第30話 前日譚 ─晶子④─

 思い立った私は直ぐに探偵に依頼し、親戚一家の住居や仕事先、普段何をしているのかを調べてもらった。

 従兄の進は独り立ちした後は自動車整備工場で働いていて、おじさんは残念ながら病弱が祟って亡くなってしまっていたが、おばさんは健在で缶詰工場に勤めていた。


 私は自家用車の点検を贔屓の店でなく進の働いている整備工場にした。進と晶子はクラスが違うが晶子に好意を寄せる生徒は他クラスにも多かった。偶然を装って工場に行けば向こうは必ず気付く筈だ。


「山口……?山口だろ!?覚えてるか?ほら、隣のクラスの!」

 

 思った通りこちらに気付いた進は顔を真っ赤にさせながら自分の顔を指さす。アンタも晶子のことが好きだったものね、虐めっ子だって知っておきながら。


「……?……あぁ!飯田君!すっかり大人っぽくなっちゃったわね!」


 思い出したフリをしていれば途端に破顔させる彼を滑稽に思う。自分以外さして興味を持たない晶子がアンタのことを覚えている筈がないのに。


「こんな所で小学校の同級生に会えるなんて思わなかった!良かったら仕事終わりで良いから食事でもする?」

「いっ!良いのか!?」


 露骨に鼻の下を伸ばす進に反吐が出そうになった。食事くらいでその先まで考えが飛躍しているのがバレバレだ。 碌な親に育てられなかった影響が如実に現れている。

 あの親だって当時の私の顔が少しでも人並みだったなら、容赦無く米と引き換えに農家に差し出していただろうから。


 吸魂を考えたがそれだけだと芸が無いし、ゲスで下半身で思考する汚らしい男の生気を取り込むなんてごめんこうむりたかった。

 それに最近読んでみた魔術書に丁度試してみたかったことも載っていたし、今回はそれで行こうと思っている。彼も親の死に目に会いたいでしょうし。


「ごめん、待った?」

「のんびりしていたから大丈夫よ。それに待つのも楽しかったし」


 心にも無い思わせぶりな台詞で大袈裟なほど挙動不審になる進の単純さに呆れるしかない。昔っから何一つ変わっていないのね。


「行きましょ」

「行くってどこに?」


 車に乗るよう促す私に疑問符を飛ばす進。エスコートするような仕草をしていたから店に案内するつもりだったんだろう。


「服屋に決まってるじゃない!そんな服じゃお店に入れないでしょ」

「お、おぉ、そうか」


 私とアンタの服の違いなんて一目見れば分かるだろうに、本当に馬鹿で鈍いったらありゃしない。こんな人間からの罵倒を唯々諾々と受け止めていた幼い頃の自分にも腹が立つ。

 車に乗り込んで運転手に「例の場所」へと指示を出す。まぁ行き場所は服屋ではないのだけれど。


「こんな所に服屋なんてあるのか……」


 着いた場所は人気のない暗い道で、不安になったのか頻りに辺りをキョロキョロと見渡す。

 その瞬間複数の男達が路地裏から押しかけ、進を羽交い絞めにすると滅茶苦茶に殴って気絶させた。


「車に血は付けないでね」

「分かってますって、抜かりありません」


 運転手が持ち込んでいた厚手の布を広げ、そこに気絶させた進を座らせる。

 運転手含んだ全ての男は私が雇った半グレの人間だった。そのまま地下の研究室まで運んで貰うと口止め料を含んだ金を支払って退散させる。


 進が座らされた椅子の向かい側にはぐったりとした様子のおばさんも座っている。最期は家族と一緒にしてあげるなんて、なんと自分は優しいんだろう。おじさんが死んでしまったのが残念だけど、あの世で何もできない無力な自分を悔やみながら見せつけてやるのも一興だ。

 

「ぐ……、何で俺縛られて…………。母さん?母さん!?母さん!起きてくれ!ちくしょう!誰がこんなことを!」

 

 暴行を受けたダメージがまだあるというのに随分元気だ。これならきっと神も喜んでくれるだろう。進の声におばさんも目が覚めたタイミングで姿を現す。


「山口!?お前なんでこんなことするんだ!?」

「貴方達に恨みがあるからに決まってるからじゃない」

「はぁ?」


 キョトンと何も心当たりがありませんな顔をする二人だが、さてはてこれからどんな反応をするのやら。


「う、恨みって俺達何にも……」

「貴方達の親戚の飯田久子のことを覚えてる?」


 どもりながら言い訳をする進の言葉を遮って問うが、二人共「それがどうした」という反応を返すだけだった。申し訳なさも後悔も微塵も抱いていない様子に頭が冷えていくような感覚がする。


「あのドブスがどうかしたよ?」

「そのドブスが今貴方達の目の前に居るじゃない」


 進はイマイチ分かっていないのか首を捻るばかりだが、おばさんは息子よりも察しが良いのかハッとしたような顔になる。


「まさか……整形……?」


 正確には彼女の体を乗っ取ったのだが、魔術を知らない人間が考えればそれが妥当であろう。ニンマリと笑みを深めると途端に進がガタガタと煩く椅子を鳴らして喚き出した。

 

「お前っ!俺達にこんなことしておいて!タダで済むとでも思っているのかよ!」

「育ててやったってのにこの恩知らずめ!今すぐ縄を解けぇ!」

 

 あらあら、私が久子だとわかった途端に強気になるんだから。こんな状況でも自分の方が立場が上だとよく信じ込めるわね。


「フフフ、しがない自動車整備会社の従業員と何か喚いているわ」

「調子に乗りやがって…………っ!」


 調子に乗ってるのはどっちだか。アンタ達はずっと私に対して調子に乗って威圧的な態度を取って身も心も支配していた。今もこんな分かりやすいほど力関係を見せてやったってのに、怯えるどころかかつてと同じことをすれば言うことを聞くとでも根拠もないのに信じ込んでいる。


 つくづく救いようがない。でもこんな救いようのない人間でも神は見捨てず役に立つ機会を与えてくれるのだ。

 

 私は彼等の言葉を無視して呪文を唱え始める。足元の魔法陣がほのかに光りギョッとした二人がギャアギャア騒ぐ。


「変な冗談は止めな!サッサと縄を解くんだよ!」

「こんなんで脅そうたって無駄だからな!痛い目に合わされたくなかったら縄を解け!」


 まったく、解放する馬鹿がどこに居るっていうのよ。


 呪文が完成に近づくにつれて魔法陣の光が強くなっていく。


「大丈夫。進みたいにどうしようもない人間でも、おばさんみたいにとうが立ってて綺麗でなくても役に立てることはあるんだよ」


 そして呪文が完成すると眠たそうな目の巨大なヒキガエルのような神が姿を現した。

 

「ギャァァアアアア!!」

「ヒィイッ!!化け物ぉ!!」


 ヤダなぁ神に化け物呼ばわりなんて。不興を買われたら役に立てないまま死んじゃうかもしれないのに。


「ツァトゥグァ様、この人間達を生贄に捧げます。どうか私めに知恵を御授けください」


 折角本物の神に出会えたのに発狂したのか、叫び声を上げて闇雲に逃げようとする。でもそんな活きの良いところを気に入ったのかツァトゥグァ様は二人を受け取ってくれた。


 その瞬間私の頭の中に未知の知識が入り込んでくる。不思議なことに明らかに高度な技術だというのにきちんと理解できるのだ。実際に再現するにはどうすれば良いのかまで何もかも。神が与えたもうた知識は素晴らしかった。


 それは自らの複製を作り出す技術であった。アメーバが分裂して自分の分身を作るように、自分の細胞を培養して自分そっくりの身体を作り出す方法であった。

 きっと人間の科学技術では確立させるのは何十年、何百年も先であろう。それを魔術的な補助を組み合わせることで、完全に生命力も身体能力もオリジナルと全く同じ複製を誰よりも先駆けて生み出す。


 これはまさしく私の欲しかった知識だ。若いうちに細胞を凍結保存しておけばいつでも自分の複製を作れる。つまり老いた時にあらかじめ保存しておいた若い時の細胞を使って若い自分を複製し、その肉体に精神転移を行えばずっと若く美しいままの自分でいられるのだ。


 新しい知識にすっかり舞い上がった私は食事も忘れてクローン作成に勤しんでいたのだが、ある時から行き詰まってしまった。

 確かに神が授けて下さった知識は素晴らしく、作ったクローンはどれも寸分足らず私と全く同じだった。そう、シミやホクロの数や位置まで何もかも。

 これでは駄目だ、私はもっと完璧な美しさを目指したい。その為にはシミもホクロも体形で気になる部分も許容してはならない。


 今度は複製した肉体を更に高める知識が必要だ。授けてもらうにはもう一度ツァトゥグァ様に生贄を捧げなければならない。それも沢山の人数の生贄を。


 その時パズルのピースがパチリとハマったような気がした。そうだ、あの時見て見ぬふりしたクラスメイト全員と担任を生贄にしよう。あの頃の私に助けを求めても無駄なんだと絶望と虚無感を与えた彼等に相応しい贖罪はこれしかない。

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