第14話

 やっぱり考えたことは同じらしい。居なくなったタイミングが丁度良過ぎる。でもさっき思い浮かんだ矛盾も捨てきれない。


「でもあの女とグルだとすると御園さん達が暴れた時に女に加勢しないと矛盾するんですよ」


 懸念していたことを話すと赤石さんが頭をガシガシとかく。困った時の彼の癖だ。

 

「そこは白と黒とも言えないグレーゾーンなんだよねぇ。だから多分この部屋を探したらもしかしたらそれが分かるかもしれないと思ってね」


 「あくまで多分だけどさ」と付け加えながら彼はある一点を見る。そこは研究室の中でも本棚や机、何かの材料らしき得体のしれない物品を保管する棚が配置されたスペースだった。


 そうかそれでと合点がいく。もし男がグルだとしたらそこに何かしらのやり取りが残されているかもしれない。例えば手紙やメモとか。ここに引き返したのはこの話をする為だけじゃなくてグルの証拠を探す為でもあったのだ。


 もしその人が本当にグルだとすると、自分達は女だけじゃなくてその人も警戒しなければならない。繋がっている証拠が見つかるかもしれない以上、死体と隣り合わせの空間だろうと背に腹はかえられなかった。

 

 惨事が起こっている場所はなるべく意識しないようにして本棚や机を手分けして探っていく。

 彼女達が言うには屋敷にも書斎や図書室はあったらしいが、きっとそこには表に出せる物しかなくて本命はこの研究室に保管している筈だ。


 俺は最初に机から調べていくことにした。机の上は何も無いが、キャビネットの一番下の引き出しを開けるとファイルがびっしりと入っていた。


 開いてみると見たことのない、文字がどうかすらも分からない絵みたいなのや曲線だらけの文字が数ページにも渡って続いていた。なぜ文字と分かったのかは、一文字一文字にアルファベットとの比較も一緒に書かれていたからで、それがなければ文字だとすらも理解できなかった。

 

 ファイルにはそんな言語の資料や奇妙な植物のスケッチ、中央に瞳が書かれた歪な形の五芒星など、見ていると妙に気力が持ってかれる上に頭が重く、理由のない不安や焦燥感が搔き立てられるものばかり書かれていた。

 まともに読もうとすれば疲弊していく一方だと、日本語で書かれていないページは思い切って読み飛ばすことにした。大事なのは行方不明になった男が女とグルであるかどうかの証拠である。

 

 全てのファイルに目を通し中央の引き出しを開けると保管してあった手紙を見つけた。試しに住所を検索してみたが、存在しない住所だったので差出人に書かれている会社名も偽名だろう。

 広げて読むとこんなことが書いてあった。


『ご機嫌いかがでしょうか。最近商品の注文が無く一同寂しくしております。頻繁にご購入してくださる貴女のようなお客様との関係は今後とも大事にしていきたい所存です。貴女様好みの商品はいつでも揃えておりますので、またのご連絡をお待ちしております。』


 これは店への足が遠のいた客向けの手紙だろうか。偽の住所や会社名を使っている時点で絶対碌な店じゃない。もしかして女は裏社会とも関りがあったんだろうか。

 他は無記名の小切手の束や何かの明細書があった。商品名はどれも聞いたことが無い物ばかりだが、その中に理解できる、理解できてしまったものも混じっていた。


 それには商品の年齢や性別、健康状態、そして金額などが記載されていた。それが数人分。もしかしてこれは人身売買の明細書だろうか。


 こんなのは映画やドラマやゲームなどの、創作の世界だけだと思っていた。だけどこうして現実に人身売買が行われているという証拠がある。しかも買い手の姿はいかにもヤクザやマフィアのような外見をしているんじゃなくて、黙っていればスーパーモデルかと思うような美女だ。


 もし何気なくすれ違っているだけの人が実は裏社会と繋がっていたら。自分達が居る一般社会と裏社会はぶ厚い壁で隔てられているんじゃなくて、頼りない薄皮一枚だけで仕切られているんじゃないかと考えてしまいそうだった。


 一体こんなに人を買って何をしていたんだろうか。安直に思いつくのは恐ろしい人体実験とかだけど、こういうのは創作だから楽しめるのであって現実だと腹がズンと重くなり気を張らねば足が竦みそうになる。

 自分達は他人を平気で踏みにじれる人間の根城に居るということを改めて自覚する。

 

 すっかり喉がカラカラになって、かといって水を飲む気にもなれず、上の引き出しを開ける。その中に奇妙なメモがあった。

 

『速水晶子 昭和9年8月9日生』

『速水京子 昭和27年10月15日生』

『牧野由美子 昭和44年5月2日生 昭和62年9月12日襲名』

『速水舞 平成2年7月21日生 平成19年9月12日襲名』

 

 これは歴代のこの家の主の記録だろうか。記述からして戦前から始まって初代の名は晶子。二代目の京子から家と同時に名も継いでいると。

 苗字が違う人間が一人混じっているが、襲名したということは恐らく親戚から養子でももらったんだろうか。

 

 最新の記述を見てみると「速水舞」の生まれた年は平成二年。西暦にすると1990年で現在は34歳。家政婦の日記にあった女の年齢と丁度一致している。

 

 ようやく敵の本名が知ることができた。今は京子を名乗っている女の元の名前は「速水舞」。何らかの目的で人身売買をしていてかなりオカルトに傾倒している。

 人を買ったのも倫理の外れたオカルトにありがちな、呪いや生贄の儀式に必要だったからかもしれない。


 徐々に女の核心に迫っている手応えを覚えていると、隣から何かが飛んで来て机にバサリと落ちる。それと同時に「ウェッ!」という声が聞こえた。


 驚いて声のした方を振り返ると、赤石さんが本棚に片手をついて背中を丸めて嘔いていた。苦しそうに咳をするたびに胃液がびちゃびちゃと床に落ちる音がする。


「赤石さん!どうしました!」


 慌てて声をかけるが返事をする余裕がないようで、首を横に振ると本棚についていた手を離して机の方を指差す。

 見ろということだろうか。机の上には今さっきまで無かったノートが無造作に置かれていた。多分これを読んだんだろう、俺は覚悟を決めて恐る恐るページを開いた。

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