第4話 初めてのデート【2】

「着きましたね」


「そうだねえ、学校から駅までちょっと遠いよね。心野さん、疲れてない?」


 平坦な道だからまだいいけど、駅前まで来るのに三十分もかかってしまった。でもここまで来ないとお店も何もないんだよね。だから致し方ないか。


「あ、はい、全然大丈夫です。但木くん、優しいですね、こんな私のことを心配してくれるなんて。お父さんとお母さんとアルト以外に心配してくれたのって、私初めてで。なんか、とっても嬉しいです」


 アルトって、確か犬だよね。犬に心配される心野さんって、一体。


 心野さんは僕の顔をしっかりと見つめて、それから空を見上げた。時間はもう18時になろうとしていて、すでに日も暮れ始めている。茜色をした夕日が、僕と心野さんを優しく見守ってくれている。そんな感覚を僕は感じたんだ。


 しかし、ちょーっと問題が。


「あ、あのね、心野さん、先に伝えておきたくて」


「はい、どうしました?」


「うーんとね、遊び――もといデートに誘ってみたはいいものの、実はね、僕ってデートをしたことがなくてさ。どういうお店に入ったりしたらいいのか全然分からくてさ。だから上手くエスコートをしてあげられなくて……」


 16歳にもなって、デート経験なし。我ながら情けない。心野さんをがっかりさせないようにしっかり考えなきゃ――と、思っていたら。


「全然大丈夫です! こういう日のために毎日もうそ……いえ、ちゃんと考えてきてたんです、私。ちょっと待っててくださいね」


 言って、心野さんは軽く胸を張ってから、通学用のバッグを開いてゴソゴソし始めた。そして、取り出したるは一冊のノート。なんだかとっても自信に満ち溢れている。こんな心野さん、初めて見た。


 で、そのノートを開いて僕に見せてくれたんだけど、ちょっとビックリ。


「すごっ! これ、全部心野さんが調べてくれたの?」


「はい! もちろんです!」


 そのノートには、駅前でデートをするのにちょうどいい感じのお店について事細かくビッシリと書いてあった、お店の画像付きで。ただ、ほとんどのお店がすごくオシャレで、果たして僕のような冴えないダサ男が入っていいものかと悩んでしまう。しかしまあ、よくここまで調べたな。……ん?


「ねえ、心野さん? 僕がデートに誘ったのって今日だよね? さすがにこれだけの数のお店を調べるには、かなり時間がかかりそうなんだけど」


「え……は、はい、あの、なんて言えばいいのか……。昨日の夜、完全に妄想モードに入ってしまってですね。それで勢いで調べまくっちゃって。近い内に、但木くんは私をデートに誘ってくれるかもって思ってて……なので前もって」


「う、うん、そうなんだ。ありがとうね、理解した」


 理解したと言った僕だけど、ごめんなさい、嘘です。まさか僕にデートに誘われるかもと考えていただなんて。しかも、ここまで準備万端に調べてくるとは。もしかして、心野さんって意外とポジティブ? そういえば今朝、妄想が捗って一睡もしてないって言ってたっけ。このことだったのかな?


「えへ、えへへへ。ど、どうでしょうか? 私なりに頑張って、評判の良いお店をチョイスしておいたんですけど」


「うん、すごいよ。ビックリしたもん。どのお店もすごくいい感じだし」


「で、ですよね! ありがとうございます!」


 あ、心野さんの耳が真っ赤。褒められて照れてしまったのかな? しかし心野さんってすごく分かりやすいね。顔がはっきり見えない代わりにこうしてサインを出してくれるから本当に助かるよ。


「ごめんね心野さん、本来だったら僕が心野さんをエスコートしてあげなきゃいけないのに。それでさ、僕このお店に行ってみたいんだけど、どうかな?」


「あ! その喫茶店、私の中でも第一候補だったんです!」


「よかったー、僕にはちょっとオシャレすぎるかもしれないけど、ここのスイーツすごく美味しそうで。何から何まで申し訳ないんだけど、道案内お願いしてもいいかな? 僕、そんなに外出したりしないから駅前ってあまり詳しくなくて」


「……道、案内?」


 心野さん、急にフリーズしてしまった。もしかして……。


「あの、心野さん、もしかしてお店の場所までの地図とか、どこにあるのかとか、調べてくるの忘れてた、とか?」


 僕のそれを聞いて、フリーズしたまま滝のような冷や汗をかき始めてしまった。あ、これ絶対に図星だ。


「だ、大丈夫! 大丈夫だから心野さん! だから気にしないで! 今から僕がスマホで調べ……あれ?」


 制服の全てのポケットの中を探してみたけど、ない。スマホがない。念の為、登校用のリュックの中も調べてみたけど、やっぱりない。


「……ごめん、心野さん。スマホを持ってくるの忘れちゃったみたい。ごめんね、心野さんのスマホ貸してもらえるかな?」


「私、スマホ持ってないんです……」


「……え?」


「……え?」


 時間が止まってしまったの如く、僕も心野さんも完全に固まってしまった。四月の夜の少し冷たい風がピューッと吹いて、僕達の体を冷やしていく。


「だ、大丈夫です但木くん! なんとなくですが、お店の場所は覚えています! だから私の後に付いてきてください!」


「う、うん、分かった……」


 青ざめている心野さんの顔を見ていると、全然大丈夫じゃない気がするんですけど。すっごい嫌な予感が。


「こ、こっちです!」


 僕は言われるがまま、心野さんの後についていくことにした。けど……なんか駅前からどんどん離れていくし、少しずつ人気がなくなってきてるんですけど。


 そして、辿り着いたのは――。


「こ、ここって!」


 目がチカチカする程、光り輝くネオン。お城のようだったり、アジアンテイストだったり色々な建物が並んでいる。無知な僕だけどさすがに分かる。


 ここは紛うことなき――。


「ラブホ街でしょ!」


 うわあ、初めて来た。見るのも初めて。ちょっと駅から離れただけなのに、ここだけ空気感が違う。いや、空気感だけじゃない。ちょっとしたテーマパークの雰囲気に似ている。似ているけれど、でも全然違う。なんと言えばいいのか、ちょっと難しい。けど分かるのは、ここにいる人達はある種の『秘密』を抱えている、そんな感じがするんだ。なんだかとても、不思議な通り。


「あれ、どう見ても学生だよな……」


 ちょっと離れた建物から出てきた一組のカップル。学生服ではないけれど、どう見ても僕と同い年くらいの二人。指と指を絡め合いながら、幸せそうな微笑みを浮かべて歩いていく。え? 未成年でもありなの? いや、それはないよね。うーん、この界隈のルールが全然分からない……。


「ねえ心野さん? これって絶対道を間違え……ど、どうしたの心野さん!」


 初めて見るラブホ街に気を取られすぎて気付かなかった。心野さん、いつの間にか仰向けに倒れ込んでしまっていて、しかも大量の鼻血を出していた。


「す、すみません……路地を一本間違えてしまったみたいで」


「それはいい、それはいいんだ。それよりも、鼻血! この短時間の内に心野さん、一体何があったの!?」


「あ、お気になさらず。鼻血はいつものことなので。いえ、ちょっと妄想が捗ってしまったんですけど、私にはちょっと過激すぎまして……」


 いつものことと言われても……。でもひとつ確信した。


「ねえ、心野さん?」


「はい、なんでしょうか……」


「少しずつ分かってきたんだけど、心野さんってムッツリスケベでしょ?」


「む、ムッツリ――!?」


 素早く立ち上がり、そしてすごい勢いで後ずさった心野さん。あ、心野さんってこんなにも俊敏に動くことができるんだ。


「ち、違います勘違いです! 私は単に一本路地を間違えただけでここに来ちゃいましたけど但木くんと一緒にお店に入ってアレやコレやをする妄想をしていただけで、それにムッツリではなくて、ただ後学のためです、それで色んな動画を観たりはしてたし薄い本もたくさん読みましたけどムッツリなんかではなくてですね――」


 すっごい早口。三倍速で動画観てるみたい。


「心野さん?」


「は、はい! 誤解解けましたでしょうか!」


「心野さんって嘘つくの下手でしょ? しかも思い切り自爆してるよ? そうかそうか、心野さんは毎日エッチな動画を観たり薄い本を読んだりしているムッツリスケベ、と。インプットインプット」


「あ……」


 ――そして、心野さんはその場にへたり込んでしまって、当分の間、全く動かなくなってしまった。話しかけても反応なし。とりあえず鼻血は拭いた方がいいと思うんだけど。通りがかるカップルがその惨状を見てビックリしてるし。


 だけど、この後もデートは続くのであった。


【次話に続く】

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