第31話 前日譚 ─晶子⑤─

 思い立って直ぐ行動を起こしたが、私と昌子を除いて全クラスメイト48人と担任一人全員の生存を調べるのは大変だ。まず人数が多いし戦時中と戦後の混乱の中で誰がどこに渡ったかを調べるだけでも時間がかかる。

 探偵を複数雇っても全員の消息を調べきるのに三年近くもかかってしまった。


 クラスの約半数はあの空襲で死んだり、戦火を免れても戦争孤児となって路上生活による栄養失調とか、ペニシリンが一般に出回っていなかった頃に結核を患ってそのままとなった者が多く、この結果は私にとって非常に残念だった。私を散々苦しめておきながら死で逃げるなんて。


 仕方ない。本人がこの世に居ないのであれば身内にツケを払ってもらおう。払わせ方は追々考えていくとして、今考えなければならないのは現在生きている人間をどうやっていっぺんに呼び込むかである。

 

 (……そうだ、同窓会を開けば良いんじゃないかしら?)

 

 自分が一番でないと気が済まない昌子はクラスの中心にいた。昌子の名で同窓会を開いて招待しても何の違和感も無い。

 更に自宅でガーデンパーティなど開いて私が金持ちであることをほのめかしておけば、欲に目が眩んでアイツらは間違いなくやって来る。


 今まで金目当てに寄って来る人間をごまんと見てきた私だから分かる。虐めを見て見ぬフリする卑怯な人間は、これを機に私にごますりして甘い汁を吸おうと絶対に画策するに違いない。


 執事に命じて同窓会パーティの招待状を送ると予想通りアイツらはホイホイと誘いに乗ってきた。屋敷の大きさに圧倒される者、素敵だとはしゃぐ者と様々だが、みんな心の奥底には汚い欲望が渦巻いている。


「昌子ー!久しぶりねー!」

「こんな凄いパーティ初めてだわ!」

「流石昌子よね!」

 

 その中には昌子の金魚のフンだった奴も勿論含まれている。彼女達は久しぶりに旧友との再会に喜びが溢れていると装うが、目には「もしかしたらおこぼれがもらえるかも?」という期待が隠せていなかった。

 

「それにしてもあのブサ子居ないわね?」

「何言ってんの、昌子がブサ子なんかを招待するわけないじゃんー!」

「またあのブスな面笑ってやろうと思ってたんだけどなぁ」


 庶民から一変、上流階級の仲間入りした私への賛辞を一頻り贈ると今度は自分より下の存在を見て優越感を得ようとする。


 そうね、左から親と田舎に移って貧乏農家になって毎日クタクタになるまで働いているくたびれた女と、婚約してた筈の男に金を持ち逃げされた女。そして結婚はしたものの姑にいびられる毎日を送る女だもの。


 やっぱり何年も経った今でもアンタ達にとって私は何の罪悪感も抱かずに憂さ晴らしの玩具にできる存在なのね。

 

「もしブスなくせにドレスとか着物とか着て来たら?」

「やだぁ!似合わなーい!」

「笑えるぅー!」


 大丈夫よ。今の貴女達の方が笑えるから。無理して買って来たドレスも全然似合ってない。


「そろそろ開始の挨拶に行ってくるわね」


 金魚のフン達から離れて庭に設置された壇上へと上がる。今から行われることは執事やメイドに見られても問題無いよう対策済みだ。


 さあ、私だけのパーティを始めよう。


『皆さん、本日この場にお集まりいただき大変嬉しく思っています。この同窓会を開いた理由は他でもありません』


 挨拶から始まる言葉に魔力を込めていく。ここで大事となるのは私自身の話術だ。今まで自分達はどんな非道な行いをしてきたか信じ込ませるように、真実味を帯びながら演説を進める。


『……皆さん思い出してみてください。あの日あの時、何の罪も無い飯田久子という人間に何をしてきたか。貴方達は今すぐ贖罪をしなければなりません』

 

「あ……あ……」

「そうだ……俺はなんてことを……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 魔術は成功だ。みんな罪の意識の重さに耐えかねて顔面を蒼白にして頭を抱えている。さっきまで私をあんなに潮笑っていた金魚のフン達だって例外じゃない。


『貴方達に許された贖罪の方法はただ一つ。神の生贄となり、私が新たな知識を得られる手伝いをするのみです』


 そう演説を締め括ると全員一刻も早く生贄になろうと詰め寄る。私は一人残らず引き連れて地下の研究室へと案内してあげた。


 


 無事に儀式を終え、新たな知識を得た私は充足感に浸りながら会場に置かれていたグラスを取りゆっくりと傾ける。

 あれだけ賑やかだった庭には今は私一人だけで静かなものだ。でもこの静けさが最高に気持ち良い。あの頃の自分を傷付けた全て人間と、助けようともしなかった全ての人間がこの場で息をして話をしているだけでも虫唾が走っていたから。


 新しい知識は更に素晴らしいものだった。人間の血液を使用して複製した肉体を調整する方法は極めれば完璧な美さえ生み出せるものだった。シミやホクロを消し、体型を変えるのは勿論、容姿だってより高みへと目指すことができる。

 これならわざわざ選りすぐりの美貌の持ち主を探して誘拐してくる必要も無い。調整に時間はかかるだろうが、美を今より高められるのが現実的になっただけでも素晴らしい収穫だった。


 それに血液の提供者の宛てはある。死んで私から逃げたクラスメイトの身内を狙えば良い。身内の不始末は身内がするべきだし、本人ではないから一応命の保証はしてあげる。

 その代わりに子孫を作ってずっと連綿と贖罪をし続けるのだ。それが逃げた者への代償である。


 復讐から三日後、警察がやって来た。失踪した人間の何人かが事前に同窓会に出席すると周囲に伝えていたらしい。

 警察が来る可能性は見越していた。既に対策は打っていて、メイドも執事も「同窓会が終わった後は全員この屋敷を出た。二次会しに街へと行ったのかもしれないが詳しくは分からない」と答えられるよう記憶を書き換えている。


 この屋敷には遺体はおろか、血痕だって無い。遺体が見つからない以上警察は殺人事件ではなく失踪事件として扱うしかない。

 それでも何か感じるものがあったのか一人の刑事がこんなことを聞いてきた。


「貴女はなぜ同窓会を開いたのですか?しかも探偵を何人も雇ってクラス全員の居所を突き止めてまで」


 随分と深い部分まで踏み込んできている。探偵を使って探していたのも把握しているなんて随分と優秀なようだ。


「空襲でバラバラになったクラスメイトのその後が気になっていた理由もありますが、一番は意趣返しですわ」

「意趣返し?」


 訝しげに眉を顰める刑事に用意していた過去話を語る。

 

「私は子どもの頃からこの顔が自慢でした。ですから『将来は玉の輿に乗る』と周りに豪語していたんですよ」


 昌子は美人だが玉の輿に乗ると周りに話していたのは嘘だ。アイツなら言わなかっただけで野心があったとしても不思議ではないのだが。


「でも周りは『そんなのできっこない』だの『住む世界が違うから無理』だのと笑っていたんですよ。

 私はそんな声にも負けじと、終戦後はのし上がろうと頑張りました。速水家の養子になったのは運もありますが、間違いなく私自身の努力の結果です。同窓会はその答え合わせですわ」


 私は敢えて友人達が心配だからといった毒のない理由ではなく、毒だらけの事情を話す。

 人間は真実を信じる生き物ではなく信じたいと思ったものを信じる生き物だ。特に警察などという人を疑うのが仕事な人間には、純粋さよりも打算や毒を見せた方が丸め込めやすい。


「同窓会に集まった彼等を見た瞬間、私がクラスで一番の出世頭だと確信しました。誰よりも上等な服を着て、誰よりも大きな家に住み、パーティーを開く財力を持ち、絢爛さに呑まれることなくこうして堂々と立っている。

 あの日呆気に取られていた彼等に暗に言ってやったのですよ。『貴方達はこれまで何をしていたの?』と」


 開始の挨拶が始まる前から主役は私に決まっていた。魔術書を見つけるまでは日陰で蹲っていた何の力も持たないちっぽけな少女。ところが今や裕福な家に引き取られて大手企業のオーナーになっている。


 こんな未来を誰が予想していただろう、例え周りが私のことを久子ではなく昌子だと思っていたとしても私は努力して今の地位を手に入れたのだ。

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