第11話 ココちゃんとオトちゃん【1】

 音無小雪さん。クラス委員長であり、とても美しい人であり、そして周りに人が勝手に集まり輪を作り、いつもその中心にいる人柄の持ち主。


 と、いうのが僕の知り得る情報かな。情報が少なすぎるって? それはそうだ、当たり前のこと。僕は今まで遠目でしか様子を見ることしかできなかったから。女性恐怖症の僕にはこれが限界。


 それが今、僕は音無さんの眼前に立っている。彼女が僕に向けてくれた向日葵のような温かな笑顔で多少緊張が解けた。とはいえ、やっぱり僕は女性が怖い。まあ、こればかりは仕方がないか。


 本音を言うと、心野さんとお喋りできるようになったから、僕の女性恐怖症も少しはマシになっているんじゃないかと思っていた。期待していた。でもやっぱりダメか。そんな簡単に治るはずがないよなあ。


 しかし何故、音無さんが僕なんかに声をかけてきたのだろうか。


「どうしたの、但木くん? なんか固まっちゃってるよ?」


「あ、ああ、あの……え、えーと……」


 ほらね、やっぱり。全く声が出てこないし、思い切りキョドってしまう。その上、冷や汗までかいてきてしまった……情けないやら恥ずかしいやら。やっぱり駄目か。なんとか女性恐怖症を克服したいのだけれどなあ。


 だけど、音無さんは与えてくれた。反応。表情。言の葉。


 そして、女性恐怖症の克服への、一筋の光明を。


「うふふ、本当にこうなっちゃうんだ。友野くんの言ってた通りだね」


「と、友野、ですか?」


 僕のこんな様子を見たにも関わらず、音無さんはちょっと上品に口に手を当てて、おかしそうに笑ってくれた。今までずっと、僕のこの反応を見た多くの女子からは、ただただ気持ち悪がられていただけだったのに。


 だから、音無さんの反応が嬉しかった。


 しかし、それにしても、まさかここで友野の名前が出てくるなんて。ちょっとビックリしたよ。アイツ、一体何を音無さんに話していたのだろうか。


「うん、そう。友野くん。入学して少し経ってからかな、友野くんからちょっと相談されたの。但木くんの女性恐怖症について」


「相談……」


 友野が、僕のことで音無さんに相談? 初めて知った。しかし、何故?


「うん、そう。相談。ほら、私って一応クラス委員長じゃない? それで友野くんから相談を受けたの。但木くんの女性恐怖症について。彼、高校に入って環境が変われば、もしかしたら但木くんの恐怖症も治るかもしれないって期待してたんだって。でも、やっぱり無理そうだなって思ったみたい」


「あ、アイツが、そ、そんなことを……」


「優しいよね、友野くんって。但木くんのこと、すごく心配してたよ。それでお互いに携帯の番号を交換して、どうしたら但木くんの女性恐怖症が治るのか一緒に考えていたの。でも、なかなか良い案が見つからなくて。ごめんね」


「い、いいい、いえ、音無さんが、あ、あ、謝ることなんてない、です……」


 そうだったのか……。以前、音無さんからの視線を感じた時があったけれど、あれは僕のことを心配してくれていたからだったんだ。


 しかし友野、保護者やらなんやらと言ってからかってくるけれど、僕のことをそこまで心配してくれていただなんて。照れくさいから直接礼を言ったりはできないかもしれない。だけど、僕はアイツに何かしらの形で気持ちを伝えたい。


 友野。アイツはかけがえのない親友だ。


「あ、でもね、良い案は見つからなかったけど、最近になって但木くんとココちゃんがお喋りするようになってるのを見て、少し安心したんだけどね。友野くんもすごく喜んでたよ? まるで自分のことのように。女子にモテモテなのも当然よね。顔良し、運動神経良し、それに加えて性格良し。友野くんってまるで少女漫画の主人公みたいだもんねー」


 ん? いや、友野のことは分かるけど、ココちゃんとお喋り? そんな人知らないけれど? 一体、誰のことなんだろう。


 と、そんなことを考えていると、顔に出ていたのかな。音無さんが付け加えるように再び話始めた。しかし、その話の内容。これが僕の運命を変えた。いや、運命は言いすぎかな。だけど、きっかけであったのは確かであって。


 僕の中で少しずつ、パズルのピースが集まり始める。

 そんな感覚を覚えたんだ。


「あ、ごめんね、それじゃ分からないよね。ココちゃんって、心野さんのことだよ。なかなか抜けないね、子供の頃からずっとそう呼んできたから」


「こ、心野さん!? 心野さんがココちゃん!? 音無さんが心野さんを子供の頃からそう呼んでいた!? ど、どういうことですか!?」


「うふふ、今日イチ声が出たね。面白いなあ、ココちゃんのことになると、但木くんってまるで別人みたいになっちゃうんだね。但木くん、今すっごく必死な顔してるよ? そんなにココちゃんのことが気になるんだ。なるほどなるほどー」


「え? 僕、そんな顔してました? ま、まあその話は置いておいて。音無さんって心野さんと友達なんですか?」


「友達っていうか、幼馴染って言えばいいのかな。小学校に入って同じクラスになって、それからよく一緒に遊ぶようになって。それでお互い『ココちゃん』『オトちゃん』って呼び合ってたの。そっか、知らなかったんだ。私てっきり、ココちゃんからもう話を聞いてるとばかり思ってた。だってさ、今日も屋上で一緒にお昼ご飯食べてたし、それにあーんして食べさせてあげたりイチャイチャしてたから。二人はもう、そういう仲なのかなあって」


 言うと、音無さんはニヤニヤしながら僕を見た。い、イチャイチャ……。そういうつもりはなかったけれど、傍から見たらそう映るのか……。というか、見られてたんだ。ヤバい、急に恥ずかしくなってきた。


「あ、ちなみにココちゃんをおんぶしてるところもしっかり見てたよ? ほんと仲良しさんなんだなあって、友野くんと一緒に喜んでたの」


「ええ!? 友野が見ていたのは知ってましたけど、お、音無さんも一緒にいたんですか!? え? え? なんで?」


「うん、見てたよー。友野くんと一緒にファミレスにいたんだけど、たまたま二人が一緒に歩いてるのが窓から見えて。そしたら友野くんがこっそり見に行こうって。私は止めたんだけどね。ほら、やっぱりプライベートを勝手に覗くって失礼じゃない? だけど友野くんノリノリになっちゃって、私まで無理やり連れて行かれちゃった」


 友野の奴めー!! たまたま部活帰りに見かけたって言ってたくせに、ウソじゃないか! 前言撤回。礼とかそういうのヤメ! 逆に説教してやる!


 ん……待てよ? ということは……。


「二人がラブホ街に向かっていった時はドキドキしたけどね。ダメだぞ、但木く。高校生で不純異性交遊は。め! って怒っちゃうからね」


 ぐわあーーーー!! やっぱりそこも見られてたーー!!


「するわけないじゃないですか! 女性恐怖症の僕が、そんなこと出来るわけないです! 不純異性交遊なんて!」


「だよねー、どうせココちゃんが道を間違えただけだろうなあって。あの子、テンパりやすいから。元々、方向音痴だし」


 僕はホッと胸を撫で下ろした。良かった、音無さんに誤解されなくて。


 いやいや、今はそんなことを話している場合じゃない。心野さんのことを知り得る絶好の機会だ。


 少しでも、彼女のことを知っておきたい。そうしたら、僕はもっと心野さんのことを理解して、支えてあげられるかもしれないから。


【続く】

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