第20話
「やっぱり人生何が起きるか分からないから、これからはガンガン自分の好きなものを発信していくか、パスコードを公演のタイトルにしようかな?」
「君が言うと冗談じゃなくなるのよ」
失礼な、冗談も一割くらいは入っているのに。
それはさておいて、同期している端末を探すアプリを開いてデバイスの一覧からスマホを選択する。するとスマホの現在地の地図がハッキリと映った。地図を縮小させていくとA山という名前が画面に表示される。
「A山だって早く行かなきゃ!」
「待ちなさい!」
急いで車に乗り込もうと踵を返す彼女達を赤石さんの鋭い一喝が止める。彼女達はビクリと肩を震わせて振り返り、自分も関係ないのに間近で一喝を浴びて心臓が跳ねた。
足を止めた二人に彼が諭すように言い聞かせる。
「良い?敵はかなり強力だよ?無闇に突っ込んで言ったらあっという間に反撃されて終わりだ。ボク達が居なくなったら誰がそのちゃんを助けてあげられるの?」
そんな言葉に二人ともハッとした顔になったが視線がまだ揺れている。多分赤石さんの言ってることも分かるが、早く助けたい気持ちと板挟みになっているんだろう。
「斎藤さんも昨日言ってましたよね?彼女は不思議な現象を起こすって。だったら貴女も分かる筈です。無策で敵う相手じゃないって」
俺達の説得で斎藤さんが肩を落とす。それを見たみちるさんも冷静になったのか、気まずそうにこちらに向き直った。
「そのちゃんを確実に、誰一人欠けることなく助け出す為にも準備は入念にしなきゃ。よく言うでしょ?準備で成功か失敗か分かれるって」
「でもどうやって……」
途方に暮れたような顔をする彼女達に赤石さんは頷く。
「ラッキーなことにあの美人さんの使う手段を知れたんだけどね、確かに彼女は科学で説明できない現状を起こせる。でも彼女自身は生物学的にはボク達と同じ人間に変わりない」
彼は自分自身や俺達を指差して更に続ける。
「だから人間にとって弱点になるもので攻めていったら良い。例えば胡椒をぶちまけてくしゃみが止まらないようにするとか、強い光で目を眩ませるとか。そういう人間の弱点を突いていって、とにかく不思議なことを起こせないよう邪魔しまくるんだ」
赤石さんのこの戦い方は理に適っていた。確かに彼女は様々な呪文を扱える。しかし裏を返せば呪文を唱えられないようにすれば自慢の魔術も発動できないということでもある。
彼女が魔術を使って自分達を翻弄するるもりなら、一般人には一般人なりの戦い方があるというのを見せつけてやれば良い。
「そうして邪魔していって男のボク達がそのちゃんを担ぎ上げてでも連れ出す。万全とは言えないかもしれないけど、何の対抗策も立てずに正面から突っ込むよりもずっと勝機はある筈だ」
「幸いこの家の近くにホームセンターもあるし、手分けして武器とか防具になりそうなものを探しましょう。あくまで銃刀法に違反しない範囲内で」
明確な武器じゃなくても、日用品で普段は人間相手にしちゃいけないことをすれば良いのだ。何も難しいことはないと説明すれば、彼女達の困り果てたような顔が徐々に勇ましいものへと変わっていく。
「成程、良い子はやっちゃダメだよみたいなことをバンバンやっていけば良いのね」
「そうですね、それなら何となくだけど思いつきそうです」
二人もやる気に満ち溢れてくれたところで、後始末をして御園さんのお母さんからタブレットを借りる許可を得ると、礼を言って家を後にする。
近所のホームセンターの駐車場に到着すると、赤石さんが各々武器や防具になりそうな物を買って一時間後に駐車場に集合と取り決めをして散会した。
「あ、よねちゃんちょっと待って」
赤石さんの声にどうしたのかと立ち止まると耳元に口を寄せられる。
「ボクは例の人を操る歌の対策に耳栓買ってくるから」
ヒソヒソと伝えられた言葉に頷いた。あの歌がどの程度強力かは未知数だが、もし聞こえることで効力を発揮するタイプなら耳栓は有効打になる筈だ。
店に入った俺は店内の看板を見回しながら準備するものを考える。女の魔術は大半は耳栓で防げるとして、問題は相手の生気を吸う魔術である。
あれは満月の夜でないと生気は吸えないが殺すこと自体は可能らしい。だからそれを使えないような状況に追い込まないと全員が危ない。
たしか対象を視界に入れて、更に自分の声が聞こえていないと呪文をかけられないみたいだから、どちらかもしくは両方を塞いでしまえば安全な筈だ。
そうなるとフラッシュライトとかになるか。あと目が眩んでても音や声で相手には大体の位置を把握されるから、聞こえないような状況に追い込めば更に安心かな。
あ!凄い!このホイッスル飛行機のエンジン音を同じくらいの音が出るんだって。これで一時的に相手の聴力を奪えるかな。赤石さんに良い耳栓を買ってくるようにお願いしなきゃ。
俺はライソで赤石さんに「生気吸う魔術対策に超うるさいホイッスル買うんで良い耳栓買ってきてください」とメッセージを送る。すぐに既読がついてOKと返事が来た。
他に必要なのは……。さすまたは狭い場所だと意味無いし、護衛対策を考えて防刃チョッキもあったら安心なんだけど……。流石に専門店じゃないと売ってないか。
暗いかもしれないから懐中電灯と……。首にかけるタイプのこれ丁度良いな。両手が開くしライトの部分が前を向くようになってる。
御園さんがこれまで飲まず食わずかもしれないから水は買うとして、自分達が万が一閉じ込められた場合の為に片手で食べられる食料もある程度必要かな。
バランス栄養食を二箱買って小分けしてポケットに入れてもらうとして、水は身軽さを重視して500mlを一本にしておこう。
水と食料、フラッシュライトと普通のライト、ホイッスルを購入して集合場所の駐車場に戻ると以外にも自分が一番乗りだった。しかし数分もしないうちにビニール袋を持った仲間達が続々と戻って来る。
「どうしたんですか、みちるさん?その荷物?」
彼女の荷物が心なしか大きくて思わず指摘すると「あぁ、これ?」と袋から何かを取り出した。
「まずネットランチャーね。これで敵の身動きを止めればありちゃん救出の際に時間稼ぎができると思って。あともし彼女が動けなかった時の為の移乗シート」
「え?何ですかそれ?便利そうですけど」
ジャンっ!と得意げに見せてきたのに興味をそそられる。どうやらこのシートは車椅子や寝たきりの人を楽に運べるように開発された介護用品らしく、なんとも心強そうなものだった。
いかに魔術を防ぐかと不測の事態に対する対策ばかりしてきたから、介護用品の発想は無かったしありがたい。動けない人を運ぶ道具は担架くらいしか思いつかなかったからこれは素直に嬉しかった。
早速開封して必然的に運び役になる赤石さんとで、使い方をあらかじめシミュレーションしておく。
「ええっと、ここに寝かせて……」
「ここが肩掛け用のベルトになってるから、こう持つと……」
うん、寝たきり用だからか首も安定しそうだ。
公演の時はセットの運搬や組み立ては男の仕事だ。その為俺達二人とも人並みの筋力はある。逃げ出す時は二人で担ぐ運び方を想定していたけどこれがあれば安心だ。
「すっごいねコレ!これは盲点だった!」
「みちるちゃんホント凄いよ。私なんて武器しか頭に無かった!」
赤石さんと斎藤さんからも手放しで褒められて「実は親が介護士でこういうの詳しいんだ」とみちるさんは照れ臭そうに返す。
「そうだ、私は催涙スプレー買ってきました。あと水ですね。ありさに飲ませようと思って」
斎藤さんはやはり女性にも簡単に扱えて遠距離攻撃が可能な催涙スプレーを選んだみたいだ。水に関しても彼女も買って来たなら一先ず安心だな。
「そうだ、私達にはダメージが無いよう人数分のゴーグルも買って来たんで渡しておきますね。防毒マスクも」
「ゴーグルはともかくとして防毒マスクも売ってたんですね」
「はい、意外と安くて助かりました」
予想外な防御グッズに驚きが隠せない。防刃ベストは無いけど防毒マスクはあるってところがなんだかピンポイントだ。
でもこれで催涙スプレーが噴射されてもこっちは思いっきり突っ込んでいけるようになった。
「えっと俺は万が一の為のバランス栄養食と、あっ、一人あたり個包装一つ渡しておくんでポケットに入れといてください。あと水と、首にかけられるライトと、敵対策にフラッシュライトと大音量のホイッスル買って来ました」
ラインナップを言いつつ栄養食の箱を開けてそれぞれに配る。更にライトも取り出すと人数分行き渡ったのを確認した。本当にホームセンターがあって今日は助かったな。
最後に赤石さんが全員に耳栓を配り始める。女性陣は受け取りつつも、何故このタイミングで耳栓なのか分からず頭に疑問符を浮かべていた。
「ボク達実はあの研究室で敵の使う手口を調べてたのよね」
「そんなことしてたんですか?」
言ってくれれば手伝ったのに、と不満そうにする彼女達に下手なことは言えず苦笑で返す。
「その結果、歌を聞かせた相手を意のままに操る能力があると判明してさ。なので合図があったらこれを付けてね」
コクリと頷く二人に満足そうな顔をした赤石さんは彼女達を車に乗るよう促す。俺も乗ろうとしたが、赤石さんに腕を引っ張られて止められる。
「よねちゃんにはコレも渡しておくね」
内緒話をするように渡されたのはボールペン……いやただのボールペンじゃない。よく見るとカメラと集音部が付いている。
ハッと顔を上げた俺に赤石さんは泣きそうなのを無理矢理抑えて笑っているような、そんな顔をしていた。
「もしボク達の身に何か起きても、これで録画していれば見つけてくれた誰かがボク達の身に起きたことを信じてくれるかなってさ……」
赤石さんは女に殺されるかもしれない予想を立てていた。そうまでして御園さんを助けようとしてくれているんだと思うと同時に、絶対に全員生きて帰りたいという想いが高まる。
「ま、念の為だよ、念の為!」
背中を叩いて車に乗るよう促す赤石さんの様子はいつも通りに見えたが、背中から感じる手だけはいつもと違っていた。
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