第21話

 車は彼女のスマホがある山を目指す。ここまでほぼ休憩なしのノンストップで行動しているので、目的地まで交代で運転してその間に他の人は寝て休息する方法を取った。

 東京は狭いように見えて意外と広い。車をぶっ続けで飛ばしていたのに山に入る頃には日は暮れかけていた。


 後部座席で眠っていた女性陣を起こし、スマホと睨めっこをしながら運転している赤石さんの代わりにナビをする。目的地周辺に差し掛かったタイミングで邪魔にならない所で車は止まった。


「これ以上近づくとエンジン音で向こうに気付かれるかもしれない。ここからは歩くよ」


 赤石さんの言葉にそれぞれ必要な物を持ち出して徒歩で向かう。陽が沈んで暗くなった道を首にかけたライトで照らしながら転ばないように進んで行く。


「まず一番最初によねちゃんと呪文を唱えるから、もし唱えている最中に敵さんに気付かれたら邪魔しまくって。唱え終わったらこのハンドサイン出すから」


 赤石さんは親指を立てるサインを見せて二人が分かったと頷く。結局俺達は二人にも魔術の存在を伝えるかどうか話し合った末に伝えることにした。ただし、話すのは他人の身体を乗っ取る魔術だけである。

 彼女達に一番危険なこの魔術を警戒してもらう意図もあるが、突入計画を成功させる為にはどうしても知ってもらう必要があったのだ。

 乗っ取る魔術の効果を打ち消す呪文も万能ではない。至近距離で唱えなければならない制約がある以上、賑やかな場所でならともかくこんな山の中だと、どんなに小さな声で唱えても向こうに気配を悟られてしまう。


 そこで彼女等には呪文を唱える時間を稼ぐ役目を担ってもらうことにした。彼女達が前衛に出る形になるが、向こうが誰を狙うとするならば呪文を唱えている俺達の方だ。自分達が囮になるこの形が現状の最適解だと俺達は判断した。


 打ち明けるにあたって女があの時に逃げ遅れた中年の男性の身体を乗っ取り、何らかの方法で以前の姿を再現している可能性が高いことは事前に伝えておいた。

 もう助けられないと知った斎藤さんはショックを受けて泣いてしまったが、もう二度と彼の身体が都合良く使われないよう女の計画を止めようとお互い誓い合うことで、どうにか立ち直れたようだった。


「それで呪文を唱え終わったボク達がそのちゃんが運び出す準備をする。余裕があったら加勢に入るけどあまり期待しないで。とにかく攻撃の手を緩めないでね」

「はい」

「分かりました……」


 いよいよかとこちらも無意識にタブレットを持つ手に力が入る。


「みんな、この辺りです」


 とうとう目的地に着いた。辺りは緑が豊富な静かな場所で、明るければハイキングにふさわしい場所なのだろう。こんなところに敵の本拠地があるのかと思うと疑いそうになる。

 みんなで目印の地蔵様を探すと分かりやすい場所にあった。不審に思われないようあえて隠さずに置いているんだろう。その周辺を手触りで確認する。


 ……あった。操った人間の中に技術者でも居たのか、一見ただの山肌にしか見えないようにすごく巧妙にカモフラージュされている。しかし手触りが土ではあり得ないツルツルとした感触がしていた。

 

 手を滑らせると指がかかりそうな場所が見つかった。多分引き戸だ。

 俺は手を振って知らせる。みんなが集まる間にタブレットを少し離れた分かりやすい場所に置いてから、扉に戻って音を立てないようゆっくりと開けた。


 中を覗き込むと奥に光が見える。隠れられそうな所はないか探していると丁度全員が身を潜められそうな一画があった。


 みんなにライトの灯りを消すよう指示して自分のも消す。

 足音を立てないよう、慎重に歩く。左右にも廊下はあったが、チラリと確認すると寝室などの住居スペースだった。

 女から見て死角になる所まで進んで入口で待機しているみんなを手招きする。みちるさん、斎藤さん、赤石さんと続いて、全員なんとか気づかれずにここまで来れた。


 近づいたことで御園さんの苦しそうな声が聞こえる。顔だけ出して様子を伺うと、まさにSFのような空間が広がっていた。斎藤さんが話していたのと全く同じ筒型の装置が並び、中は未知の液体で満たされている。付け加えるとするならば前の研究室から運び出した物なのか、外装に比較的新しい傷が目立っていた。

 

 そして全ての装置の中には御園さんと瓜二つの上半身だけの人間が浮かんでいた。作りかけだが体形も本人そっくりに作成されているのか、一糸纏わぬ姿はどれも全く同じように思えた。

 女の人の裸をジロジロと凝視するもんじゃないのにその時の俺はこの異様な光景に呑まれかけていた。知り合いとそっくり同じ顔が何人もガラス越しに並んで、8個の無機質な瞳が遠くを見ている様子は恐ろしく不気味で目が離せない。

 

 不意に装置の中で液体が循環したのか顔の向きが変わり、その中の一人と目が合いそうになった。


(…………っ!)

 

 咄嗟に視線を逸らしてやり過ごす。装置の中の御園さんの何の感情も浮かばない、魂の無い抜け殻のような瞳なんてまともに見れば気が狂いそうになりそうだ。

 

 これ以上装置を見るのは危険だ。俺は別の場所の観察をすることにした。

 視線を部屋の中央に移すと、長方形の台には御園さんが服を着たまま寝かされていて、腕に繋げられた管によって血液を抜かれていた。貧血の所為なのか顔色が白く、普段は穏やかな顔を苦しそうに歪めていて、まるで悪夢でも見て魘されているかのようだった。

 みちるさんと斎藤さんの息を呑む音がすぐ近くで聞こえた。

 

 後ろで口元を両手で抑えて必死に声を押し殺しているみちるさんの腕に触れて「落ち着け」と伝える。みちるさんは俺と目を合わせるとコクコクと何度も頷く。

 更に後ろでは斎藤さんの背中を赤石さんが摩っていた。彼女は身体を縮こまらせて肩を大きく上下させている。動揺しているようだけど、みんなが居るお陰か衝動的に飛び出さない平静を保てているみたいだ。

 

 そして女は御園さんのすぐ傍で彼女を見下ろしていた。実際に目にした女は映像よりも更に美しく、一度会ったら忘れられないような絶世の美女だった。

 街を歩けば男女問わず誰もが振り向き、芸能スカウトは絶えず、モデルになれば一流の階段を駆け抜け、年月が経って老いても讃えられるような美しさだった。

 

 しかし苦しむ御園さんを眺めて悦に浸る顔は、美しいのに醜悪な印象を受けた。良かった、顔に惑わされずに済んで。俺は心の中でホッとする。念の為他の人も確認すると女の美貌に陶酔している様子はなかった。

 赤石さんが両手の人差し指で自分の耳を指して耳栓をするよう指示する。それぞれポケットから出した耳栓をしっかりと装着したのを確認すると、今度は俺に向けて指を三本立てた。

 

 二本、一本と指の数が減り、ゼロになった瞬間一緒に呪文を唱える。最初は俺達に見向きもせずに御園さんを見ていた女だったが、徐々に訝しげな顔になってとうとう口を動かしながらこちらを向いた。多分「誰!?」と叫んだのだろう。


 その瞬間、みちるさんが飛び出して催涙スプレーを女の顔を狙って噴射する。残念ながら狙いが外れて目に入らなかったが、代わりに吸い込んだのかゴホゴホと激しく咳き込む。

 こちらを見ようとした瞬間を狙って、今度は斎藤さんが俺が渡しておいたフラッシュライトを照射する。光をもろに食らった女が目を瞑って両手で覆う仕草をする。

 良いぞ!押せている!俺達は急いで間違えないように確実に呪文を続ける。


 回復した女は目を閉じたまま耳を頼りに何かの呪文を詠唱しようとする。すかさずみちるさんがスプレーを女の口元に放って詠唱を阻止した。


 彼女たちの戦いを見守りつつ呪文が完成した瞬間、カチリと何かが嵌るような感覚がした。実際に見えている訳ではないが、身体から伸びた鎖が女の魂を捕らえて離さないような、そんな映像が頭に思い浮かんだのだ。もうこの女は二度とこの身体から出られない。理屈では説明できない直観がそう告げる。


 赤石さんも同じ感覚がしたのだろう。前衛の二人に見えるよう親指を立てたポーズをする。それを見た二人の顔に「やった!」というような安堵の表情が広がった。


 しかし俺達が捕らえたと感じたということは、裏を返せば女にとっても囚われたと悟られるものだった。


 ビクリと女の動きが一瞬止まり、目を見開き口を戦慄かせる。みんな女の身に何が起きたのか、様子を窺おうとして攻撃の手を止めてしまった。

 マズいと思った時には遅かった。


 女の美しい顔がみるみるうちに耳まで真っ赤になり、眉を吊り上げ歯を剥き出しにして、まるで般若のような表情になる。

 女は何かを叫ぶとどこに携帯していたのか、ナイフを取り出すと高く掲げて振り下ろそうとした。刃先は台に寝かされている御園さんの方を向いている。


 斎藤さんがフラッシュライトを構えたのが見え、俺は咄嗟に顔を伏せて両腕で目を覆った。

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