第17話
そして男の身体を乗っ取ってどうにか死から逃れた女だったが、この身体でいるのは我慢ならなかった。
それに魔術を知らない執事や家政婦に事情を説明したところで、屋敷に入れてもらえる訳もない。以前と変わりなく過ごす為にも何とかして元の身体に戻る必要があった。
そこで死んだ人間そっくりに姿を真似できる魔術を使ったのだ。
もしパーツを繋ぎ合わせても行使が可能なら、死んだクローンの中から無事な部分を一人分集めて儀式を行うのも不可能ではない。現にクローンの山の中から別の場所に集めるように引きずった跡があった。クローンで遺伝子的には同じ人間だからこそできた荒業であろう。
魔術の方法は呪文を唱えながら死体の肉を食べるというカニバリズムの極みで気分が悪いが、女の美への執着加減ならそのくらい平気でやってのけそうだ。
何より儀式に費やす日数分が、執事と家政婦が家主が帰って来ないと心配をしていた期間と一致している。
まさか二人も警察に相談している最中に主が地下で死体を食べていたなんて思いもしなかっただろう。
しかし、この魔術は一つ弱点がある。どんなに人や機械の目は誤魔化せても影だけは元の姿の形が移ってしまうそうだ。
これが赤石さんが防犯カメラで見つけた不自然な影の正体なんだろう。影の形と斎藤さんが話していた男の体形が酷似している。
男を疑ってしまって申し訳ない気持ちになる。家族が居たとしたら今頃必死になって探しているのだろう。血を摂るために女に攫われて、逃げられるかと思いきや身体を乗っ取られて。
……まてよ?だとしたら御園さんが危ないんじゃないか。彼女の邪魔をした中でなぜ御園さんだけを執拗に恨むのかは謎だが、彼女は美人だし年齢も20代だ。
もし女が代わりの身体を探しているとしたら、御園さんに成り代わろうとしている可能性は十分あり得る。
それに日記にも書いてあったじゃないか。「身体は傷一つ付けずに有効活用する」って。あの時は怪我を負っていないと安心していたが、乗っ取ろうとしている身体に傷は付けないとしたら意味合いが全く違ってくる。
ガバッと顔を上げて慌てて赤石さんに思ったことを話す。
「どうしよう……!もしかしてあの女って、御園さんの身体を乗っ取ろうとしてるんじゃ……!」
「えっ!……確かに、あり得る話かもしれない。っていうかその為にそのちゃんを攫ったんじゃ……」
俺達はどうしようどうしようとお互いに言い合うしかなかった。情けないが敵の狙いが分かったところで対抗手段が無ければどうしようもない。
なんせ女は魔術で他人の身体を自由に乗っ取れるのだ。阻止しようとして新しい本拠地に乗り込んでも、あの男性のように自分達の中の誰かが乗っ取られでもしたら?それで仲間の身体を人質にされたら?仲間を犠牲にしてでも捕まえる覚悟は持てるのか?
それに捕まえたら誘拐犯として名誉を傷付けられるのは仲間の方だ。いくら被害者である御園さんが内々に済まそうとしても、マスコミに嗅ぎつけられでもしたらきっとニュースに取り上げられるだろうし、ネットでも誹謗中傷がわんさか来るだろう。仲間の家族も傷付くし迷惑がかかるかもしれない。
女を捕まえる為に本当は無実の仲間を犯罪者として仕立て上げるなんて俺にはできない。きっと悔しいけれど見逃してしまうかもしれない。
それに運良く自分達は被害に遭わずに警察に突き出したとしても、今度は牢屋の中で精神転移を使われたら誰にも発見されない脱獄ができてしまう。
女は被疑者死亡として扱われ、女自身の精神は悠々と誰にも咎められずに刑務所の外に出られるのだ。そしてまた彼女や自分達に復讐しに動くのだろう。
正直いたちごっこでキリがない。しかもその手を使われたら次に会った時に向こうはどんな外見をしてるのか分からないのだ。
毎日通る道を行き交う人や仕事で会う人全員を警戒するなんて無理な話だし、彼女の両親に事情を説明して引きこもったとしても両親のうちのどちらかが乗っ取られるかもしれない。
乗っ取られていなくても歌などで操られたら、結局また彼女は誘拐される可能性があるのだ。
クソッ!こんなズルを使ってくるなんて聞いてない。実質チートじゃないか!
「ダメだ!いくら考えても魔術で切り抜けられる未来しか見えません!」
「探そう!他人の身体を乗っ取る手段があるならさ!元の体に戻す手段もあるかもしれないじゃん!」
学校の七不思議や都市伝説じゃあるまいし。敵の本拠地に解決法なんてわざわざご丁寧に保管してるとも思えない。
しかし魔術なんて全く未知な世界に触れたばかりの自分達には解決法を探す宛てなんてなくて、結局はその可能性に賭けるしかなかった。
俺達は本棚や机をしらみつぶしに探し始めた。さっき開けたキャビネットの引き出しも奥に何か入ってる物がないか、隠してる物がないかなど舐める勢いで調べ尽くす。
例えば一見本に見える物でも小物入れになっているとか、引き出しの中が二重底になってないかとか。本棚が実は動いたり開いたりしないだろうかとか。
「あっ、ここ開けられるぞ!」
得体のしれない物が入っている瓶を調べている最中、赤石さんの声に振り向くと壁に取り付けられているコンセントのフチに指をかけていた。
コンセントの左右から指で挟んでカバーを外す。するとコンセントが取り付けられている壁には穴が開いていて、中には黒い手帳が入っていた。
慎重に取り出してみると側面から見える紙は茶色に色褪せていて、表面の革にはシミや細かな傷があってかなり古い印象を受ける。赤石さんが試しに開いてみると開き癖もあって、よく使い込まれた感じがした。
誤って破かない為か、赤石さんは注意してそっと捲る。文字は縦書きでしかも漢字以外の部分はカタカナが使われていた。少なくとも戦時中かそれ以前に書かれた手記のようだ。
持ち主の名前を確認すると男の文字で「飯田正夫」と書かれていた。
この手帳の持ち主は速水家の人間じゃないのか?と思っていると、その下に鉛筆で子どもの文字で「飯田久子」の名前が書かれていて、更にその下には少し成長したであろう文字で「山口晶子」の名前があった。
飯田正夫から飯田久子に受け継がれたのは娘か孫娘に渡ったのだろうと理解できる。しかし更に山口晶子という縁もゆかりもなさそうな人間に渡った理由がイマイチよく分からない。文字の雰囲気は何処となく似ているが……。
いけない、今はそんなことを考えている場合じゃない。旧字体や妙に大きな「く」の文字も頻繁に使われていて読みにくい中、赤石さんとあれこれこう読むのではと話しながら読み読めていく。
飯田正夫の手帳にはあのノートの一部分が書かれていた。少しでも期待していただけに挫けそうになるが、赤石さんが「あれ?」と頻りに手触りを気にするような素振りをしだす。
「あれ?このページくっついてる……?」
まさかと思いよく見ると、一部のページだけ糊か何かでくっつけられていた。
「そっとよ、焦っちゃダメよ」
「分かってますって……」
赤石さんから手帳を受け取って、破れないように慎重にくっついている部分を少しずつ剥がす。幸い長い年月が経っていたお陰か接着力が弱まっていたようで、それほど時間をかけずに剥がすことができた。
くっついていたページにはまだ自分達が知らない魔術の記載があった。それはどのような手段を用いたとしても魂が永久的に今居る肉体から離れられなくなる魔術で、例えばこの魔術をかけた後に相手が精神転移を使ったとしても二度と効果は発動しないのだそうだ。
どんな危機的状況にも他人の身体を乗っ取って脱してしまえる女にとって、これはまさに天敵とも言える魔術だった。
「うわぁぁああああああああっ!赤石さん控えめに言って神っすよぉおおおおおおおお!」
「うぉぉおおおおおおお!前に脚本の関係で隠し金庫調べてたけど役に立つと思わなかったぁあああああああああ!」
やった!やったぞ!ようやく対抗手段が見つかった!これで女の魔術ももう怖くない!赤石さんにも感謝だ!コンセントは全くの盲点で彼が居なきゃ見つからなかった!俺達は互いに抱き合って跳ねて喜び合う。
呪文が載っている所を念の為スマホで写真を撮っておくと二人で顔を付き合わせて必死に覚える。女の本拠地に突入した時には画像を見返している余裕は無いかもしれない。その場合に備えて空で唱えられるようにはしておく必要があった。
ブツブツと何度も呟いて頭に入ったかなと思ったところで突然バイブ音が鳴る。その頃には対抗策が見つかった喜びですっかり緊張が緩んでいたのもあって、思いっきり肩を揺らしてしまった。
赤石さんが慌ててポケットからスマホを取り出すと画面を見て「マスターからだと」電話に出る。
「はい、もしもし……?」
バクバクと跳ね上がった心臓を落ち着かせていると「本当ですか!?」と興奮したような声が聞こえた。
「ちょっとだけ待ってください。今ボク達手が離せないんで一旦切りますね。5分後に折り返し電話しますから!」
赤石さんはそう言って電話を切ると俺を振り返って「マスターがそのちゃん連れて何処行ったのか思い出したって!」と朗報を伝えた。
対抗手段は分かったし後はずらかるだけだと俺達は急いで撤収作業を始める。
手帳やコンセントを元の場所に戻し、動かしていた書類も瓶もなるべく俺達が侵入する前の状態にしておく。
胃から戻した物を処理したゴミ袋も忘れずに手に持つと、階段を駆け上がって庭へと戻った。途端に鼻から入って来る清々しい空気に少し長く居過ぎたと自覚する。
「その袋って何ですか?」
「あ、コレは気にしなくて良いから」
斎藤さんが持っているゴミ袋を不思議そうに指差すが赤石さんと一緒にニコニコして何でもないよとアピールする。
「それよりも早く車に乗って乗って!マスターから連絡があってそのちゃんを何処に連れて行ったか記憶が戻ったみたいなんだよ!」
「えっ!本当ですか!?」
「だから早く!マスターには5分後に掛け直すって言っちゃったから!」
慌てて車に飛び乗るとシートベルトもそこそこに、ハンドルを握る赤石さんが車を走らせ二度目の探索を終えた。
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