第11話

『どうしよう、お嬢様がいつものようにどこかへ出かけたきり帰って来ない。いつもならふらりと出かけたとしても夕飯頃には帰って来るのに。

 用事が長引いているだけなのか何か起きたのか。こんな時スマホを持ってくれていたら。』


『警察に捜索届けを出した後、お嬢様は帰って来た。安心したけど今度はお嬢様が凄く荒れていた。

 何があったのか分からないけど、食事もいらないと言ってずっと自室に籠って暴れ周っている。一応食事を部屋の前まで運んだけど、余計なお世話だと置き時計を投げられた。運が良いことに当たらなかったけどあんなお嬢様は初めてで怖かった。

 何かが壊れる音がずっと止まない。怖い。』


 もしやと日付を見ると、女の日記の狂気の書き込みの二日前から当日にかけてのものだった。ここからを注意深く読み進めていく。


 『クッションや枕やシーツがいくつもボロボロになってそのたびに買い替えている。あんなお嬢様を見るのは黒木さんも初めてでどうしたら良いのか分からない。殆ど食事に手を付けていないのに何故だか全然痩せないのが不思議だけど、絶対身体に良くないに決まっている。

 今は黒木さんの言う通り、自分のやるべきことに集中しようと思う。とにかく少しでも食べてもらえるようにしなくちゃ。

 それにお嬢様はずっと誰かのことを許さないと言っていた。その人と何があったんだろう。』

 

『やっとお嬢様が落ち着いて来た。食事もしっかり召し上がるようになって黒木さんもホッとしている。いつものお嬢様が戻って来て安心した。』


『最近のお嬢様はずっと忙しそうにしている。頻繁に外に出かけてて黒木さんもスケジュール把握が大変そうだ。それでもきっちり仕事をこなすのが黒木さんだけれども。』


 日付は女が落ち着いて来て御園さんを攫う準備をしていた時期と一致していた。この感じを見るに家政婦や執事は本当に女が今まで裏でやってきたこととは無関係だし何も知らなかったらしい。


『なんだかお嬢様の様子が変だ。いつもの調子に戻ったと思ったらそうじゃなかった。

 ここ最近の行動は全部一つの目的の為のものであって、前に言っていたお嬢様が許せない誰かに何かしようとしているんじゃないかって予感がする。相談したら黒木さんも同じことを思っていたみたいで、何かあったらお嬢様を止めようと誓った。』


 日記はここで終わっていた。恐らくこの後に解雇されたんだろう。


 女について益々疑問が深まる。男を信用しておらず、独身を貫いているのは良しとして他が気になる。

 見た目は若いのにスマホもパソコンも持っておらず、普段の行動も謎に包まれている。珍しく女が当主となる家柄のようだが家族構成も不明。

 

 そして一番気になるのは一時期屋敷に帰って来なかった日があるということである。その後はとても荒れていた様子からして、この日に斎藤さんが救出されたのはほぼ間違いはないが、彼女達が脱出した後で何があったのか。

 何らかの方法で生きながらえたとして、なぜ屋敷に帰らなかったのか。もしくは帰れない理由があったのか。


「ねぇ、家政婦や執事の部屋って物があった?それもと空っぽだった?」


 不意に赤石さんがこんなことを二人に聞き出す。二人は日記を読んでいる影響から若干顔色は悪いものの、ファミレスにいるお陰である程度平静は保てていた。


「いえ、物はありました。だから私達、最初は家の人が家政婦さんと執事さんを連れて出かけたんだなと思ったんですけど」


 それを聞いて腹の底が冷えていくような気がした。俺はてっきり二人は解雇されたものだと思っていた。赤石さんが聞いてくれなければちっとも気付けなかった。

 斎藤さんは二人の部屋は物があったと言っていた。突然解雇したなら荷物は外に出す筈だ。その結果当然家政婦と執事の部屋には物が無くなる。

 

 もし身一つで追い出したとしても日記には「処分」なんて言葉は使わずに「追い出した」と書きそうなものだ。あくまで自分の主観でしかないが。


 しかし解雇なんて生易しいものじゃなくて、あの日記の文字通り本当に「処分」されていたんだとしたら……。

 

 それに向こうの日記には「あと数日で満月になる」と書かれていた。なぜわざわざ満月の日に?その方があの女にとって都合が良いから?一体何の都合だ?

 考えれば考えるほど二人は殺されてしまったのでは?という考えに行き着いてしまう。そんなことは無いと否定したくても否定できる材料が希望的観測しかない。


 折角ファミレスに入ってメンタルは回復しかけたのに再び最悪な気分に逆戻りしてしまった。


「なにこの女……気持ちわる…………」

「何かこう……なんて言ったら良いのか分からないんですけど、気持ち悪いですね……」

 

 日記を全部読み終えたのかみちるさんが鳥肌を擦りながらスマホを返し、斎藤さんが気持ち悪さを押し流そうとしているのかジュースを一気飲みする。

 幸い二人とも女の狂気の方に目が向いていて、そこで働いていた二人が至った可能性については気付いていないみたいだ。


 今はそうしておいた方が良いのかもしれない。視線を感じて目だけで赤石さんと視線を合わせると、彼の目が「二人に話すのは保留にしておこう」と言っていた。俺も視線だけで「そうですね」と同意して口を閉じて貝になる。


 俺も赤石さんも正直あの屋敷にはもう行きたくなかった。でも何か考え込んだ様子の斎藤さんが突然「日記にあった地下の研究室に行きたい」と言い出したのだ。


「え?待って?また行くの?あそこに?ボク達気持ち的にちょっと限界なんだけど」

「本当に行くんですか?きっとって言うか絶対気分悪くなる場所ですよ?」


 俺達は止めようとするも「どうしても確かめたいことがあるんです。お願いします」と頭を下げられてはどうしようもない。今は少しでも多く手掛かりを集めるべきだと正論パンチを喰らって反対意見は却下されてしまった。


 結局俺達は再びあの屋敷へと戻ることになるのだった。

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