出会い

 今日も今日とて外の世界は最悪だ。

 俺たちの命を奪うような魔はいないが、その代わりに空は曇り模様であり、鼻につくのは死体の腐敗臭である。

「クソ、しけてやがんなぁ、おい」

 そんな家の外。

 荒れ果てた道を進む俺はぶさくさと文句を言いながら食料を探して歩き回る。

 今日は本当にしけている。マジで何も落ちていない……流石に人の死肉を頬張りたくはないのだが。

 俺は道に落ちている死体からはすぐに視線を逸らし、ネズミなどの小動物がいないか捜し歩く。

「昨日も食べてないしなぁ、俺」

 だが、そんな中でも俺は最悪のことも考えながら進んでいく。

「あん……?」

 そこで、猛烈な何かを感じ取った俺はその場で足を止めて周りを見渡す。

「上、か?」

 足を止めるとすぐに感じた謎の予感。

 それに従って上を見上げた俺の視界には空から降ってくる一人の女が飛び込んできた。

「うぉっ!?女が降ってきやがった!」

「ちょっとごめんねっ!」

 あり得ない光景を前に驚愕する俺に対し、空から降ってきた女は一切迷うことなく踏み台にするかのようにこちらの頭へと自分の足を振り下ろしてくる。

「あっ?許すかよ!」

 ありえない光景を前に俺は確かに止まった。

 だが、良く知りもしない女に踏まれようとしている中で、停止したまんまなぁーんてことは俺のプライド的にありえなかった。

「きゃっ!?」

 俺は一切迷うことなくこちらの頭を踏もうとしていた女の足を前もって掴み、そのまま躊躇なくその女を地面へとたたきつける。

「んだぁ、こらぁ、喧嘩なら買……おっふ」

 そして、たたきつけた女を見下ろす態勢となった僕はそのまま彼女へと侮蔑の言葉を吐き捨てて舐められないように───ということを考えていた俺の頭は。

 地面に叩きつけられると共に飛び上がる女の体。

 その胸部。

 揺れる豊かな胸部。

 地面にたたきつけられたことで大きく揺れるおっぱいを前にして。

 俺の頭は思考を停止し、それに伴って口も閉ざされる。

「いったぁ……」

 おっぱいに目を取られ、俺が固まっている間に。

「って、やばっ!?……ぁ」

「追い詰めましたぞ。お嬢。大人しく我々に捕まってもらいます」

「うるさいっ!私は捕まるわけにはいかないのよ!お前らに捕まったら何が起こるか分かってるんだから!」

「ご安心ください。ただ、少しばかり自分の人生を諦めてもらうだけです」

「誰がそれで安心するのよ!私はこんなところで絶対に死なないわよっ!」

「貴方が最初に罪を犯したのが悪いでしょう。自身の罪くらいは償ったらどうですか?」

「私は何もしていないわよ!あの子たちに嵌められてだけで……」

 なんか勝手に大きく話が進んでいっていた。

「およ……?」

 俺が地面に叩きつけた女は何時の間にか立ち上がっており、その周りを、俺まで含めて謎の黒服五人集団が取り囲んでいた。

 ふむ。どういうこっちゃ。

 どういう状況なん?

「それと、申し訳ありませんがまず貴方から。ここで見たことは忘れてもらいますけども、その身は丁重に扱いますののでご安心を……」

 そんなことを俺が考えている間に、黒服の一人がこちらへとゆっくり手を伸ばしてくる。

 その手からは、確かな悪意を感じることが出来た。

「うっせぇぞ、ボケェ」

 それを感じとった俺は迷うことなく伸ばされた手を避け、そのまま黒服へと蹴りを叩き込んで大きく吹き飛ばしてやる。

「お、おぉ?」

 そんな俺は黒服から返ってきた感触に首をかしげる。

 何だ、何だ?服もまともに着てねぇようなスラムのごろつきと小綺麗な服を着た雑魚どもとでは体の内側にまで違いがありやがるのか?

「なっ、こ、こやつっ!?」

「おーん」

 サクッと一人を無力化してみせた俺に対し、黒服たちは逃げ惑うわけじゃなく、これまで以上の敵意を向けてくる。

 精神力の面においても、スラムのゴロツキ以上なん?こいつら。

「ぐ、ぐぐ……っ」

 しかも、俺の蹴りを受けた奴も体を震わせながら立ち上がってきやがった。

 安定した生活を持ち、……いや、貧乏人が金持ちに勝てるものなんてねぇというあまりにも残酷すぎる事実ってだけか?こりゃ。

 まぁ、結局のところ俺が一番強いんだから、んなもん関係ねぇが。

「あぁんっ!?何で俺が助けてやらなきゃいけないんだ!」

 いくらおっぱいがデカいと言えど、見知らぬ奴の頭を踏み台にしようとした女のことを何で俺が気にかけてやらなきゃいけないんだ。

 こんなやつ、俺の知ったこっちゃない。いくら美人だろうがな。

「おい、黒服ども。お前らに選択権をやるよ」

「なんだ……?」

 さっさと終わらせてちまおう、こんな面倒事。

 助けてっ!って叫んでいるってことは、この女の方は黒服どもには勝てないんだろ?

「選べや、黒服ども。お前らの目的の物であるこの女を獲得するのに俺という新しい壁を手にするか。それとも俺に危害を加えず開放すると共に飯を奢るかのだ」

 黒服どもが女をぶちのめして、それで終わりって状況にすりゃ綺麗に、早々に終わるだろ。

 ついでに飯探しも終わらせてやらぁ。こんなことに巻き込んでくれやがったんだ。迷惑料で飯を奪うくらい許されるよなぁ?

「お願いっ!」

 そんなことを考えている中で、女の方がずいぶんと柔らかい全身を用いて俺の腕をガッチリと掴んでくる。

「お願いだから私を助けて!あいつらに私が捕まるわけにはいかないのよっ!」

 そして、懲りずに俺への懇願の言葉を口にする。

「あっ?だから……」

 それを拒絶しようと俺が口を開き───ここでようやく気付く。

 女に掴んでいる自分の腕を覆っているのは、ただデブでついている脂肪ではなく、柔らかく、大きなおっぱいであると───!

「おぉ……」

 その柔らかさを前に、僕は感嘆の声を漏らす。

「お願いっ!助けてくれるなら何でもしてあげるから!」

「───ッ!?」

 稲妻が、走る。

 な、何でもしてあげる……何でも、してあげる、だとっ!?!?

 そ、それは、……それはとどのつまり、自分の腕に当たっている柔らかなおっぱいを、自分の大きな手でもみほぐせるということかっ!?

 おっぱいを、生涯の一度でもいいから揉んでみたい。

 それは、俺の切なる願いである。

 それが、叶えられる機会が目の前にあって、それを無視して面倒事回避と飯確保のために動く?断じて、否っ!

「言ったな?」

「え、えぇ……言ったわ」

「乗った。約束は守れよ」

 俺の心の中から闘志が、自分の人生の中で最も強く、勢いのある闘志があふれ出してくる。

「っごく」

 あっ……おっぱい。

 そんな俺の闘志は自分の腕に押し付けられていたおっぱいが、女と共に離れていったことを受けて萎んでいく。

 いやいや、ここを乗り越えればすべてを揉み解せるのだ。

 それを第一としよう。

「お前ら、わりぃがさっきの交渉はなしだ。全力で叩き潰させてもらう」

 うん、方針転換。よくあることだよなぁっ!

「クソがっ!」

 俺は一人の黒服との距離を一切の容赦なく詰めて腹に向けて拳を振るう。

「あめぇよ」

 辛うじて防御態勢は取ってはいるが、それでもそんなものは無意味。

 容赦なく叩きつけた俺の拳はそんな防御態勢も破壊してその男を大きく吹き飛ばす。

「はっはっは!是非とも楽しませてくれてよぉ!」

 そして、そのまま俺はその他の黒ずくめの連中へと果敢に攻撃を加えていく。

 頬を打ち、相手の突きを払い、腹を打ちぬき、相手の顔面を踏みつぶす。

 圧倒的な力でもって多数に囲まれながらも戦いを優位に進めていく。

「全力だっ!殺すつもりで……っ!」

「おうよっ!」

「周りの影響なんて知ったことかっ!」

 だが、そんな中であっても、黒服たちは諦めずにこちらへの戦闘意欲を見せ続ける。

 黒ずくめの男たちの体が光り始め、それと共に小さく地響きが鳴り響き始める。

「一度それは見たんでなぁっ!!!」

 それは何であったか、ちょっと前にスラムの治安を良くするとかほざいていたずいぶんと小綺麗な若者たちが使っていた術、陰陽術だ。

 陰陽術の対処など、当時。

 小綺麗な若者をとっちめた時に覚えていた。

「させるかよっ!」

 陰陽術を発動させるには少しばかりの時間が必要となる。そこを叩いてやりゃ一発だ。

 意識を飛ばす。生命活動を停止させる。

 それらをしてやれば陰陽術を発動させるなんてこと言っていられないからな。

「クソがっ!」

 俺が陰陽術を発動させようとしている黒服たちに牙を剥いていたのだが、それでも相手の数が多すぎて潰しきれず、数人による陰陽術の発動を許してしまう。

 陰陽術の発動と共に自分の方に向かってくる物理法則をまるで無視した酸素を必要としない炎が僕の体に直撃し、そのまま自分は火に包まれてしまう。

 だが、その炎によって、僕の皮膚が火傷になることはない。

「別に痛くねぇな」

 このようにもし、うっかりで防げなくても大丈夫。

 陰陽術でダメージを食らわないように強靭な肉体を作り上げればいいのだ。まぁ、俺の肉体は生まれつきのものなんだが。

「な、何で陰陽術を食らってもなお、平然としているの……?」

 ふふふ……いつもはむさ苦しい男どもしか観客がいない中での喧嘩であるが、今日ばかりは違う。

 自分の後ろにはいつもと違って女がいる。

 女が自分を見て驚き、感嘆の声を上げている中での喧嘩ってのは気持ちがいいなぁっ!いつもよりかなりテンションが上がってくるわっ!

「化け物めっ……!」

「あん?今日の飯もない連中を平然と無視し、大量の食物を無駄とするお前らに言われたくはないわっ」

 こちらを化け物扱いしてくる何とも失礼な黒服にもしっかりと言い返しながら、しばし。

 自分を囲っていた二十数人の黒服たちを全員無力化させてみせる。

「いっちょ上がりよっ」

 これで俺の勝ちであり、女から頼まれていたことの解決だと言える。

「んでぇ?」

 それに満足した僕は後ろで呆然と立っていた女の方に近づいていく。

「あ、ありがとう……おかげで助かったわ。本当に強いのね……まさか、一人で、それもこんな簡単に全員倒してみせるなんて」

「まぁな。これくらい当然よ」

 俺は自信満々な態度で答える。

「まぁ、それも、これも全部、お前の言っていた何でも言うことを聞いてくれる、っていうのがあったからだ」

「……っ」

「約束通り、ちゃんと俺の言うことを聞いてくれよ」

「え、えぇ、良いわ。何でも言ってちょうだい」

「ふ、ふふ……」

 おぉ……とうとうこの時が来たのか。

「お前のおっぱいを揉ませろっ!」

 俺は自分の内心が浮足立ってくるのを感じながら、その高揚のままに女へと自分の要求を突きつける。

「はっ?おっぱい?」

 だが、そんな俺の言葉に唖然とした様子の女がその豊かな乳房を揺らしながら首をかしげる。

「おう。おっぱいだ。そのおっぱいを俺に堪能させろ。それが約束だ。出来ないとは言わせないぞ」

「え、えぇ……え?本当におっぱいを揉むってのでいいの?」

「おう。むしろ、それ以外に何がある」

「そ、そう……それじゃあ、いいわよ」

「うしっ!」

 人生で、一度でもいいから女のおっぱいというものを揉んでみたかったのだ……っ!それが、それがこんな形で叶うとはっ!これが、これこそが感無量ってやつかっ!

「でも、それは今じゃないわ」

「はぁ?」

 そんな自分の感動に対して水を差すようなことを言ってきた女を俺はほぼ反射的に睨みつける。

「私の言ったことを忘れたの?助けてくれるなら、よ?何も私はこの場とは断定しないもの。貴方が私のおっぱいを揉むのはちゃんと助けてからよ。私の体はそんなに安くないわ」

 そんな俺へと女はぴしゃりとそんなことを言い放ってくる。

 ……。

 …………。

「むぅ、確かに」

 確かにな。

「行けるんだ」

 確かに、確かにこの女はこの場だけとは断言していなかったな。

 女の言う通り、俺が悪いか……。

「ちゃんと助けるとは?」

 いや、だとしてもおっぱいは諦められない。

 彼女の言っている通りにちゃんと助けてやればいいのだ。

「文字通りの意味よ?さっきの通り、私は他人から追われる立場なのよ。そんな私をこれからも守って頂戴」

「これからも?それはどれくらいの期間なんだよ。一生涯なんて言われたら俺がおっぱいを揉むのは何時に何だよ、寿命で揉めねぇ可能性もあるだろうが」

「そこらへんはちょっと長くかもしれないわね……ちょっと、落ち着いて話せる場所はないの?」

「まぁ、俺の家が一応あるが。このスラムはどんな場所だって同じだぜ?そこらに立っているぼろ家の中はもう外と何ら変わらねぇ。ここで落ち着けないんだったら俺の家でも変わらねぇぜ?」

「壁はあるかしら?自分の姿を一旦隠せる場所ならばどこでもいいわ」

「さすがに壁くらいはあるさ。俺の家はここらでもマシなんだぜ。元々ここら一帯のボスだった奴をフルボッコにして奪ってやったんだ」

「あら、そうなの……それじゃあ、期待しない程度に期待しておくわ」

「おう。それくらいがちょうどいいだろうぜ」

 誰かを自分の家に招くのは初めてだ。そんなことを考えながら、俺は彼女を連れて自分の家に戻った。

 食事?それなら問題ねぇ。黒服どもがポケットの中に軽食を入れていたからそれをくすねてきた。これで一週間は持ちそうだ。

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