第10話 お昼休みの屋上で【後編】

「ふうー、美味しかった。ごちそうさまでした」


 心野さんが作ってくれたお弁当を、僕は見事完食した。でも、 大食漢の僕でもさすがに重箱二段分の白米は量が多すぎたね。お腹が膨れに膨れてちょっと苦しい。だけど、残すわけにはいかなかった。せっかく心野さんが作ってくれたお弁当なんだ。残すなどという、そんな選択肢は僕の中には存在しなかった。


「すごいですね、但木くんって。あんなに大量の白米を完食するなんて。さすが男子ですね。正直、食べ切れないで残してしまうと思ってました」


「う、うん、まあね。全然余裕だったよ」


 いや、嘘だけどね。はっきり言ってギブアップ寸前だったけどね。なのに、なんでこんなことで強がっているんだろう、僕は……。


「でもほんと、心野さんって料理が得意なんだね。作ってくれたおかず、全部すっごく美味しかったよ。心野さんがこんなに女子力高かったなんて」


「え? 私って女子力が高いんですか?」


「うん、そう思うよ。心野さんは女子力高いし、それに料理が上手な女性ってすごく魅力的だし。いつか絶対にお礼するからね」


「み、魅力的だなんて、そんな……それにお礼なんて……」


 あ、心野さんの耳が一気に赤くなった。たぶんこれ、照れちゃってるな。ちょっと前みたいに、長い前髪を両手で引っ張って余計に顔が見えないようにしてるけど、バレバレなんだよね。照れに照れてるってことが。


 でも僕、どうしてそこまで分かるようになったんだろう? 異能の力でも手に入れてしまったのかな? 心野さんの心の中を読み取る力みたいな。


「心野さん? 今照れてるでしょ?」


「て、ててて、照れてなんかないです!」


 あ、やっぱりビンゴだ。両手をフリフリさせて全力で否定してるけど、めちゃくちゃ動揺してるからすぐに分かる。


「ほら、やっぱり照れてる。心野さんって分かりやすいから」


「うう……但木くん、やっぱり意地悪です」


 言って、心野さんは唇を尖らせた。意地悪、かあ。確かにそうかもね。どうやら僕は心野さん限定で意地悪になるみたいだ。


「そ、そりゃ照れもしますよ……。それに、ちょっとビックリしちゃって。初めて言われたんです、女子力が高いとか、魅力的だとか。ミジンコ以下の私の人生の中で、そんなことを言ってもらえるなんて一生ないと思ってたので」


 相変わらず自分を卑下しすぎだよなあ、心野さん。まあ、無理もないか。この前ファミレスで話してくれた中学時代のようなことを経験してしまったら。僕も同類みたいなものだから気持ちはすごく分かるんだけど。


「でも、嬉しいです。そう言ってもらえて。但木くんって優しいですよね。お弁当もすごく美味しそうに食べてくれたし」


「別に僕は優しくなんかないよ。でもなんかね、不思議なんだ。心野さんと話してると、すごく自分に正直になれちゃうんだ。女性恐怖症の僕がだよ? 自分でもちょっと信じられないくらい。心野さんに話しかけて、本当に良かった」


「私も、但木くんに話しかけてもらえて、本当に良か――」


「あーーーー!!」


「え!? え!? ど、どどど、どうしたんですか但木くん!?」


 しまった、つい大きな声を出しちゃって心野さんをビックリさせてしまった。でも、お弁当を食べるのに夢中になってすっかり忘れてた。


「心野さん! お弁当! まだ食べてないでしょ! ごめんね、食べるのに夢中で気付いてあげられなかった。これ、僕のお弁当。もう少しでお昼休み終わっちゃうから全部は食べられないかもしれないけど、ちょっとだけでも何か胃に入れておかないと。午後の授業でお腹空いちゃうだろうから」


 腕時計で時間を確認。お昼休みはあと10分足らず。急いで食べれば間に合うかもしれないけれど、早食いはあまり胃に良くはないからお勧めはできない。


「とりあえず、焦らないでしっかり噛んで食べるんだよ? って、どうしたの? 考えこんじゃって。もしかしてそのお弁当、心野さんの好みじゃなかったかな?」


「そ、そういうわけじゃないんですけど……」


 蓋を開けたお弁当箱を見つめたまま、急にモジモジし始めた心野さん。今までになく緊張気味というか、迷っているというか。


「あ、あの、但木くん。さっきお礼してくれるって言ってくれましたよね?」


「うん、言ったよ? だから遠慮しないで何でも言ってくれて構わないよ?」


「じ、じゃあお願いしたいことがありまして……」


 そう言うと、心野さんはお弁当箱を僕に手渡してきた。耳も真っ赤だし、手も若干震えているし。はて? もしかして、R18的なお願いとか? 心野さんってムッツリスケベだしなあ。


 だけど違った。心野さんが望む、『お礼』の形。


「あ、あの、で、できましたら『あーん』してもらえませんでしょうか?」


「え!? あ、『あーん』って、もしかして……僕が心野さんの口の中におかずをお箸で運んで食べさせるあれのこと?」


 僕の言葉に、黙ってコクリと頷いた。えーと……それ、僕にとってちょっとハードル高いんですけど。気恥ずかしいし。


 でも、心野さんがそう望んでいるんだ。そんな『お礼』の形を希望しているんだ。きっと、言葉にするには勇気が必要だったに違いない。


 ――よし、僕も覚悟を決めよう。


「合点承知の助だ。い、いくよ、心野さん」


「は、はい、お願いします……って、え!? 但木くん、ちょ、ちょっと――」


 何かを言おうとしていたみたいだったけれど、覚悟を決めた僕は止まらなかった。お箸を使って、心野さんのあーんした口にミートボールを運んであげた。


 しかし、予想だにしていなかった。まさかこんなことになろうとは。


「こ、心野さん! 心野さん! ちょ、大丈夫!?」


 僕があーんした口にミートボールを運んだ瞬間、心野さんは今までにない大量の鼻血を出して、そのままぶっ倒れてしまった。え? どうしたの? 確かに今まで、心野さんは鼻血を出すことはあったけれど、ちょっと大量すぎでしょ!


「だ、ダブルは経験したことがありませんでしたけど、こ、ここまでとは……」


「ダブル!? ダブルって何!?」


「は、鼻血覚悟であ、あーんして食べさせてもらったんですけど、まさか間接キスまで同時にくる……なんて……」


「間接キス……? ああ!!」


 しまった、やってしまった。よく考えたらこのお箸、さっきまで僕が使ってたやつじゃん! それってつまり、間接キスじゃん!


 デリカシーなさすぎだろ、僕……。


「あ、コロちゃん……久しぶりだね。元気してた? うん、うん、そうだよね。私も同じことを考えてたよ。でもごめんね、私は今、幸せを噛み締めているところだから……ちょっとお話しは今度にしようね……」


 また新キャラ登場しちゃったよ!


「心野さん! こんなときにごめんね、コロちゃんって誰!?」


「む、昔飼ってた犬です……」


 犬!? ついに人間じゃない新キャラまで……。


「あ、これダメなやつです……意識が朦朧としてきて……でも、もう心残りはない、です……私、今すごく幸せ、で……」


「心野さん! 本当にごめんね!!」


 昼休みが終わることを告げるチャイム。それを合図とするように、心野さんは首をがくりとさせて完全に意識を失ってしまった。ぐわあああーーー!! 僕のせいだ! 僕のせいで心野さんがこんなことに!


 これ、後で絶対にお詫びしないと。


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 あれから僕は、心野さんをお姫様抱っこして保健室まで運んだ。先生が言うにはただの貧血だから心配しないでと言っていたけれど、心配なものは心配なもので。


 なので休み時間ごとに心野さんの様子を見に行っていたんだけれど、彼女はすーすーと、気持ちよさそうに寝息を立てて寝ていた。それを見て、少し安堵。


 それにしても、とても幸せそうな寝顔だった。いや、前髪が邪魔で表情までは確認できなかったんだけど。だけど楽しい夢でも見ているのか、口元が緩みきっていて。それに、たまに「えへへ」と寝言で笑っていたし。一体、どんな夢を見ていたのかな。元気になったら訊いてみよう。


 と、言っても、結局心野さんは全ての授業が終わるまで、起きることなくずっと寝ていた。ちょうど今し方、帰りのホームルームも終わったところだし、僕は様子を見に保健室まで行こうとしていた。


 その時だった。


「ねえ、但木くん。ちょっといいかな?」


 不意に、僕の名前を呼ぶ女子の声。はて? 僕に話しかけてくる女子なんていないはずなんだけど。不思議に思いながら、僕は声の主を確認するために振り返った。まあ、ちょっとビックリしたよね。


「お、音無、さん……?」


 声の主はクラス委員長の音無小雪さんだった。相変わらずの美貌。美しく艷やかな黒髪。その容姿を見ていたら、一気に緊張して体が硬直。まあ、情けないよね。最近は心野さんとお喋りできていたから、多少は女性恐怖症もマシになっているかもと思っていたけれど、やっぱりダメだ。


 そう思っていたんだけれど、少しだけ緊張感がほぐれたのを感じた。


 彼女が僕に向けた、向日葵のような笑顔を見ていたら。

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