第10話
あの屋敷からそれなりに離れたファミレスの駐車場に車を停める。自動ドアをくぐると愛想の良い店員に出迎えられて案内された席へと着く。
今はすっかりお昼時で昼食を食べているサラリーマンやおしゃべりに花を咲かせている主婦、パフェに舌鼓を打っている大学生らしきカップルなどがいて、見ていて凄く平和という気がした。
それを見ていると胸のあたりにつかえていた気持ち悪さがスゥッと和らいでいくのを感じる。ようやく安心できて俺も赤石さんも深い溜息を吐いた。誰かのごく普通の会話が耳に心地良くて、車の中じゃなくてファミレスで情報共有しようと提案したのは間違いじゃなかったと悟る。
やっぱりあの日記を見た後だと普段の何気ない光景で心が癒される。学校の課題とか恋愛相談とか誰かの噂話とか、そういった他愛ない日常の雰囲気のお陰でゴリゴリを削れたメンタルが回復していくのが自分でも分かった。
ご飯は食べられそうにないが、普通に会話できるまでに休まったところでドリンクバーでカルピスソーダを選ぶ。メンタルの充電中に女子達を先に行かせていたので彼女達は既に自分の飲み物を持って待っている。
女性陣と離れた隙に赤石さんと話し合って、あの日記については今なら大丈夫かもしれないとここで見せることを決めた。ここなら屋敷から離れているし、人で賑わっているお陰で俺達の時よりも受けるショックは和らぐはずだ。
本当は恐怖を覚えるものは一切遠ざけた方が良いのだろうけど、ある程度は情報共有もしておかないと、向こうからすれば何も分からないまま事態が動いていることになってしまう。それもまた不安かもしれない。
見る前に覚悟をするよう言っておけば倒れたりはしないだろう。話し合いを終えた俺達は飲み物を持って席に戻った。
メニューを開いて料理やデザートを選ぼうとする彼女達を制して、まずは先にこれを見てほしいと、あらかじめ写真アプリを開いたスマホを差し出す。
万が一、胃の中に食べ物が入った状態で見てしまって出してしまう危険を防ぐ為である。
みちるさんもスマホを取り出して、向かいの席に座っている俺が受け取る。その際に念押しした。
「凄いショッキングなことが書かれているから心して読んでくださいね」
忠告を聞いた二人が少し顔を強張らせて頷いたのを確認してから自分達も家政婦の日記を読み始める。日記の主はまだ若いのか少し丸っこい文字で書かれていた。
『今日から家政婦として初めての仕事で緊張する。お嬢様は凄く綺麗な人で、挨拶する時に同性なのに思わず見惚れてしまって、面接を担当していた執事の黒木さんに注意されてしまった。
お嬢様の名前は『京子』でこれがまたお顔に合っている。なんでも代々家を継ぐ際にこの名前を襲名するらしい。流石お金持ちの風習って感じ。いつかは襲名前の名前も知れるのかな。
住み込みだけど部屋は綺麗だし、あのボロアパートよりも広くて内装も可愛い。こっちの方が気に入っちゃったな。頑張って仕事を覚えるぞ。』
『お嬢様はよくフラリと姿を消すことがよくある。でも靴はあるしどこに出かけているのかも全く不明だ。夕飯頃には帰って来るし、そういう時は大抵上機嫌なので最初は不思議に思っていたけどすっかり慣れちゃった。
主人のプライベートに余計な詮索はしない。コレ家政婦の基本。』
これを見る限り楽しく仕事をしていたんだろう。仕事に意欲を持っていただろうに解雇されるなんて悲しい気持ちになる。有能だったらしいから今頃どこかで再就職できていると良いのだが。
『黒木さん曰くお嬢様は土地や不動産収入で生活をしているらしい。良いなぁ不労所得って憧れる。』
『お嬢様は古風な人だ。スマホを使っているところを全然見ないから黒木さんに聞いてみたらびっくり!持っていないんだって!今どきの若い人なのにそんなことあるんですか!?って黒木さんに詰め寄っちゃった。
だから仕事の資料も書類も紙オンリーだし人とのやり取りも手紙を使うんだって。スマホやパソコンを使った方が絶対便利なのに紙の方がやりやすいって。
まぁ確かにネット流出を考えると本当に重要なことは紙に書いた方がかえって機密性が守られるし合理的ではあるのかな?』
確かにあの部屋にはパソコンは見当たらなかった。いくら不動産収入があるとしても、税理士とか仕事上で人とのやり取りが発生する以上パソコンは無いと不便だ。
なんだかチグハグで不自然である。クローンを作成できるほどの技術は持っているのに大多数の人間が使っているスマホやパソコンは持っていない。遥か先の技術を駆使する宇宙人や未来人にも思えるし、最近の精密機械を使えないおばあちゃんにも思える。
『お嬢様は若くて綺麗だし、きっと沢山の男の人にアプローチされているんだなと思ったけどお嬢様に男の人の影が無い。失礼だけど好奇心には勝てずに『付き合っている人は居るんですか?』と聞いたら『男は信用するだけ無駄よ』と返された。お嬢様の闇を覗いちゃった感じがする。』
『まさかの新事実が発覚した。お嬢様って実は30代なんだって。本人から聞いた時もう私ビックリしちゃって黒木さんに何度も確認しちゃった。だってお嬢様って絶対20代半ばくらいだと思っていたから。
そのくらい生きているんならきっと男の人とも色々あったんだろうな。』
『お嬢様は謎の人だ。部屋のどこにも家族との写真立てが無いしアルバムの一冊もない。お嬢様のご両親は事故で亡くなったそうだけど、お嬢様の過去はとにかく全てが謎に包まれている。
とりあえずこれ以降はご両親の話題は振らないでおこう。』
そういえばと部屋の中を思い出す。確かに家族との写真も自分が写った写真もどこにも飾られていなかった。
写真立ては人にもよるけど問題はアルバムだ。
「アルバムってありました?」
赤石さんが黙って首を横に振る。アルバムすらも無いのは明らかに不自然だ。災害とかで無くしたとかならやむを得ないが、もし別の理由だったら……。
例えば虐待家庭ならアルバムなんてものは当然無い。他にも後妻業、もしくはそれによる乗っ取りとかでも家族の写真は全て処分をするだろう。どちらにせよ屋敷の取り巻く環境が不穏なことに変わりない。
次のページからはあの時の彼女の視点が書かれていた。
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