第3話 初めてのデート【1】

(結局、来てしまった……)


 放課後、僕は心野さんと一緒に駅前まで行くことになった。だって、ずっと自分の世界に入り込んだままだった心野さんが、放課後になった途端にシャキッとして、そして僕の方をずっと見ているんだもん。長い前髪で顔が見えないから表情が分からないはずなのに、期待の眼差しを向けているのはすごく感じて。


 さすがに無視して帰るわけにもいかず。それに、心野さんと仲良くなりたいと思って話しかけたのは僕の方からだし。そんなわけで、「これから遊びに行こうか」と誘ってみることに。いや、誘わざるを得なかったというべきか。


「ふふ、うふふふ」


 だけど駅前までの道中、心野さんは完全に上の空。でもなんか慣れてきちゃった。僕って割と適応力あったんだな。


「心野さーん、心野さーん、そろそろこっちに戻ってきてー」


「ハッ! あ、ご、ごめんなさい! ちょっと妄想が捗りまして……」


 うん、なるほど。心野さんが自分の世界に入ってしまっているときは、肩をトントンと叩いて声をかければいいみたいだ。というわけで心野さんの上の空モード、終了。心野さんの取扱説明書、作っておこうかな。


「で、でも、但木くん、本当にいいんですか? 私みたいな陰キャでナメクジ以下な人間をナンパしてくれたり、デートに誘ってくれたりして……」


 言って心野さん、耳を赤くして手遊びを始めてしまった。


 この前はミジンコ、今日はナメクジ。そんなに卑下することないのになあ。と、思ったけど僕も同じようなものか。自己肯定感の低さに関しては。


「いや、僕は遊びに誘っただけで、決してナンパとかデートでは――」


 と、そこまで言ったところで、僕は口をつぐんだ。だって心野さん、すごく嬉しそうなんだもん。それに僕と一緒にいることで、女の子が嬉しそうに、そして喜びを全面に出してくれることなんか、今まで経験したことがなかった。


 だから、僕もなんだか嬉しくなってきて。もうナンパでもデートでもいいかなって思えてきた。ただ、絶対に記念日としてカレンダーには書かせないけどね!


「ううん、僕も今まで女の子とデートなんてしたことがなくってさ。中学時代にちょっと色々あってね。女性不信みたいになっちゃったんだ」


 それを聞いて、心野さんは首を傾げた。その仕草、なんか犬みたい。


「え? 女性不信ですか? 但木くんが?」


「うん、そうだけど、なんか変かな?」


「あ、いえ、友野くんとあれだけ喋ってましたし、なんか意外で。も、もしかして但木くん、私のことを女の子とは思ってくれてない……ってことですか?」


「あ、違うよ、そうじゃないんだ。友野はもう腐れ縁みたいな感じだし、だから喋りやすくて。それに、心野さんも僕が女の子と一緒にお喋りしてるとこ見たことないでしょ? ちょっとトラウマみたいになることが過去にあってね」


「と、トラウマですか……なんか訊いちゃってごめんなさい。私はてっきり、友野くんと一緒にいつもナンパに明け暮れているものとばかり思っていました」


 心野さんの中の僕のイメージって、一体……。


「ナンパなんて僕の人生の中でしたこと一度もないよ。でもね、なんか心野さんを見てると落ち着くんだ。それで心野さんと仲良くなりたいと思って話しかけたんだけど、やっぱり不思議と緊張しなくて。だから今もこうして自然体でお喋りできるてるんだ。そんなこと、今までの僕では考えられなくて」


「そ、それ! 私と全く同じです!」


「僕と、同じ?」


「はい、そうです。私って今までずっと男子とお話ししたことなんてなかったんです。でも何故か、但木くんとは普通に喋れるんです。不思議ですけど」


 言われてみると、確かに。最初に話しかけた時よりも、心野さん、僕と普通にお喋りしてくれている。あれだけキョドキョドしていたのに。


 不思議なことって、やっぱりあるんだな。


【次話に続く】

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