きをしていたから、少しリーチが短くなったくらいじゃ割と誤差だ。
別に小さくなっても身体能力が落ちるわけでもないからね。
「ど、どんな変身なの……?す、すごすぎる変化なのだけどぉ、それに今。陰陽術の気配はまるで感じなかったような気がするのだけどぉ……」
ん?これってば陰陽術じゃないの?じゃあ、僕の変装能力って一体何なの?
「まぁ、でも、そもそもの話を言ったら人間は普通、音速で走れられないのだし、今更か」
それもそうだ。
僕は物心ついた段階で今と変わらぬ強さだったからね。まだ三歳くらいの時に変身魔法で成人であると偽装し、そのまま周りを略奪してまわったのだ。
冷静に考えて、三歳の段階で完成し、スラムを制圧できるだけの実力を持っているのは人じゃない。
まぁ、だとしても、僕が僕であることは変わらないけどね。
「それにしても……ずいぶんと可愛い姿になったわね。背丈、普段の私よりも低いんじゃないかしら?」
「確かにそうかもね」
変装した時の僕は背丈が2cm近くになるが、今は150cmくらいしかない。
だいぶ低くなっていると言えるだろう。
「その、恰好の子が俺なんて言っていたら脳は確実にバグるわね……口調を返させて正解だったよ」
「一体どういうことだよ」
やっぱり、背が低いと舐められるのだろうか?
「それでもとりあえず、その姿なら周りから悟られることはなさそうね。その姿の貴方をさっきまでの姿と結び付けることは不可能ね」
「そうだと思うよ」
僕が変身の模倣としたのは自分の近くで野垂れ死んでいた男がモチーフだ。
まったくの別人を参考にして作った姿が僕と結び付くはずもない。
「これで一旦は変装終わりかな?」
「えぇ、そうなるわね」
「じゃあ、さっさと退いてあげようか。今頃、追い出されたゴロツキは彷徨っているだろうし」
「確かにそうね。それじゃあ、早く移動しようか……今はまだ、私が最初に使って姿くらましの陰陽術のおかげで相手はこちらに気づいていないと思うけど、それもいつまで続くかわからないから」
先ほどとはまるで姿を変えることになった僕と星歌はそのまま一旦、隠れていた半壊の家から出てそのままスラムを彷徨っていくのだった。
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