第7話

「もしかして罠、だったりする……?」

「分かりません。俺も双眼鏡で中の様子見てたんですけど誰も居ないみたいですし……」


 滅茶苦茶怪しい!と顔に書いてある赤石さんに補足する。正直予想外過ぎてどうしたら良いのか分からない。

 「とにかく来てください」とみちるさんに手招きされて自分達も屋敷の玄関へと近寄る。ドアには警備会社のシールすら貼られていなかった。

 

 ドアを開けて覗き込むと庶民の家では到底考えられない広さの玄関がお出迎えしてくれた。正面は二階への階段がある吹き抜けになっていて、壁には様々な絵画や人よりも背の高い立派な柱時計が飾られていて、一目で金がかかっているのがよく分かる。


 だけど成金趣味のようなギラギラしてる感じは全く無くて、本当の金持ちというものを見せつけられている感じがした。

 俺はなるべく家の物に触れないよう辺りを見渡していると、両開きの靴箱が目に入った。

 

「埃が積もってる……?」


 木目調の靴箱の上には全体に薄っすらと埃が積もっていた。靴を脱ぎ履きする際によく手を付きそうな場所にも関わらずだ。

 この感じだと少なくとも二、三日は掃除されていないし、家に帰ってもいないようだった。


「埃の状態からして家の人は二、三日は帰って来ていないみたいですね」

 

 試しに腕を玄関の中に入れて手をヒラヒラさせても警報は鳴らない。このまま入っても良いんじゃないかと頭のどこかで声が囁く。

 でもいつ帰って来るか分からないから怖いし、そうまごついていると赤石さんが突然「よし!」と叫ぶ。

 

「今が絶好のチャンスだ!みんな今のうちに手分けして情報を探そう!」

「ええ!?」


 大胆な言葉に驚くも、「ほらほら靴脱いで!足跡着いちゃうから!」と急かす赤石さんの勢いに押され、つい全員玄関へと上がり込んでしまう。


「良い?誰かに見つかっても直ぐ窓から逃げられるように靴は持っておくんだよ?」

「はぁ……」


 もうこうなったら話が違うだの引こうだのと押し問答するだけ時間が勿体ない。狙う人物は絞れているんだし、サッと情報を探してサッと屋敷から出る。それが一番良い。

 もし屋敷の人に見つかったら……。よし、酔っ払いのフリをしよう。酔っ払いのフリをしておけば許されるかもしれない。大丈夫、俺達は劇団員だ。

 

 とにかくスピードが命だからと俺と赤石さん、斎藤さんとみちるさんの二手で別れ、俺達は西側、斎藤さん達は東側の部屋を調べることにした。誰にも会わずに済むようにと、普段は意識しない神に心の中で手を組んで祈り先を急ぐ。

 

 忍び足で歩かなくとも足音は殆ど立たない。

 敵の本拠地だというのに床は毛足の長い絨毯でフカフカだし、内装は綺麗でお洒落だしで全くそんな感じがしなかった。

 うっかりすると仲間達とリッチなペンションに泊まったような気分さえしてきて、視覚からの情報と状況のミスマッチが凄い。足裏に感じる絨毯の感触が気持ち良くて、正直気を緩みそうになってしまう。

 

 これがホラーゲームだったら、屋敷はきっと古くて埃っぽくて床がギシギシ鳴っていて、分かりやすい恐怖や緊張感を与えてくれただろう。

 だけどここにはそれが一切ない。人っ子一人居ないのが異様だと教えてくれるだけで、他は敵の本拠地なんて嘘なんじゃないかって思える程雰囲気は穏やかだった。

 

 手掛かりがありそうなのは個人の部屋だと辺りをつけた俺達は、そこを重点的に調べて行こうと話し合って進む。

 

「そういえば、昨日別れた後であの影について色々考察したんだけどさぁ」

 

 恐らく無人の屋敷の中を探索している最中、唐突に赤石さんが口を開く。そういえば昨日みちるさんと斎藤さんと別れた後で、あの防犯カメラの映像の美女の影が変だって話してたっけ。

 

「あのスレンダーな姿は偽りで、本当はあの美人さんはぽっちゃりな体系をしているんじゃないかって思ったんだよ。

 斎藤さん、あの人について科学で解明できない不思議なことを起こしてたって言ってたでしょ?そんなことができるなら僕も真っ先に高身長のマッチョイケメンになりたいもん」

「つまり自分の理想の姿を何らかの方法で再現してるってことですか?」

「そんな感じ」


 突拍子もないものだけど言いたいことは分かる。確かに人間誰もが理想の姿を持ってるものだ。

 俺だって周りに正統派イケメンだと言われているけど、本当はワイルド系になりたい。野性味があって逞しくて、歳を重ねたら髭が似合うような男に憧れずにはいられない。例え贅沢な悩みだとしても。


 もし自由自在に他人の目から見える姿を変えられるんだとしたら使わない手は無い。単純に理想を叶える他にも敵の攪乱目的にも便利だし。

 しかし……。

 

「でもそんなことが可能なんですかねぇ?」

「そういう凄いアイテムを持っていたとしても不思議じゃないよ?例えば光の反射角度を変えて都合の良い姿を見せるとかさ。でもそういうのって影だけは誤魔化せないのがお約束じゃん?」

「まぁ……一理あります。」

 

 そんなことを話していると食堂へと辿り着く。食堂だけでも俺が住んでる部屋と同じくらいの広さがあった。

 そこに映画やドラマでしか見たことがないような長テーブルに椅子が一脚だけ、窓の外が見える側の中央に配置されている。凄く贅沢な使い方だ。家主は独身なんだろうか。


 俺だって親の遺産と、俺自身の英語のスキルを使った仕事がそれなりに順調なお陰で、時々はちょっとした贅沢ぐらいならできるくらいの預金は持っている。ただ普段は節約しているだけで。

 しかしこんな光景を目の当たりにすると節約なんて考える必要性がありません、買い物中に値段なんか見ません、な世界が本当にあるんだなぁと財力の差を見せつけられたような感覚がする。

 

 早々にお目にかれないような光景にテンションが上がりそうになるが、入った瞬間に鼻を掠める生ゴミみたいな臭いが邪魔をする。これじゃあ折角の雰囲気も台無しである。


 適当にテーブルの下に入れられている椅子にも薄く埃が被っているし、試しにゴミ箱を開けてみると食べた後のデリバリーの箱が入っていた。結構臭いが出ていて何日放っておいたんだろうと思う。

 やはり家主も家を管理する家政婦も数日前から家を留守にしているみたいだ。

 

 蓋を閉めて顔を背けると視界の端に高級そうな絨毯に不似合いな色が入った。

 驚いてよく見てみると灰色のカスみたいなのが30センチくらい積もっている。しかも二ヵ所も。他の場所はうっすらと埃が積もっているだけなのにそこだけが異様で正直不気味だ。


「うわ、何だこれ?気持ち悪ぅ……」

「触っちゃダメだよ。どんな物か分かんないから」


 赤石さんの言葉に勿論だと返してしげしげと観察をする。灰ではないようだ。試しに飾り用の燭台を勝手に拝借して灰色の物体を掻き分けてみる。灰のように乾いておらず、どちらかというと湿っぽいような感じがした。


「これ何だか分かります?」

「え?いきなり聞かれても分かんないよ。風化したダークマター?」

「赤石さんこそ、こんな所で笑わせないでくださいよ」


 彼のいつもの冗談はさておきとして、灰色の物体は見れば見るほど薄気味悪いカスとしか思えず、正体は分からず仕舞いだった。何故こんな物がここにあるのかも不明で、取り敢えず触れなければ問題ないだろうと放って置くことにした。

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