第12話
ファミレスから出た俺達は再び来た道を戻る。後部座席に座る彼女達は気を張ってはいるがまだまだ元気なのだが、俺達二人はお通夜みたいな雰囲気だった。
あの狂気の女が住んでいて、かつ殺人現場(仮)に戻るのは精神的にキツい。でもだからといって嫌がって御園さんを助けられる術を見逃すのは痛いし、本当は心底戻りたくないけど戻るしか選択肢は残されていなかった。
あぁ屋敷の屋根が見えて来た。何か心の拠り所がほしいと俺はヨウチューブで一番再生数の多かったゲーム実況動画のスクショを撮って待ち受けにする。これが今の自分の心の拠り所だ。
趣味ともしかしたらワンチャン収益にならないかなという下心で始めた海外ゲームの実況だけど、中々自分の性に合っていたしあの時は嬉しかった。
30分毎に再生数を確かめてはニヤニヤしてたし、それから視聴者が増えたような気がする。
楽しい思い出に浸ってどうにか逃げ出したい気持ちを押し殺していると、とうとうや死に気に着いてしまった。
本当に車から出なきゃいけないのかな?今からでも遅くはないから引き返せないかな?なんて現実逃避をしているうちに女性陣が勇ましく車から降りてしまい退路は断たれる。
渋々降りると、先に降りていた斎藤さんが「待っててくださいね」と庭で地下への入り口を探しているのを鬱々とした気持ちで見守る。
「ねぇねぇよねちゃん、さっき何してたの?」
「心の拠り所にとヨウチューブで再生回数の多かった動画のスクショを待ち受けにしました」
「何それ天才、僕もやるわ」
赤石さんが操作するスマホを横目で覗くと多分本人の好きなパチスロ台の画像を待ち受けにしていた。やはり赤石さんはここでもブレない。
みちるさんの「何やってんだ?」という視線が痛かったが、今は二人ともなりふり構ったいられなかった。
「確かこの辺りに…………あった!ありましたよ皆さん!」
足で芝生を搔き分けていた斎藤さんが何かを見つけたのかしゃがみ込む。両手で地面を掴んだと思うと「よい……しょっ」と力を込めて立ち上がった。すると蓋のような物が地面から持ち上がった。
地下への入り口らしき物が見当たらないなと思っていたけど、こんなものが隠されていたなんて。ホラーゲームでありがちな展開を網羅しつつあるように思える。
短い現実逃避だったなと後ろ髪を引かれながら俺達は入り口を覗き込む。コンクリートの下り階段が続いていていかにもという雰囲気に自然と唾を飲み込む。ホラーゲームの地下とは違い、中は照明が点いていて明るかったのが逆に不安を掻き立てられた。
「ふうちゃんは人が来ないか見張ってて。もし人が来たら電話して、バイブ設定にしておくから」
「分かりました。ついでに足止めできそうならやってみます」
赤石さんに指示されたみちるさんは頷いて直ぐに駆け付けられる場所へと離れる。
覚悟を決めて赤石さんを先頭に真ん中に俺、一番後ろに斎藤さんの順で階段を降りる。カツンカツンと足音が響いて、まだ何も起きていないのに心臓が口から出そうなほどバクバクした。こんなんじゃいざ何か起きた時に腰を抜かしてしまうかもしれない。
階段は決してそれほど長くはなかったかもしれない。でもその時の自分には延々と続いているような気がして一歩一歩が鉛のように重かった。
しかも階段の途中から地下室へと近づくにつれて嫌な臭いが鼻を刺激してくる。嗅いだことがあるような、ないようなそんな臭い。この先の光景が全く想像できなくて夏の暑さとは違う汗が背筋を流れた。
何度も何度も後ろに居る斎藤さんがちゃんと着いて来てるか確認してとうとう本人に「前向いてください」と注意されてしまう。
自分にとってはやっとという心地で階段を降りきり地下の研究室へと到着する。嫌な臭いは一層強くなりようやく臭いの正体を掴めた。生ゴミと言うより肉が腐った臭いだ。
研究室の照明は一部が完全に壊れていて、斎藤さんが話していた爆発の勢いを物語っている。しかし爆発の中心地から離れている所の照明が生きていたお陰で、少し薄暗いが文字を読む分には困らなかった。
「まったく酷い臭いだねこりゃ……」
赤石さんが鼻を摘まみながら愚痴を零す。こんな臭いじゃ修復よりもいっそ放棄して新しい場所を選んだ方が確かに効率的ではある。マトモじゃなくても匂いに関する感覚は一緒か。
さて、斎藤さんはこの場所で一体何を確かめたいんだろう。そう思っていると彼女が動かされた後のある場所へと足を向ける。そこにはちょうど人一人が横になれるくらいの痕跡があった。
「今は無くなってるけど、あの時多分私はここにあった台の上に寝かされていたんです。そこに大きな水晶玉があって、向こうにもいくつか台があって……」
彼女は当時の記憶をなぞるように痕跡のあった場所をゆっくりと進む。俺達も彼女について行く。背中を向けている彼女がどんな顔をしているのかこちらでは窺え知れない。
「そしてこの辺りで爆発が起きて……」
それは普通に生きていたら見られない、いや、見なくても良い光景だった。そこは端的に言って地獄のような光景だった。
天井らしき板の下敷きになっている腐った元は人間だったもの。恐らくこの遺体が以前斎藤さんを攫った女なんだろう。
他にもガラスが何枚も突き刺さった恐らく腕の部分、焦げた臭いのする脚の部分、脳漿が飛び散ったであろう頭の部分、そういった爆発でズタズタのグチャグチャになった肉の塊が点在していて、おびただしい量の血とそれによる鉄臭さで吐き気がしそうだった。
完全に腐りきっていない顔の面影は全てコピーしたかのように同じで、この肉塊は爆発による衝撃で身体がちぎれたクローンだと分かった。
肉塊からところどころ引きずって一ヵ所に集めたような跡があったが、そこにはなぜか血以外に何も無かった。
ふと以前に聞いたタンクローリーの爆発事故のニュースを思い出した。
テロップと共にアナウンサーは淡々と死傷者の人数を述べていたが、現場の爆発の中心部の状況はきっとこんな感じなんだろう。血と鉄と焦げ臭さと、人間の形を保てているかも難しいような、そんな光景。
こんなの地獄だってもう少しマシな筈だ。口の中に広がる酸っぱさに必死で気付かないフリをする。手は冷たいのに脂汗が吹き出て止まらなかった。
俺達は耐えきれずに目を背けたのに斎藤さんは違った。彼女も顔は真っ青で両手で口元を抑えている。肩が震えているのにそれでも腐敗が進んで判別がつきにくくなっている肉塊に近づいた。
「斎藤さん!もう良いから!」
「…………………………」
これ以上は見ていられなくて俺は彼女の両肩を掴んでを止めようとした。しかし何がそうさせるのか、肉塊の観察を止めようとしないでいる。
「………………居ない。居ないんです……」
「……え?」
もう力付くで離れさせようと赤石さんと目を合わせたその時、彼女がポツリと呟いた。彼女は俺達の声が耳に入っていないのか、肉塊から離れたは良いが部屋のあちこちを調べ出した。
俺は訳が分からず赤石さんへと顔を向ける。彼も眉を下げて途方に暮れた様子で自分の目を見詰め返した。彼女が誰を探しているのか、何を確かめたいのか聞かされていない俺達にはどうしようもない。彼女を観察するが瞳にはちゃんと意思があるし、少なくとも動きは正気を保っているように見える。
「どうしよう。ここにも居ない…………」
一通り調べ終えた斎藤さんが肩を落として震えるような声で呟いた。やつれているように見えるのはあの惨状を目撃したからだけじゃないような気がする。
「そろそろボク達にも教えてください。斎藤さんは誰を探しているんですか?それに確かめたいことって何ですか?」
赤石さんが舞台の本番に立っている時くらいにしか見せない真剣な表情で立ち止った斎藤さんに尋ねる。その声は高くもなく低くもなくあくまで至極冷静で、彼女を怖がらせないようにゆっくりと言い聞かせていた。
斎藤さんのこの様子ではまるでこの場所にもう一人居るかのようだ。ここには三人しか居ない筈なのに。
その声にようやく彼女はのろのろと緩慢な動きで伏せていた頭を上げて、俺達と目を合わせる。
「すみません……、実はあの時この部屋に居た筈のもう一人を探していたんです」
「居た筈のもう一人?」
オウム返しをすると彼女がコクリと頷く。昨日の話では全員脱出できた筈じゃなかったのか。
「昨日誘拐された時のことをお話した時、途中で過呼吸になって話せなかったけど……。当時の被害者の中で一人、この部屋から脱出できなかった人が居るんです」
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