第9話 お昼休みの屋上で【前編】

「はあー、午前の授業やっと終わった」


 僕は両手を天井に掲げ、大きく伸びをした。お昼休みの時間だ。学生あるあるだけれど、僕は体が結構細い方なのに、これでも大食漢なのだ。お腹が空いた……。僕は即座にお弁当箱をリュックから取り出し、いつもの様に屋上で食べに向かおうと準備を始めた。やっぱり青空の下で食べるお弁当は格別なのだ。


「ね、ねえ但木くん? あの、その……お昼ご飯……」


 僕のお隣の席に座る心野さん。最近にしてはちょっと珍しく、緊張気味というかなんというか、少しの申し訳なさを含んでいる。と、思ったんだけれど、これ違うや。よく見たら心野さんの耳が真っ赤になってるし。心野さんって前髪で顔を隠してるけどめちゃくちゃ分かりやすいよなあ。


「うん、お昼ご飯がどうしたの?」


「あ、あのですね……それ、お弁当箱ですよね? 食べるんですよね?」


「う、うん、そうだけど……」


 これがお弁当箱ではなかったら一体何に見えると言うんだろう。筆箱かな? いや、さすがに僕もお腹が空いているとはいえ、鉛筆やらは食べられない。


「じ、実はですね……か、勝手に作ってきちゃって本当にごめんなさい。私ね、今日、但木くんにお、お弁当を作ってきちゃって……」


「お、お弁当!!」


 これは嬉しい、嬉しすぎる。母さんには言ってないけれど、実は僕ってこのお弁当だけではちょっと足りないのだ。だからもう願ったり叶ったりというか。それに心野さんの手作りお弁当だ。嬉しくないはずがない。


「嬉しい! 嬉しいよ心野さん! ぜひ食べたい! いや、どうか食べさせてください! 僕って午後の授業の途中でいつもすぐお腹が空いちゃって」


「た、食べてくれるんですか!?」


 僕は心野さんに向かってサムズアップと共に「もちろんだよ!」と返事を返す。すると心野さんも嬉しそうに破顔させた、はず。顔は見えないけれど口元が緩みに緩みきってるからなんとなく分かっちゃうんだよね。


「じゃあ今から準備しますね! よいしょっと」


 あ、ずっと今朝から気になってたんだよね、心野さんが学生カバンの他に紙袋を持ってきていたことが。しかし、その紙袋から取り出したお弁当箱を見て、ちょっと驚いてしまった。だってこれ――。


「こ、心野さん? これ、お弁当箱ではあるんだけど……」


「はい、今朝は早起きして一生懸命作ったんです」


 お弁当箱には違いない。違いないんだけど、どこからどう見ても……。


「さ、三段重の重箱、だよね」


「そうです、会心の出来です」


 心野さんが取りい出したるは、お花見などでよく見かける重箱だった。漆塗りがとても美しい。美しいけど、重箱を学校で見ることになるとは。


 でも、僕はそれがとても嬉しかった。三段重の重箱が嬉しかったんじゃない。それよりも、早起きしてこれだけの量を作ってくれた心野さんの気持ちが嬉しいんだ。まさか僕が女の子から手作りのお弁当をいただけるなんて。


「よし、じゃあお弁当を持って屋上に行こうか。外の空気を吸いながら食べるお弁当って、すごく美味しいんだよ。一緒に行こう」


「はいっ!」


 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽


 僕達はちょっと薄暗い階段を上がり、開けた屋上に到着。空を見上げると、雲ひとつない青空が視界いっぱいに広がった。そして、肺いっぱいに深呼吸。午前の授業の疲れが一気に吹き飛ぶ、そんな心地良さを感じた。


「私、屋上に来たの初めてです」


「そうなんだ。結構気持ち良いでしょ?」


「はい、とっても。ずっとボッチだったからちょっと来づらかったんです。でも今は但木くんが一緒にいてくれるから、すごく安心です」


 なんか気持ちがすごく分かる。確かに屋上に一人で来るのって躊躇しちゃうかも。ある意味、リア充のたまり場でもあるし。僕はたまに友野と一緒に来ていたからもう慣れっこだけれど。


「じゃあ、あそこのフェンスの所にでも行こうか」


 言って、僕と心野さんは持たれかかれるフェンス越しを選択。屋上から見えるグラウンド。見慣れているはずなのに、今日はとても新鮮に目に映った。


 心野さんと一緒だから。


「でもすごいね、この三段重の重箱。たくさん作ってきてくれたんだね。さっそく開けて見てもいいかな?」


「あ、えーっとですね……」


 お腹が空ききった僕は心野さんの返事を待たずに一番上の重箱を開けた。そして、ちょっと感動。


「心野さん、すごいね! これ作るの大変だったでしょ?」


 重箱の中身にはぎっしりとおかずが詰め込まれていた。ハンバーグにクリームコロッケ、卵焼き、ミートボールなどなど。子供が好きそうなおかずがいっぱい。子供舌の僕には嬉しさ100倍という感じだった。


「はい! 今朝は5時に起きて、気持ちを込めて一生懸命作りました。但木くんのお口に合えばいいんですけど」


「本当に嬉しい。ありがとうね心野さん。全部僕の好きなものばかりだよ。ちなみに全部開けてみてもいいかな?」


「あ、そ、それがですね……」


 空腹の僕はまた返事を待たずに二段目を開けた。


「おお! ご飯がいっぱい!」


 二段目には白米がぎっしりと詰められていて、真ん中には梅干し。見事な日の丸弁当だった。そしてその勢いで、一番下の重箱も開けてみた。開けてみたんだけど。え、これって……。


「えーと、心野さん?」


「す、すみません。三段目に集中しすぎたせいで、時間が……」


 一番下の重箱にも、白米。それもぎっしり。これ、重箱にする意味あったのかな。いや、そんなの関係ない。だって心野さんが一生懸命作ってくれたんだ。白米の量が多すぎようと、僕は食べきってやる。


「そんなことないよ、心野さん。本当に嬉しいんだ。それに僕、すごい大食漢だからむしろちょうど良いよ」


「本当ですか! 良かったあー」


 安堵したのか、心野さんはホッと胸を撫で下ろした。そして僕と心野さんはお箸を手に持ち、「いただきます」と挨拶。食材を作ってくれた人、食材を育ててくれた人、そしてこのお弁当を作ってくれた心野さんに感謝の気持ちを込めて。


「美味しい! この卵焼き、すごく美味しいよ! 心野さんって料理上手だったんだね。こんなに女子力が高かったなんてビックリだよ」


「嬉しい、そんなこと言ってもらえるなんて」


「うん、本当に美味しいんだ。それに僕、卵焼きが大好物で」


「そうなんですね、但木くんって卵焼きが好きなんだ。じゃあ今度は卵焼きをたくさん作って重箱いっぱいにしてきますね。三段全部、卵焼き」


「えーと……気持ちは嬉しいけど、適量がいいかな」


 そんなこんなで始まったお昼休みは、まだまだ続く。むしろ僕は、この時間が一生続けば、と。お昼休みが終わらなければいいのに、と。


 そんなことを、心の底から思った。


【後半へ続く】


【作者より】

 すみません、だいぶ更新が遅くなってしまいました。ちょうど今、引っ越し先を探していたりその準備をしていたりしまして、なかなかまとまとまった書く時間が取れなくて。しかもまだ良い引っ越し先が見つからず……。物件選び難しいですね。

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