第6話

 翌日集合場所に居た斎藤さんは昨日よりも大分落ち着いていた様子だった。どことなくみちるさんとも打ち解けているようで上手くやってくれたんだなと安堵する。


「みんな揃ってるね?うん、全員顔色も良し」


 集合時間ぴったりに来た赤石さんが一人一人の顔を見渡すと満足げに頷く。昨日は大変だったからみんな休めたようで良かった。

 

「昨日はすみませんでした。私、今思うとかなり取り乱しちゃってて、恥ずかしいです……」


 顔を真っ赤にさせて恐縮だと肩を縮こまらせる彼女に首を振る。


「いやいや!そんなん当たり前ですって!」

「そうだよ!パニックになっちゃうのは仕方ないって!」


 むしろそれで彼女が凄く幼なじみ想いだっていうのは分かったし、斎藤さんには悪いけどあの女とグルじゃないって確信できて安心したし、確かにちょっと大変だったけどそう悪いものでもなかったと思える。


「えーと謝るのはそれくらいにして、これからどうしようか?」


 ペコペコと頭を下げる斎藤さんを止めると、今回の行動について赤石さんが指揮を執る。残念ながら俺は手を挙げられないでいた。


 待ち合わせ場所に着くまで考えてみたが、俺にはこの後どうすれば良いのか正直計思いつかなかった。これで俺が警察なら捜査権限とかでマスターが御園さんをどこに運んだか、街中の防犯カメラの映像を参照して追えるんだろうけどなぁ。


 せめてマスターが行き先を覚えてくれていたらと口惜しくなるが、どうにもならないことをあーだこーだと考えても仕方がない。でも正直手詰まりだ。


「それで昨日友香と話をしていたんだけどね。前にあの地下室みたいな場所から脱出した時にどこかの屋敷の庭のような所に出たんだって」


 あ、斉藤さんのこと名前で呼んでる。本当に親しくなったんだなと思っていると、とんでもないことを言い出した。

 

「だからその屋敷に入ったらありちゃんの居場所の手がかりを得られるんじゃないかと思ったんだ」

「え!?いきなり敵の本拠地に乗り込むの!?ちょっと思い切り良すぎじゃない!?」


 一瞬耳を疑ったけど聞き間違いじゃなかった。聞き間違いであってくれた方が良かったけど。俺も慌てて赤石さんに加勢する。


「冷静に考えましょ!?だって敵の本拠地っすよ!屋敷って言いましたよね?だったら警備とかも普通に厳重だと思いますよ!」


 金持ちなら当然空き巣対策としても警備会社と契約してるだろう。防犯カメラもあるだろうし、そんな所に真正面から侵入して行ったら通報されて即お縄の未来しか見えない。

 だけど二人も強情で全然引く様子がない。

 

「じゃあ敵情視察だけでも!防犯カメラの位置とかどのくらい防犯対策してるのかとかの確認だけでも!」


 とうとう二人に頭を下げられてまいったなと頭を抱える。マスターから話を聞けない以上、情報が得られそうな場所は現状そこしかないのも理解できる。敵情視察だけに留まるのなら苦しいけど人に見つかっても逃げ道はあるだろうし……。

 

「どうします?赤石さん?」

「まー……、こういう時の生存率って72時間を過ぎると大幅に下がるって言うし。警備員に見つかった時の対策をガッチガチにしておけば、多少は怪しまれても何とかなるかなぁ?」

「それ災害時のやつです」


 でも半分彼女達の言う通り、ここで二の足を踏んでも先に進まないのは確かだ。だったら安全面や逮捕の回避を十分に高めて乗り込んだ方が彼女が助かる可能性は高まるかもしれない。


 だったら腹を括るしかないだろう。屋敷に近づいても怪しまれない職業と言えば……。


「配達員とか作業員のふりをして近づけば何とかなるんじゃないですか?例えば配達間違いの演技をしておけば警備員が居たとしても捕まる可能性は低いだろうし」

「私、オーバーイーツの配達やってるからバッグも調達できるよ?」


 みちるさんが配達員をしてるとは渡りに船としか言いようが無い。赤石さんがすかさず「採用!」と宣言した。

 

「じゃあボクは何かあった時に直ぐ逃げられるようレンタカー借りておくよ」

「じゃあ遠くからでも様子を確認できるよう双眼鏡持って来ます」


 まさかお父さんの遺品がこんな場面で役に立つとは思わなかった。良い奴だからもしかしたら屋敷の中まで見えるかもしれない。

 待ち合わせ場所が家から近い所で良かった。双眼鏡を取りに戻っている間に赤石さんが作ってくれた今回の調査用のライソグループの招待に承認ボタンを押す。これで何か変わったことあったら電話なりメッセージなりがみんなのところに来る筈だ。


 必要な物を揃えて赤石さんが用意してくれた車に乗って移動する。斎藤さんの案内で着いた場所はなんと、高級住宅街の一画だった。


 屋敷と言っていたからある程度のイメージはしていたけど、一瞬アメリカの屋敷かと見紛うほどの広大な敷地に、二階建ての大きな洋館がデンと構えている光景は予想を超える迫力があった。

 金持ちしか踏み入れることを許さない高級感溢れる佇まいに、しがない一市民でしかない自分達が場違いのように思えてくる。


「……斎藤さん、本当にここで合ってるの?」

「は、はい。外観が記憶で見たのと全く同じです……。でも、あの時夜だったし逃げるのに必死だったから……。まさかこんなに凄いとは思わなかった……」


 赤石さんが信じられない様子で問うも本人は肯定する。でも斎藤さん自身も完全に気後れしていた。隣のみちるさんも口を開けて呆然としている。

 今から自分達はここに侵入するのか?本当に?でも敵の本拠地である以上まわれ右する訳にもいかないし……。


「でももうやるしかないのよね……?」

「だって本当に敵の本拠地ですし……」

「本当にごめんね。頼まれてくれる……?」

「何かあったらボクがフォローするよ!」


 ここまで来たら引く選択肢はない。各々拳を握り締めて覚悟を決めると、みちるさんは深呼吸を一つして舞台で鍛えられた演技力を活かした自然な足取りで玄関へと向かう。俺達はその様子を屋敷の死角になる場所から見守った。


 俺は双眼鏡を構えて屋敷に何か変な動きがないかチェックする。もしヤバい雰囲気になっていたらみちるさんに配達会社を装った電話をかけて引かせる手筈になっている。

 よし、今の所不穏な気配はない。昼間なのもあって窓から屋敷の中がよく見えた。


(…………?)

 

 しばらく中の様子を見て段々と奇妙な感覚を抱く。このぐらいの大きさの屋敷なら家政婦の一人は居ないと維持できない筈だ。それなのに家主らしき人間はおろか、誰も居ない。廃墟のような寂れた様子はないから人は住んでいそうなのに。


 他にも奇妙な点は沢山あった。警備員が居ないのはともかくとして、玄関をくまなく観察しても防犯カメラが一つも見当たらない。こんなの空き巣に「どうぞご自由に入ってください」 と言っているようなものだった。


 しばらくしてみちるさんが戻って来る。何事も無かったのか特に焦った様子もなく胸を撫で下ろす。

 

「どうだった?」


 だがみちるさんは眉を顰め、困惑した様子で「何か……この屋敷、変」と呟いた。


 どう変なのか聞こうとすると、彼女は背後を気にしながら予想だにしない言葉を放った。


「人の気配が全然無いし……しかも玄関の鍵が開いてた……」

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