第19話
幼馴染の斎藤さんがインターホンを押すと、彼女の母親だろう女性が出て「あら友香ちゃん、どうしたの?」とハンカチを持つ手を降ろして不思議そうにする。
娘が居なくなってかなり憔悴しているのか、化粧をしている様子はなく初対面の自分でも分かるほど覇気が無かった。
「ごめんおばさん!ちょっとありさの部屋に上がらせてもらって良い!」
斎藤さんの勢いにお母さんは面食らいながらもブンブンと首を縦に振って道を譲る。さすが幼馴染、話が早い。
俺達も便乗して家に上がると斎藤さんの案内で彼女の部屋へと入る。本人の許可なく異性の部屋に入ってしまったけど今は仕方ない。全てが終わったら謝ろう。
そうして勇ましく入ったのは良いのだが、以外にも彼女の部屋は整理整頓されているとは言いづらかった。
床に物は置かれていないが本は机の端に積み上がっているし、机の上の本棚も一部テーマパークのお土産の缶やぬいぐるみなど、雑多な物が置かれていて全体的にごちゃっとしていた。
「タブレットは何処だ……!」
俺達はできるだけ荒らさないよう机の引き出しや棚を調べてタブレットを探す。薄いからもしかしたらどこかの隙間とかに入り込んでいるかもしれない。
「あった!あったよ!」
ベッドを捲ったみちるさんが中にあったタブレットを拾って俺達を呼ぶ。これで彼女の現在地が分かるかと思いきや今度はパスコードが行く手を阻んだ。
「嘘!?友香何か心当たりある!?」
「それは流石に分からないわよ!?誰かに教えちゃったらパスコードの意味ないもん!」
ごもっともだが2人に心当たりはないようで頭を抱える。パスコードの存在をすっかり忘れてた。せめてどのボタンを頻繁に押しているかだけでも判明すれば何とかなりそうなものだけど……。
ん?確か何処かのゲームで、指紋でパスコードを得る攻略情報があったような……?それだ!
「指紋!指紋でどのボタンを押しているか分かれば後は総当りでイけるんじゃないすか!?」
全員一斉に俺に注目して、一斉に自分のスマホで検索をかけだす。俺も「指紋採集 代用品」などで検索して素人でもできそうな指紋採集のやり方を探した。
「道具はどうするの!?アルミパウダーなんて何処に売ってるの!?」
「粉はアイシャドウとか小麦粉で代用できるそうです!多分アイシャドウの方が取れやすいかも!」
「ちょっと待っててアイシャドウ出すから!」
斎藤さんとみちるさんが化粧ポーチをひっくり返してアイシャドウを取り出て机の上に置く。
「ポンポンする奴は綿が付いた耳かきか刷毛でOKみたいです!新品のやつ用意した方が良さそうですね!あと幅の広い透明テープ!セロハンテープじゃ多分間に合わない!」
「ホームセンターで誰か買って来て!後うちらの指紋が付かないように軍手も!」
「おばさん!ピンセットって家にある!?」
途端に彼女の部屋の中が賑やかになり、俺達はドタバタと指紋採集の準備をし始める。
粉をはたく時に必要な新聞紙など、家から物を借りるのは斎藤さんの役目にして、準備や家に無い物の買い出しには手の空いた者が行った。
御園さんのお母さんはその様子に面食らいながらも、急に押しかけて来てしかも娘の部屋で煩くしてる俺達に、文句の1つも言わず静観の構えでいてくれた。
そうして採集の為の全ての準備が整った。床を汚さない新聞紙、指紋を付着させるアイシャドウ、アイシャドウをはたく用の刷毛、指紋を剥がす用のガムテープ。
指紋を取る役目はこの中で1番器用な自分が任命された。なんだか舞台に立つ時よりも緊張しているような気がする……。
キーボードが表示される場所に刷毛に含ませたアイシャドウを振りかける。軽く叩いて余分な粉を落とし、綺麗に落ちない部分は刷毛で誤って指紋の形を消さないよう慎重に落とす。
最後に幅の広い透明テープを空気が入らないように貼り付けてゆっくりと剥がす。
できた……。こんなの初めてで正直一か八かだったけど以外にくっきり指紋が取れている。勿論他に触っていた箇所の指紋も取れていたけど、パスコードの部分は特に触るからか何回も指紋が重なっていて案外ハッキリと目立っていた。
指紋の場所が分かりやすいよう斎藤さんが油性ペンで反対側のツルツルした面に印を付ける。あとはタブレットのキーボードを表示させた際に指紋の位置と照らし合わせれば、パスコード入力の際にどのキーを打っているのか分かる筈である。
パスコードのアルファベットの可能性が高い奴を左から順に書き出すと「a」「z」「w」「e」「r」「t」「g」「u」「m」「i」「k」「l」。
「l」が使われているから英語かもしくは他の言語が混じっているのは確実である。あとwが使われるのは日本語だと「わ」しかないからこれも英語の可能性が高い。
俺はメモ帳を広げて「w」と「l」を取り敢えず書き出す。母音が4つに対し子音はあと6つ残ってるから子音の残り2つは英語のアルファベット。同じアルファベットを2回以上使ってる可能性もあるけど一旦はそう仮定しておいた。
「「w」と「l」で何か思い浮かぶ単語ありませんか?」
「無茶言わんといて?よねちゃん英語できるんでしょ?何とかしてよ」
こっちこそ2文字で思い浮かぶ単語なんて山ほどある。ダメだ。使っているアルファベットが思ったより多くてパスコード特定は結構時間がかかりそうだ。
「何か思い入れのある奴にしてるかもしれないから取り敢えず今までの公演のタイトル名探してみない?もしかしたら引っかかる奴あるかもしれないし」
このままじゃ埒が明かないと、みちるさんの提案にそれもそうかとスマホのロック画面を解除する。
かのじょの思い入れと言っても急には思い浮かばないし、あれこれ悩んでいるよりも「w」と「l」が使われているタイトルを探した方がまだ建設的だ。
「ボクは古い動画から確認していくから、よねちゃんはSNSの宣伝を最新から確認していって」
「了解です」
バッグからタブレットを取り出した赤石さんの指示に俺は管理を任されている劇団の公式アカウントを表示させる。
うちの劇団では公演から1年以上経った物は、動画から新規流入を図る為にヨウチューブに上げている。赤石さんが今までにアップロードされている動画を古い順からチェックし、斎藤さんも覗き込む。
俺はアカウントの検索欄に「#公演宣伝」と検索をかけ、表示された一覧の最新から過去へと遡ってタイトル名を確認していく。
「これは「w」は使われてるけど「l」がない」
「こっちは両方あるけど……ダメだわ他の文字と合わない……」
そうして地道に見ていくと赤石さんが「もしかしてこれじゃない?」とタブレットを自分達に見せる。そこには「気まぐれワルツ」と題された動画が表示されていた。
「w」と「l」は使われている。他の文字ももしかしたらクリアしてるのかもしれない。俺はメモ帳を引き寄せて実際に書いて照らし合わせてみる。
確かに「waltz」の単語を抜き出すと他の文字は「kimgure」となる。「a」が2回使われているとするとパスコードはこれの可能性が高い。
試しに打ってみると見事ロック画面が解除された。
「開いた……!」
「やった!」
彼女のタブレットにはまごうこと無きホーム画面が映っていた。歓声が沸いて斎藤さんがガッツポーズをし、赤石さんが両拳を天へと突き上げる。興奮したみちるさんが俺の肩を掴んでガクガクと揺らした所為で、ちょっと気持ち悪くなった。
パスコードのロックを解除しただけなのにドッと体力と気力を使ったような気分だった。むしろこれからなのに。
「懐かしいなぁ。ありちゃんと初めて一緒に主演に抜擢されて、旅行に行くなら何処にするか、どんなルートで周るか、旅行パンフレットとにらめっこしながら毎日のように話し合ったっけ」
彼女のタブレット涙ぐみながら眺めていたみちるさんが愛おしそうに呟く。
「気まぐれワルツ」は偶然にも同じ日に恋人の浮気で別れた姉妹が、タイトル通り気まぐれに計画性のない傷心旅行に出かける話だ。みちるさんが姉で御園さんが妹役で、性格は違えど仲の良い姉妹だと分かる演技が好評だったっけ。
そっか。御園さんにとって演劇人生で一番思い入れが深かったのはコレだったのか。
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