第5話 初めてのデート【3】

「すみません、ご迷惑をおかけしました……」


「ううん、気にしないでいいよ。それに、心野さんがムッツリスケベっていうことも分かったしね。大収穫ってやつだよ」


「ち、違いますって! あれは……そう、夢です! 但木くんは夢を見てたんです。もしくは幻! ほんと、不思議なこともあるもんですねえ」


 心野さん、よっぽどムッツリスケベであることを認めなくないんだな。超必死に否定してるし。でもバレバレなんだよなあ、だって今も冷や汗ダラダラなんだもん。


「でもごめんね、結局こんな安いファミレスになっちゃって。僕、ここら辺で知ってるお店ってここしかなくてさ」


 鼻血を出しながらその場に倒れ込んでしまった心野さんが元の世界に戻ってくるまで結構時間がかかったせいで、ほとんどのお店も営業終わっちゃったし。そんなわけで今、僕と心野さんは24時間営業のファミレスにいる。しかし、このファミレスは安いこともあって、学生さん達がやたらと多いな。


「あ、いいえ、全然気にしないでください。私、こういうお店に入ったことがなくて。なんか、すごい新鮮です」


「え、心野さん、ファミレス入ったことないの? なんでまた?」


「……ボッチでコミュ症の私が入れるとでも?」


「う……ご、ごめん」


 心野さん、どんよりしちゃったよ。訊かない方がよかったな、これ。でも別に一人でもファミレスくらい入れると思うんだけど。


 しかし、ちょっと不思議だなあ。コミュ症というのは高校に入学して一ヶ月が経とうとしているけれど、誰かと話したところを見たこともなかったし、僕が初めて話しかけたときもやたらビックリしていたから分かるんだけど。だけど、それにしては今も僕と普通にお喋りしているわけだし。


「ところで但木くん、本当にここって何杯でもジュースおかわりしちゃっていいんですか? あとで黒服を着た怖い人達が法外な金額を請求してきたり。そしたら私、体で支払うしか――」


「そんなわけないでしょ、安心して。というか心野さん、体で払うって……さすがはムッツリスケベなだけあるね」


「あ、いえ、そうじゃなくて。私の臓器を売るしかないなって」


「そっちの方がヤバいって! ないない! 何杯飲んでも値段変わらないから!」


 心野さんはホッと胸を撫で下ろした。本当に売る気だったのか……。でも安心したのか、心野さんはそれから何杯もドリンクバーでジュースをおかわり。それがあまりに嬉しかったのか、なんかちょっと浮かれてるし。


 ――それから、僕達は他愛もない会話を交わした。それは僕にとって、とても新鮮だった。まさか女の子とこんなにお喋りできるだなんて。『あの時の出来事』以来、女性不信になってしまった僕がだよ? 今でも不思議で仕方がないよ。


 だからなのか、僕は心野さんのことをもっと知りたいと思った。思えた。本当に、僕は心野さんと友達になれるんじゃないかって、そう思えたんだ。


「ん? 心野さん、どうしたの? さっきから向こうをずっと見てるけど」


「あ、いえ……ちょっと羨ましいなって」


 視線の先を追ってみると、そこには楽しそうに談笑している女子グループがいた。制服をまとっているから学生だろう、たぶん僕達と年齢も近い。


「あの、但木くん」


 心野さんはちょっと俯き加減で僕の名を呼んだ。


「うん、どうしたの?」


「私ね、中学時代、ずっといじめられてられてきたの」


「いじめ……」


 心野さんの前髪が邪魔をして、表情が全く分からない。それでも伝わった。彼女は今、何かしらの覚悟を決めて僕に話そうとしていることが。


「そう、いじめ。理由は言えないんだけど、クラスの女子グループが私を標的にしてきて。上位カーストっていうのかな、その人達はクラスの中で目立つ存在で。その人達がいじめ始めてきたことで、他の女子全員、それと男子まで私のことをいじめるようになっちゃって。正直、辛かった」


 きっとその時のことを思い出しているんだろう。心野さんの声は憂いや悲しみを滲ませ、帯びて、そして素直で。真っ直ぐ僕の心に響いてきた。


「それからなんだ、私が前髪で顔を隠すようになったのは」


「そんな……そのいじめはいつまで続いたの? あと、いじめを止めようとしてくれた人はいなかったの?」


 心野さんは頭を振った。


「いじめは卒業するまで続いたの。でも止めようとしてくれた人もいたんだ。だけど、そしたらその人までいじめられるようになっちゃって。だから、その人も途中から私と関わらないようになって。それから私はずっと一人ボッチだった。男の子のことも、女の子のことも、怖くて仕方がなくなっちゃって。それからなんです、私が妄想ばっかりするようになったのは。妄想の中なら誰にもいじめられないし、自分の好きな世界を創ることができるから」


 やっと分かった。女性恐怖症の僕が、どうして心野さんとなら普通に喋ることができるのか。似てるんだ。同じなんだ。中学時代の僕と。


 そして心野さんは大きく息を吸い込み、そしてゆっくり吐き出した。そして、口元を緩ませ、僕を見る。


「だからね、但木くんが話しかけてくれたとき、すっごく嬉しかったんだよ? 最初はビックリしちゃったけど。だけど不思議と但木くんとなら話せるし、全然怖いとか思わなくて。安心できて。だから――」


「ありがとう」と、そう言って心野さんは笑った。顔は見えない。でも分かるんだ。彼女は今、確かに、僕に向けて笑顔を見せたんだ。


 それが、とても嬉しかった。


【次話に続く】

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