第23話

 腹の傷はどう見ても致命傷なのにそれでも動ける力はあるというのか。逃げるべきか救急車を呼ぶべきか、女がどう動くか分からず判断に迷ってしまった。

 

 誰もが女が動くたびに後ずさるばかりで動けずにいると、女は筒状の装置に手をつきながら歩き、水晶の傍まで寄るとナイフを大きく振りかざして水晶に思いきり突き刺した。瞬時にヒビが入り、ビシビシと広がっていく。

 

「醜い死体を晒すくらいなら、木っ端微塵まで吹っ飛んだ方がマシよ」

「ふせろ!!」


 赤石さんの鋭い声に反射的に御園さんを抱きしめるように庇いながら台の影に隠れる。みちるさんが両手で頭を庇ってしゃがみ、赤石さんが斎藤さんに覆いかぶさりながら伏せるのが見えた。

 その瞬間激しい爆発音とガラスが割れる音が片耳に大きく響く。自分達はともかくとしてこんな爆発の中、三人は無事なのか。とにかく運を天に任せるしかなかった。


 激しい音の後で痛いほどの静寂が訪れる。御園さんを抱えて立ち上がると真っ先に三人の姿を確認した。ガラスで切ったのか、みちるさんや赤石さんは腕や背中の数ヵ所に切り傷があったが、重傷を負っている様子はなさそうだった。

 

 良かった。みんな無事だった。しかし、今度は足元から伝わる地響きに崩落が始まったんだと瞬間的に冷や汗が流れる。このままうかうかしていたら全員生き埋めだ。


「アハハハハ!!みんな死んじゃえ!!アハハハハハ!!」

 

 女を見ると爆発をモロに受けたのか、大きなガラスの破片が身体のあちこちに刺さって痛々しい状態になっていた。刺さった場所からおびただしい量の血が出ていて、もう手遅れだと悟る。

 激しい痛みがある筈なのにそれでも俺達を吐き捨てるように女は嘲笑う。息をするのも苦しい筈なのに、この瞬間まで誰かを引きずり落とそうとする嘲笑はまるで呪いのようだった。


 女の思惑通りに死んでたまるか!俺の中の強い生への執着が負けるなと叱咤する。なにくそと脚に力を入れて「走って!早く!」と叫ぶ。みんな弾かれたように出口へと走り出す。


 時間が経つたびに揺れは段々と激しくなってゆく。先に女性達を行かせて赤石さんが移乗シートの持ち手の部分を握って俺達の脱出を手助けをしてくれた。


 廊下を走っている最中に一段と大きな揺れが来て、研究室が瓦礫で分断され見えなくなる。女の嗤い声も聞こえなくなった。転びそうになったみちるさんの腕をすぐ後ろで走る斎藤さんが支える。


「ありがとう!」

「あと少しで出口よ!」

 

 揺れで足元が益々おぼつかなくなる中、自分達は懸命に踏ん張って走った。先に出口に辿り着いた二人が、中途半端に開けられていたドアのフチに手をかけて力任せに開け放つ。

 もつれるように二人が出て次に赤石さんが、最後尾の俺が脱出したと同時に入口も全て瓦礫で埋まってしまった。


 俺達は入口だった所を振り返る。もうそこは何も無くなってしまった。未知の技術も御園さんのクローンも、彼女を攫った女も、何もかも全て無くなってしまった。


 

 俺達は無言で車を停めていた所まで戻って来た。鍛えているとはいえ脱力している人間を運ぶのは骨が折れた。来た道を照らして耳をすましてみるが、俺達以外誰も居なかったし女の嗤い声は全く聞こえてこなかった。


 終わった。全てが。そう思った瞬間ドッと今までの疲れが襲ってきて気が抜けばへたり込みそうになった。

 

 生きて脱出できたがまだまだ油断はできない。弱っている御園さんを運ぶために救急車を呼ばなければ。そして呼ぶにあたって状況を説明しなければならないが、はてさてどうしたものか。

 

 俺達は話し合った末、行方不明になった知人を心配してスマホの位置情報を辿ったら、山中に置き去りにされた彼女を発見した。犯人の姿は見ていないという事で口裏を合わせた。

 メンバーを代表して赤石さんが電話をかける。

 

「一昨日行方不明になっていた知人を見つけまして……。はい、スマホの位置情報を辿って……。怪我は見当たらないんですけれども大分弱っている状態でして……」


 御園さんの様子を見てみるが起きる気配はない。脱水症状を起こしているかもしれないから。早く治療させてあげたいのだが。


「場所はえっと……。A山なんですけどA山のどこかまではちょっと……」


 赤石さんが困った顔をして辺りを見渡す。街灯もない山の中ではわかりやすい目印になりそうなものは見当たらない。


「クソデカホイッスルを鳴らしておきます」

「あ、もしもし。めちゃくちゃデカい音が出る。ホイッスルを鳴らしておくんで、その音を頼りに来ていただければと……。はい」


 電話を終えた赤石さんが溜息を吐く。


「20分以内に着くって」


 20分か。すぐなのか遅いのか微妙な時間だ。俺は御園さんを抱え直した。


「……本当に終わったんでしょうか?」


 ボウッと救急車を待っていると斎藤さんがポツリと呟く。

 

「終わってくれなきゃ困るわよ……」


 それにみちるさんが愚痴っぽく返した。あの女はもう何でもあり過ぎて忘れた頃に目の前に現れそうな気がしてくる。絶対そんな展開遠慮したいけど。

 

 思い返してみればどれもこれも現実味が無さ過ぎて夢でも見ていたんじゃと錯覚しそうになる。しかし彼等の怪我と御園さんを抱えた重みが、全ては現実に起きたことだと語りかける。


 俺達はポツポツと思っていた事を吐き出す。二つの日記や男の人のこと。マスターは今頃どうしているのかなど。

 

 そうして過ごして、そろそろかとみんなに耳栓をするよう伝える。片方無くした自分はというと、赤石さんから予備の分をもらってホイッスルを鳴らし始めた。

 しばらく鳴らし続けていると遠くから赤いランプが見えてきた。試しに耳栓を外すと間違いない、救急車のサイレンが聞こえる。首にかけていたライトを外して振ると、他のみんなも同じことをする。


「お待たせしました!患者は!」

「こっちです!」


 救急隊員が移乗シートに包まっている御園さんをテキパキと担架に乗せる。その合間の彼等による脈拍や呼吸、の意識レベルの確認や呼びかけの声を聞きながらボンヤリと、やっと彼女を助けられたことを実感する。

 

 それぞれ応急処置を受けると、付き添いが必要とのことでみちるさんと斎藤さんが救急車に乗り、俺達は車で追いかける。赤石さんも病院に着き次第背中の傷の治療を受ける予定だ。


 赤石さんが眠気を眠気を飛ばすガムを一粒口に入れ、俺にもどうかとプラスチックの容器を差し出す。ありがたくいただいてガムを一つ放り込んだ。


 長い間張りつめていた緊張の糸が緩んだ所為か座った途端に眠気が襲って来る。寝落ち防止の為に二人であの時は本当に大変だっただの、生きた心地がしなかったの、頭に思い浮かんだことをそのまま口にしあう。

 

 今回の出来事はまさにジェットコースターのような展開の数々で、こうして穏やかに会話できているのが不思議なくりだった。

 車の窓から普段は見られない満天の星を眺めながら、長かった2日間がようやく終わったんだと取り戻した日常を胸に刻んだ。

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