第9話

 『最近執事と家政婦が私の行動を怪しんでいるふしがある。見つかってしまっては面倒だし、丁度あと数日で満月になる。その時に処分することにしよう。

 細かいところまで気が利いていて重宝していたが、賢すぎるのも考えものだ。次はもう少し鈍い人間を採用しよう』


『あの二人を処分した弊害がここで出てくるとは思わなかった。ベッドメイクはされないし服も洗濯されないまま。食事も出てこない。

 でも今更家事なんてそんなことはしたくない。幸い服は替えがたくさんあるし、食事は今の時代、電話一本で届けてくれるからさほど問題ないか。ベッドは仕方ないから我慢しよう。すぐに次の家政婦は決まるしそれまでの辛抱だ。今はあの女を最優先にしないと。』


 有能な人間を己の都合が悪くなればあっさり解雇するような性根の悪さが滲み出る文章に胸糞悪くなる。しかも後悔する様子も無く少し不便だと感じるだけで、何の罪悪感も見られない部分は絶対的に自分と価値観が合わない。

 不思議なのは解雇のタイミングが日付ではなく満月になっている部分だが、考えても仕方のないことだと次のページを読む。

 

『全ての準備が整った。身体は傷一つ付けずにちゃんと有効活用してやる』


 日記はここで終わっていた。

 これで女について分かったのは、罪を犯した人間本人よりも血縁に謎の拘りを持っていること。

 どうやら研究室とやらは既に移動されていて、今はそこで活動しているらしいこと。

 斎藤さんの言う通り女は現代の科学よりも進んだ技術を有していること。

 その科学技術を使って何らかの目的でクローンを作成していること。

 自分の顔にかなりの自信とプライドを持っていること。

 霊脈や山岳信仰という単語からオカルトに傾倒していること。

 女は御園さんだけにかなり敵意を持っていて、非常に執念深く、人を陥れるのに躊躇しない性格であること。

 御園さんは怪我はしていないが、かなり不穏な状態でいること。

 

 そして下半身が潰れていても完全に復活を果たせる技術を有していること。


「これはあくまで僕の推測なんだけどさ……」


 全てのページを読み終えた赤石さんがボソリと口を開く。


「クローン作ってたって書いてあったじゃん?もしかして自分の脳を取り出してクローンに移したんじゃないかな?それだったら身体が潰れたとしても完全復活できるじゃん?」

「でもそれだと誰が手術してあげるんです?」


 日記を見た今、確かにその線もあり得るが、それをするにはどうしても誰かの手が必要だ。

 日記を読む限り執事や家政婦はこの件には関与していない。むしろ勘付かれたと気付いて解雇したみたいだし、そのままにしておけば時間を経たずして即死は免れないあの状況で協力してくれそうな人間があの場に居ただろうか。


 主の怪我に自動的に反応して手術してくれるロボットとという手段も考えられるけれど。

 

「そう、そこが分からない。だから推測でしかないんだけどさぁ~」

 

 彼が弱ったというように肩を落として溜息を吐く。俺も同じ気持ちだった。

 だってこんな他人の剥き出しの狂気とか、理解できない思考とか、あり得ないと否定しきれないオカルトとか。常識を超えたものに触れ続けると人ってこんなに精神的に疲れるんだと初めて知った。


 気の弱い人だとさっきのページできっと卒倒しそうだ。それでも記録用に全てのページをスマホで撮影する。

 もし二人に見せる時は、家とか倒れても良い場所で読むように言い含めておこう。

 

 他に子ども部屋や客室があったが人が使っている痕跡は無かった。良かった、もしあの人に子どもが居たら絶対教育に悪いか、あるいは幼気な子どももあの人の犠牲になっているところだった。

 俺も赤石さんも心なしかグッタリをしながら一階へと降りて玄関に着く。二人はまだ探索中のようだった。


「ねぇよねちゃん?よねちゃんって顔良いよね?」

「何ですか突然?まぁ一応その自覚はありますけど……」


 二人を待っている最中の唐突な質問に少し戸惑いながら答える。流石にイケメンイケメンだとリアルでもSNSでも言われたら嫌でも自覚するし、これで「そんなことないですよ、全然普通ですよ」なんて答えたらただの嫌味でしかない。

 

「学校でもきっとモテてたよね?」

「告白されたとかそういうのはありませんでしたけど……」

「えーっ!みんなシャイだったんだねぇ」

 

 何を言いたいのか分からずとりあえず返事をする。メンタルが削れても赤石さんのおしゃべりは健全なようだ。でも今はそれがとてもありがたかった。


「もしさ、人為的な事故で自分の顔が全く変わっちゃったらさ、事故を起こした人を恨む?」


 俺はしばし考え込む。恨まないなんてことはないと思う。

 だってもし顔が悪い方向に変わったとしたら、今まで当たり前のように受けていた扱いが変わるということだし、人に顔を見られるのが怖くて外に出られなくなってしまうかもしれない。

 そうだとしたらきっと自分の人生を変えてしまった人を恨んでしまうだろう。


「多分恨むと思います。でもあの人みたいに執念を持ち続けるのも難しいと思いますけど」

「そっか……」


 俺が下した結論は「恨みはすれど相手の全てを奪う程の執念は持てない」だった。恨みはあるが結局何もできずにただただ元凶や世間を恨んだまま以前と同じ生活を諦めるのかもしれない。

 恨みを持ち続けるのって案外エネルギーが要るのだ。俺はそれを身をもって知っている。世の中にはそれを生きる気力にしている人も存在するけれど。


 赤石さんは俺の結論を否定でも肯定でもせず、ただ頷いていた。


「あ、良かった。ここに居た」


 階段の方から足音が聞こえ二人が姿を現す。その様子だと何事も起きず、メンタルが削れるような情報もなかったようだ。やっぱり俺達が西側を担当して良かった。


「情報らしきもの見つかったよ。書斎じゃなくて家政婦の部屋にあったのは意外だったけど」


 そう言ったみちるさんが手に持っていたスマホを振る。彼女達も同じことを考えていたみたいだ。


「それじゃあ全員一旦この家から離れよう。情報共有はその時にね」


 別れてからあからさまにいつもの元気が無い様子の赤石さんに首を傾げる二人に、「後で説明しますから」とだけ伝えて今は車に乗るよう伝える。


 今は一刻も早くあの狂気と異様さが渦巻く部屋から離れたかった。

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