第18話
屋敷が見えない所へと止めると赤石さんはマスターに電話をかけ、スピーカーをオンにする。
『もしもし』
「もしもし赤石です。お待たせしてしまってすみません。今そちら大丈夫ですか?」
数コールも経たずにマスターの声が聞こえた。赤石さんは外行きの声で電話の向こうと会話を交わす。
『大丈夫です。こっちこそ変なタイミングでお電話しちゃってすみません』
「いえいえ!全然大丈夫ですから!」
向こうには見えていないのに関わらず赤石さんは手を横に振る。マスターは声の感じだけだと少し疲れているように感じたが概ね元気そうだった。
「検査結果はどうでしたか?」
『検査は大丈夫でした。夕方には退院手続きをする予定です』
みちるさんの質問に「お陰様で」と返すマスターだが、魔術という未知のものをかけられた手前手放しで喜べない。
「旅行中の妻に何とか心配をかけないで済みそうです」と朗らかに話すマスターにホッと胸を撫で降ろす女性陣と対照的に、俺達は神妙な顔でお互い目を合わせた。
「今日は大事を取って休んだ方が良いですよ。またあの女性が来るかも分からないんで」
俺は身を乗り出して「ネットニュースを見ても逮捕されたような書き込みは無さそうですし」と念押しする。
再び魔術の影響下に陥ってそこに女が現れたらまた共犯者にされてしまうかもしれない。これ以上マスターが巻き込まれない為にも女の協力者を少しでも減らす為にも、彼には店をそのまま閉めてもらった方が都合が良かった。
常連さんが困るだろうしと渋るマスターを「向こうに顔を知られてるし」とか「また来ないとも限らないし」とか「逆恨みも怖いし」など、赤石さんと一緒になんとか説き伏せて、とりあえず翌朝までお店は閉めるという言葉を引き出すことに成功してホッと胸を撫で下ろす。
女性陣二人は「そうだよね」「今度は何されるか分からないし……」と囁き合っているが今は誤解させたままにしておこう。
「それで眠らせた御園さんを何処に連れて行ったか思い出したって本当ですか?」
マスターを大人しくさせられたところで赤石さんが本題に入る。
『はい、私はあの後自分の車に彼女とあの女性を乗せて国道を走ったんです』
しかしここで彼の声が非常に申し訳なさそうなものに変わる。
『それが思い出したといっても……向かった先が何処かの山なんですよ。一応車が通れる場所ではあるんですが……』
「山ですかぁ!?」
予想外の場所に明石さんが素っ頓狂な声を上げ、斎藤さんもみちるさんも目を見開いて「えっ!?」と言葉が漏れる。自分も叫びたいのを咄嗟に口を噤んで耐えた。
『カーナビじゃなくて女性の案内だったから山の名前も分からないし……。走らせていた時間からして恐らく都内だとは思うのですが……』
そんなと言いたかった。東京だって山は複数ある。山自体が広くてその中から女のアジトを探すだけでも苦労するのに、全部の山でそれを確認するなんて不可能だ。そうしている間にも身体を乗っ取られる危険性が高まるってのに。
せめて知り合いに警察が居れば無茶言って防犯カメラの映像を見せてもらえたかもしれないのに。何処の山に向かったかだけでもかなり大きい手がかりだ。
「お願いします。無理を承知で言ってるのは重々自覚してます。どうか何とか他にも思い出せませんか?」
『扉がある場所に目印としてお地蔵さんが置かれているのは見ましたが……。すみません、これ以上はどうにも……』
マスターの申し訳なさそうな声が聞こえる。
車が通れる道でお地蔵様がある場所に絞ったとしても、複数ある山から見つけるのは余程運が良くないと至難の業だ。
どうしよう、今度こそ完全に詰んだ。折角ここまで来たのに。結局自分は何もできないんだと全ての力が抜けていくのを感じる。
斎藤さんが顔を両手で覆ってすすり泣く声が車内に響く。マスターを責めることもできず嫌な沈黙が流れた。
「そっか……」
その時みちるさんが不意にポツリと呟く。その声は落胆や失望などの色ではなく、何か重要なことを思い出したかのようだった。
「何で今まで思いつかなかったんだろう……」
「ちょっ!一人で納得してないでボク達にも分かるように話して!」
一人で何かを察したような雰囲気のみちるさんに赤石さんが彼女の腕に触れて揺らす。何を思いついたんだろう。この状況を打破する方法なら早く教えてほしい。
「マスター!ありがとうございます!解決法が分かったんで失礼しますね!」
「え、ちょ」
みちるさんは元気良く言うと戸惑う赤石さんを無視して勝手に電話を切ってしまう。
「ホントに切っちゃったよ……」
少し責めるような独り言にも意にも介さず、みちるさんは外していたシートベルトを締め直して「分かったんです!ありちゃんの居場所を探す方法が!」と叫んだ。
「マジですか!?」
「説明はこれから話すから今はありちゃんの家まで急いで!」
みちるさんにせっつかれて慌てて赤石さんがシートベルトを締めてアクセルを踏む。俺達もあたふたしながら締め直した。
「それで方法って何なの!?」
「ありちゃん公演のポスターの作画担当してるからイラスト描き用にタブレットを持ってるのは知ってますよね?」
「私も知ってる!時々上手い構図が思い浮かばないって嘆いてから!」
赤石さんと俺も頷いて肯定する。
絵を描くのが趣味な御園さんはポスター作製の担当者の一人である。脚本の雰囲気的にイラストが合いそうな場合は御園さんが作成し、実写にしたい場合は俺が編集ソフトを使って作成している。
御園さんが作ったポスターを劇団のSNSアカウントにアップしているのは俺の役目である為、自前のタブレットでポスター用の絵を描いていることも知っている。
「そのタブレットにデフォルトで入っている他の端末を探すアプリを使えば彼女のスマホの位置が特定できます!」
「じゃあそれを使えば……!」
「はい!ありちゃんが何処に居るのかも分かります!」
成程!そういう探し方があったか!
再び見えてきた希望にあれだけお通夜のような空気だった車内に活力が甦り、赤石さんも斎藤さんも瞳に輝きが戻る。
かくいう自分もさっきまで全然力が入らない気持ちが綺麗さっぱり吹き飛び、興奮で心臓が高鳴るのを感じた。クーラーがかかっている筈なのに勝手に熱くなってドアポケットを握る手に無意識に力が籠る。
相手は今時メールもライソも使わない究極のアナログ人間だ。スマホの便利機能も知らずにそのままにしている可能性は十分高い。
女が住む高級住宅街と彼女が住む住所はそれなりに離れていて、電車を乗り継ぐよりも早いとは言え彼女の家に着くまでかなりじれったかった。
どうしてこんな時に限って赤信号になるのか。青になるまでが異様に長く感じられるのか。今だけは全ての車に道を譲ってほしい気分だった。
赤信号で止まるたびに早く青になれと念を送り、前で角を曲がろうとしている車に聞こえてもいないのに「早く早く!」と声をかけ、ハンドルを握る赤石さんと「急いで!」と「これでも制限速度ギリギリだから!」のやり取りを何度か繰り返してようやく俺達は彼女の家に着いた。
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