第24話
救助した御園さんは身体は女の言う通り傷一つ無かったが、その分精神は削られていた。恐らく攫われている最中ずっと悪夢などを見せられていたんだろう。
彼女は助け出された時点で精神的にかなり衰弱していて入院が必要だったが、退院後も定期的に通院すればトラウマ治療などで時間はかかるが日常生活には戻れるだろうと医者が話していた。
それを考えるとあのタイミングで救出して良かった。これでもし救出を翌日に持ち越していたらずっと病院から出られなかったかもしれない。
彼女の両親は俺達に託く感謝し、姿を消した犯人や捜査の進捗が芳しくない警察に憤っていた。犯人は俺達に殺されましたとはとても言えなかった。
倫理的には自首した方が良いのだろう。でも女の最期の言葉からするに、遺体はきっと髪の毛一本も見つからない可能性が高い。あの女はそれだけのことはする人間だ。
遺体が見つからなければ警察も持て余してしまう。それにあの事件は本当に一般常識が全く通用しないものだった。
馬鹿正直にカフェの防犯カメラから女を追いましたが、女の正体は男で、更に刺された時に自爆を選んだなんて荒唐無稽な話、警察に伝えたところで妄想だと一蹴されて終わりだろう。全てが瓦礫に塞がれてしまった今、現場に行っても証拠は見つからない可能性が高い
結局自分達の保身も含めて真相は闇の中にするしかなかった。仕方なかったのだ。自分達にだって生活も仕事も将来もある。
マスターには女には逃げられたが、御園さんは山中で置き去りにされたところを助け出したと説明しておいた。マスターは御園さんへの詫びと俺達へのお礼に、彼女が元気になったらご馳走を振舞うと約束してくれて、自分達の話を疑わない様子の彼に罪悪感を覚えた。
御園さん本人には落ち着いた頃にお見舞いに行った際に全てを話した。あの時逃げ遅れた被害者の一人が女の犠牲になっていたことにはショックを受けていたが、真相は黙ってままでいることを了承してくれた。警察からの事情聴取にも「気がついたら山の中に居て仲間が助けてくれた」と話したらしい。
当事者以外の人間には自分達は彼女を攫った犯人の顔を直接見ていない。心当たりもないと口裏を合わせ、真相はどこにも出さずに日常へと戻っていった。
御園さんの件については新聞にもネットニュースにも一切取り上げられず、自分にとってはこれまで当たり前のように信じてきたものや常識を覆されるような出来事に見舞われても、例えそれが元で破滅したとしても世間は何事も無かったかのように回るのだと感じさせられるものだった。
それでも下手にマスコミに嗅ぎつけられて、無いこと無いこと言われて日常生活に支障をきたすよりかはずっと良いのかもしれない。
事故とはいえ人を指してしまった斎藤さんはやはりその時のショックが大きく、何度も夢に見てしまって飛び起きることがあるようだ。しかし最近は御園さんと斎藤さんの支えで精神的に安定してきているらしい。
そして俺達は問題なし……とはならず、赤石さんと仲良く心療内科に通院している。
最初は通院する気なんて全く無かったのだ。確かにショッキングな場面には遭遇したけれど病院に行くほどではない。そう思っていたけどある日に赤石さんと話していて気が付いたのだ。あまりに自然と魔術を受け入れているというか、魔術前提の考え方をしていたことに。
魔術なんて一般社会で必要のない概念なんか持ち出して良い筈がない。
これが異常だと自覚しているうちに慌てて心療内科に通院することに決めた。お陰で知る前にはどうやっても戻れないが、身の回りで物事を見聞きした際に魔術を物事を考える頻度は減っていった。
そうして少しずつ日常に戻りつつあった俺だが、あの出来事は忘れたい反面、残された謎が気になって無意識のうちにこうやって考えてしまう。
例えば黒い手帳はなぜ飯田家から山口晶子の手に渡ったのか。あの歴代の当主の記録は何なのか。不明な家族構成。クローン作戦の技術はどこから得たのか。なぜクローンを作っていたのか。そして斎藤さんを始めとした血縁や御園さんに執着していた理由はなぜか。
その所為か最近ぼうっとしていることが増えたと仲間に指摘されてしまった。
「またあの時のこと考えてるの?」
稽古後、ファミレスで考えていると赤石さんが向かい側の席に座ってくる。こんな近くまで来るまで気が付かなかったほどに没頭していたみたいだ。
「はい。彼女達のこともあるから考えないようにはしているんですけど……。どうしても気になっていて……」
俺は気になっている謎を全て吐露する。
あの時のことは早く忘れたがっている彼女たちの手前、なるべく話題には出さないようにしているし、自分も早く忘れた方が良いのだとは思っている。しかし真相を掴めずにいることで胸に燻ぶるこのモヤモヤを上手く昇華できず、どうしても持て余してしまうのだ。
「まぁ、ボクもあの美人さんの謎加減は気になってるよ。秘密のある女性って魅力的ではあるけれど、あの人の場合は秘密が不穏過ぎて不気味の域だしねぇ」
赤石さんはラム肉の串焼きとハンバーグプレートを注文すると、視線を上げて考えるような素振りをする。
「んー……。手帳に関してはボクは例えば、飯田久子さんがあの魔術を使ってお金持ちの婚約者である山口晶子さんに成り代わった説を考えてるんだよね」
赤石さんの言う説を頭の中でシミュレートしてみる。確かに可能性は十分ありえる。飯田久子という上昇志向の強かった女性が、金持ちの男の婚約者である山口晶子という名の女性の存在を知る。そして晶子の身体を乗っ取って彼女に成り代わり、更に嫁いで速水晶子に名前が変わった。
それ以降久子の魔術は娘達へと受け継がれていく……。
「それもあるけど娘じゃなくてクローンを使っていたら?」
「え?」
「作成したクローンに乗り移り続けていたら、ずっと若い身体のままでいられるじゃない。スマホやパソコンに疎いのもさ、あの美人さんが本当はお婆ちゃんだったら理由がつくでしょ?」
俺はてっきりクローン技術は最近確立したものだと思っていた。そうか、ずっとクローンからクローンへと乗り移り続けたんだ。
だとしたらこの家が珍しく女が継ぐのも、襲名という形で同じ名前を名乗っていたのも、全ては自分が若い姿のままでいる為の辻褄合わせだったとしたら道理が通る。
家族の写真もそもそもが存在しないし、歴代の当主の記録も、記録というよりは自分用の設定メモなのかもしれない。襲名前の本名や誕生日を答えられなかったら怪しまれるから。
恐らく女はあの事件がなかったら数十年数百年と若さを保ちながら生きているつもりだったんだろう。擬似的な不老不死の確立。果たしてそれを人間と言えるかどうかは分からない。
「でも結局罪を犯した人間の血縁に拘る理由とか、御園さんに執着する理由とかは分からないままですよね」
色々とスッキリしたがこの二点についてはいまだに解けていない。罪とは一体何なのか。御園さんに執着していた理由はなぜなのか。美しさを取り戻す為に美人な御園さんの身体が欲しかったのは確かだろうが、執着の理由それだけではないような気がしている。
「そこはさ、分からなくても良いんじゃない?」
赤石さんの言葉にどういうことかと首を傾げていると、配膳ロボットが料理を持って席に来た。串焼きに手を付けた赤石さんが「いーい?」と言い聞かせるようにする。
「確かに気になっちゃうのは分かるけどさ。そこは美人さんの感情の領域かもしれないよ?そこまで理解しちゃったら君、あの美人さんと同じになっちゃうじゃない?」
彼のその言葉が胸にストンと落ちる。そうか、何もかも全部理解してしまったら女の思考が理解できるということなんだ。それは嫌だなぁ。
「そうですね。これ以上は止めておきます」
謎も解けてある程度は気が済んだのもあり、赤石さんの言う通りこれ以上考えるのは止めることにした。赤石さんもうんうんと満足そうに頷いてハンバーグプレートの攻略に取りかかる。
これ以降俺は残された謎について考えることもなくなり、この事件は決して忘れられないが日常の記憶に静かに埋もれていくのであった。
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