第6話 初めてのデート【4】

「そろそろ帰ろうか」


「そうですね、結構遅い時間になっちゃいましたし」


 あれから僕達は時間を忘れてしまう程、色々な話をした。それでひとつ分かったこと。心野さんはずっと寂しい思いをしてきたんだ。心の痛みというか、それをずっと抱えて。僕にはまだ友野という友達、いや、親友がいたから寂しいと感じたことがなかった。


 だから、僕はこれからもずっと心野さんに寄り添っていこうと思う。もっと仲良くなって、信頼してもらえるくらいに。


「そ、それでですね、但木くん。これって、一応デートなんですよね?」


 あ、そのことをすっかり忘れていた。僕としては心野さんと一緒に遊びにいって仲良くなりたいから誘ったんだけど、心野さんとしてはこれってデートだったんだっけ。友野のせいでな!


 今の内にちゃんと説明しておいた方がいいのかな。


「うーん、あのね心野さん。実はね――」


 不思議な感覚だった。何故か僕は、それ以上言葉を続けることができなかった。どうしてだ? どうして言葉が出てこないんだ? 否定したくないのか? 僕がはっきりしないから誤解させてしまい、それに対して罪悪感を感じているのか?


 いや、違うな。そうではない。でも、僕自身も上手く説明できない。自分のことなのに感情を理解することができない。


 生まれて初めて感じる、そんな不思議な感覚だった。


「どうしたんですか、但木くん?」


「ううん、なんでもないよ。そうだね、デートってことでいいんじゃないかな?」


 そして肯定。女性不信で女性恐怖症の僕が、デートであることを肯定してしまった。感情の整理が全くできない。本当に不思議で、不可思議な感覚だ。


 で、僕がそんなことを考えていたら、いつの間にか心野さんは耳を赤くして、そわそわして、そして手遊びを始めていた。


「あ、あのね、但木くん。ひ、ひとつお願いがありまして……」


「うん? お願い?」


「は、はい、そうです。あの……帰り道でいいんですけど、私と、て、手を繋いでもらえませんか?」


「て、手を繋ぐ!?」


 女性恐怖症の僕にとって、それ、めっちゃハードルが高いんですけど……。


「……やっぱり駄目ですよね。いくらなんでも早すぎですよね。まだ一緒にお喋りするようになってから、全然日にちも経ってませんし」


 心野さんは俯き、寂しそうに、言葉に陰りを含ませた。


「手を繋ぐ、か。心野さんは僕と手を繋ぎたいの?」


「は、恥ずかしすぎて、それはちょっと言えません……」


 うう……確かにそうだ。言えないよな、そんなこと。僕は女の子の気持ちを全然分かってないなあ。ほんと、僕にはデリカシーがない。


 だけど、ひとつだけ言えること。それは――


「心野さん」


「な、なんでしょう?」


 僕も心野さんと手を繋ぎたい。女性不信? 女性恐怖症?

 そんなもの――


「手を繋いで、一緒に帰ろう」


 そんなもの、知ったことっちゃないね! 


 心野さんは勇気を出して言ってくれたんだ。それと比べたら、僕の悩みなんか本当に些細で、些末な問題だ。応えたいんだ、心野さんの勇気に。


「い、いいんですか!?」


「うん、いいよ。さあ、手を出して」


 僕は自分でも驚く程に自然と右手を差し出した。


「は、はい、ありがとうございます……」


 心野さんの手が震えている。だけど彼女は一生懸命に、勇気を絞り出すように、僕と手を繋ごうとこちらに差し出してくれた。


 あとは僕が心野さんの手を握れば、僕も彼女も一歩前に進むことができる。いや、一歩どころなんかじゃない。少なくとも僕にとって、心野さんと手を繋ぐことが、僕の心のどこかの閉ざされた扉が開放される。


 鎖で雁字搦めになっていた、心の扉が。


 僕は迷いなく、差し出された手を握りしめた。とても柔らかくて、温かくて、華奢で、そしてとても繊細で。僕が握りしめたのは心野さんの手だけではなくて、彼女の心を握りしめているような、そんな感じがしたんだ。


 でもさ、この後の展開なんて普通予想できないって。


「こ、心野さん! 心野さん! だ、大丈夫!?」


 鼻血。僕が彼女の手を握った瞬間、心野さんは大量の鼻血を出してそのままこてんとソファーに倒れ込んでしまった。えーと……これ、どうしたらいいの?


「……ご先祖様、聞こえますか? 私、16歳にしてやっと男の子と手を繋ぐことができました。もう、この世に未練はありません……。あ、でもご先祖様、まだ迎えにこないでください。今、私はとても幸せなんです。あ、なんか意識が朦朧としてきた……せっかく、幸せを噛み締めていた、のに……」


 こんなときに新キャラ出てきたー! え? 今日はひいお婆ちゃんじゃないの? というか意識が朦朧ってヤバいんじゃ。


「心野さん! 心野さん! あ、全く反応しなくなっちゃった。ど、どうしたらいいの!? 全然分からないよ!」


 ――この後、ファミレスでちょとした騒動になったことは言うまでもない。


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「すみません、迷惑ばっかりかけちゃって。まさか貧血で倒れちゃうなんて、なんていうか、お恥ずかしい……」


「いいのいいの、気にしないでね」


 結局、あれから心野さんの意識はなかなか戻らず、ファミレスで騒動になってしまったわけだけれど、僕は今、心野さんをおんぶして駅に向かっているところだ。


 だけど、今度は僕の意識が飛びそうなんですけど。


「ね、ねえ心野さん? 少しだけでいいから、その……胸を……ずっと当たってて。僕には刺激が強すぎて」


 生まれて初めて女の子をおんぶしているわけだけれど、さっきから柔らかいふにゅっとした感触が背中に……。


「あ、胸ですか? 当たってるんじゃなくて当ててるんです」


「え!?」


「あ、嘘です。私が言ってみたかったセリフ第七位でして。ちょと言いたかっただけなんで。だから、お気になさらず」


「いや、お気になさらずって言われても気になるよ!」


 言ってみたかったセリフの第一位を訊いてみたかったけれど、訊いたら訊いたで大変なことになりそうだからとりあえずだんまりり。


「でもさすがムッツリスケベなだけあるね、そんなセリフを言ってみたかったなんて。って、痛い痛い! 髪の毛引っ張らないで!」


「但木くんが意地悪なこと言うからですよ」


 ムッツリスケベって言われて、相当ショックだったのかな。だけど断言できるね。心野さんは間違いなくムッツリスケベだ!


「ねえ、但木くん」


「うん、どうしたの?」


「また、私と一緒にファミレス行ってくれますか?」


「もちろん。でもさ、あんなに甘いジュースばっかり飲んでると、絶対に太る――って、だから髪の毛引っ張らないでって!」


「但木くん、やっぱり意地悪」


 意地悪かあ、でもまあいいか。


 僕はなんとなく夜空を見上げる。満天の星空が視界いっぱいに広がった。きっと、いや、絶対に忘れることはないだろう。


 この星空の美しさを。


【第一章 完】


【作者より】

これにて第一章を完結とさせていただきます。少しでも面白いだとか続きを読みたいと思ってもらえていたら嬉しいです。


長いブランクのせいで文章力が落ちているのは如実に感じています。でも、それでいいんです。技術に逃げるよりも、どんなに稚拙な文章であっても、今の僕は書ける喜びを噛みしめながら書くことができていて。だからきっと、何かしらの想いが伝わると信じて書き続けます。


これからも、どうか但木くんと心野さんをよろしくお願いします。

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