第5話

「誘拐された私を助けてくれたのがありさ達なんです……」

「ちょ、ちょっと待って!どういうこと!?」


 控えめに言っても情報量が多過ぎる。今日御園さんがあの人に誘拐された可能性があって、前にも斎藤さんがその人に誘拐されていて、斎藤さんを助けたのが御園さん……?

 

 斎藤さんは「前にあの人と何があったかお話します」と当時の出来事を語り出した。


 今より三ヵ月ほど前、斎藤さんが仕事帰りに家までの道を歩いていると突然意識が遠のいて、気がついたら窓の無い地下のような部屋に居たらしい。


 身体を動かそうとしてみても甘い香りを感じ取った途端、極度のだるさに襲われたかのように億劫になり、それでも懸命に頭を動かして周りを見ると、腕に取り付けられた管から血を抜かれていたそうだ。

 管は筒型の装置と繋がっていて、装置の中には美女とそっくり同じ顔をした全裸の人間が一人一人入っていたらしい。装置の中は何かの液体で満たされていて、まるでSFの映画の研究室のような場所に居るなとぼんやりと思っていたそうだ。

 

 周りには自分と同じように寝かされていて血を抜かれている人が居て、ここまでなら夢でも見ているのだと思えたが違ったらしい。


 装置の中に管から送られた血液が入ると中に入っていた人間の顔が変わった。ドロリと顔の表面が溶け出して、完全にのっぺらぼうみたいになると、ボコボコと蠢いて美女と似た、だけど美女よりも更に美しい顔ができ上がった。

 

 あまりの光景にたまらず叫び声を上げると、それに気付いた美女からこんなことを言われたそうだ。「お前の血縁は過去に罪を犯した。血縁の不始末は身内であるお前達が償わなければならない」と。


「その血縁に心当たりは……?」


 斎藤さんは首を振る。親戚にも犯罪者はおらず、本人にもそう言われた理由は分からないみたいだ。

 命までは奪わないと言われたものの血を失ったせいで寒気を覚え、「もしかしたらこのまま死ぬのかもしれない」と思っていたその時、御園さん達が助けに来てくれたらしい。

 彼女以外にも斎藤さんの弟、恋人、友達も来てくれて地下室は俄かに騒がしくなった。


 自分を守ろうと奮闘する彼女達をどうにか援護しようと必死に周りを見渡していると、香炉が目に入り斎藤さんは咄嗟に叫んだ。「あの香炉を壊して」と。


 直ぐに弟さんが壊してくれて、自分も他に捕まっていた人も動けるようになると、何らかの呪文のようなものを使って応戦する美女の邪魔をする為にとにかくメチャクチャに動き出した。

 その時誰が壊したのか、ヒビが入っていたサッカーボールくらいの大きさの水晶玉が完全に割れると激しい爆発が起きたそうだ。


 幸い他に捕らわれていた人も含めて全員に大した怪我はなかったが、その影響で地下室が崩れ、逃げようとした際に背後で嫌な音がして思わず振り向いて見てしまった。


「崩れた天井の下敷きになったあの人の下半身は、完全に潰れていたんです……」


 想像したくなくても想像できてしまう。みちるさんが口元を手で押さえたのが視界の端に映った。


 後で救出されていたとしても、もう下半身が潰れていたら……あれ?だとしたら何であの人は生きているんだ?

 みんなも気付いたようで息を呑む。


「皆さんもあの映像を見ましたよね?完全に身体が治ってたあの人を」


 話を聞くまでは普通だと思っていた映像に背筋が泡立つ。後になって異常性を目の前に突きつけられるなんてホラー映画でも体験しているようだった。

 

「クローン作成の技術と言い、あの人は普通じゃありません。他にも専門家じゃないから断言できないけど、科学的には説明できないような現象を起こして私達を翻弄していました。

 警察に逮捕してもらったとしても、絶対に抜け出して私達を追いかけ続けるような予感がするんです」

 

 俺達は顔を見合わせる。彼女の過去も映像の件も、警察に話したとして冗談だとまともに取り合ってもらえないのがオチだろう。俺だってマスターの気味の悪い話を聞いてあの映像を見ていなければ、夢でも見ていたんだろうで終わらせていたかもしれない。


 このまま警察に任せたままでいたら御園さんはずっと行方不明のままかもしれない。悪い予感に足元が冷えるような感覚を覚えていると、斎藤さんがボロボロと涙を零してしゃくりあげる。

 

 「どうしよう……、わたっ、わたしっのせいで、今度はありさっ、が狙われ……」


 しまった!マスター病院に送り届けている間、彼女も自責の念にかられていたのか!過呼吸を起こしてしまっている!


「斎藤さん!吐いて!息吐いて!」


 俺は慌てて彼女に息を吐くよう言い聞かせ、みちるさんが「これ使って!」とくれた紙袋を彼女の口に当てる。赤石さんは苦しそうに喘ぐ彼女の正面に向き直った。


「斎藤さん間違えちゃダメだよ?斎藤さんは何にも悪くないの!悪いのは全部あの美人さんで、貴女が気に病むことは何にもないの!

 あの美人さんは人を平気で逆恨みするような根性の悪い人で、斎藤さんもそのちゃんもそんな根性の悪い人に運悪く目を付けられちゃっただけなの!」


 俺達の必死の介抱で彼女の過呼吸はなんとか治まった。ホッとしたが何か忘れているような……?

 ……そうだ!逆恨みで御園さんが誘拐されたとしたら一緒に助けに来た人達は今どうなっているんだ!?


「斎藤さん!弟さんや恋人は友達は今どうしていますか!?」


 俺の言葉に斎藤さんはハッとなって急いでスマホで電話をかけ始める。


「もしもし!今何してるの?」

「…………ううんちょっと今日大変なことがあって、声聞きたくなってね……」

「……うん分かった。最近物騒だから気を付けてね」

 

 電話の最中、心配かけたくなかったのか御園さんの誘拐に関しては何も言わなかった。これ以上彼等を巻き込む訳にもいかないとも思ったんだろう。

 それを何度か繰り返して全員に掛け終わったのか、斎藤さんが胸を撫で下ろしていた。


「……大丈夫です。全員と連絡取れました……」


 その言葉にホッとする。御園さんばかりに目が行っていたけど、他の人が無事だったのは不幸中の幸いだ。


 でもまだ心配だ。今の斎藤さんは目を離していたら直ぐにでも一人で御園さんを救出しようと突っ走って行きそうな気がする。そんなのは無謀でしかない。


 このまま捜索を続けたいところだけど相手はかなりの強敵だと判明したし、無策で行くと絶対に全滅してゲームオーバーになる予感がする。

 それに演劇で普段から体力作りをしている自分達と違って斎藤さんはスポーツに勤しんでいる感じでもない。

 休ませてあげたいが、解散しようにも斎藤さんを一人にするのも気がかりだし……。


「ねぇ斎藤さん、今日私の家に泊まらない?」

「え?」

 

 みちるさんの提案に、さっきからずっと暗い顔をしていた彼女がキョトンとする。


「大変なことが起きて正直私も一人で居るの不安だし……斎藤さんからのありちゃんの話も聞きたいな。うちのネコに挨拶していって」


 ネコに反応したのか斎藤さんの顔がちょっとだけ緩む。

 みちるさんは「おもち」という名の真っ白ふわふわなネコちゃんを飼っていて、この子が賢くて人懐っこい上にサービス精神旺盛なのだ。


 この提案はナイスだ。俺は心の中でみちるさんに拍手を送る。みちるが見張ってくれるなら安心だし、おもちもいればきっと彼女のメンタルも落ち着いてくれるだろう。

 俺達もここぞとばかりに背中を押しまくる。


「そうだよ!そうしなよ!共通の友達がいる人同士親睦を深めるのも良いと思うよ!」

「女の子の一人歩きは危ないからね!明日明後日は土日だし一緒にいた方が良いよ!うん!」


 俺達の猛プッシュもあり斎藤さんは気圧されつつも「そういうことなら……」と頷いてくれた。

 引き続き明日も捜索するとして、時間と集合場所を決めて解散となった。去り際、みちるさんが「任せとけ」とウインクしたのが凄くカッコ良くて惚れそうになった。いかんこれじゃあ俺が女の子になってしまう。

 

 これで色々あったけど何とか無事に乗り切ったと緊張の糸が緩む。しかしそうは問屋が卸さなかった。


「……ねぇ、よねちゃん。ボク今だから言えるんだけどさぁ……」


 普段は冗談ばかり言う赤石さんが妙に静かということは「これから神妙な話をしますよ」というサインなのだ。緩んでいた緊張が再び張り詰めるのを感じる。


「『今だから言える』って何ですか?凄い不穏なワードなんですけど」


 俺の頭に様々な予想がグルグルと回る。何か悪いニュースでもあるとか?赤石さんもあの美女と前に関わっていたことがあるとか?実は大穴で御園さんの居所を知ってるとかだったら、怒るけど一番平和なんだけどなと思いながら次の言葉を待つ。


「マスターが取り乱しちゃったから言うタイミング無くしちゃったんだけどさ。さっきの店の防犯カメラに映ってた美人さん、身体はすっごいナイスバディだったのに影が全然違ってたんだ」

「影が違う……?どういうことですか?」


 映像を確認していた時に確かに妙な違和感を抱いていたけれど、影までは注意があまり向いていなかった。


「美人さんの影がなぜか横に大きかったんだ。特に腹とかメタボの人みたいに突き出ててさ」


 それを聞いてはたと記憶を思い起こす。確かに美女だけ影がやけに横に伸びていたかもしれない。

 抱いていた違和感はきっとそれだ。でも何でこんな現象が?マスターがわざわざ加工したとも考えにくいし……。


「赤石さんは分かりますか?なんで美女の影だけがそう映っていたのか」

「それは分からないよぉ。ボク映像解析の専門家じゃないんだからさぁ」


 赤石さんは眉を下げて片手を横にブンブンと大きく振る。しかしその直後に根拠も無いのに自信たっぷりにこう続けた。


「でもさっき斎藤さん、あの美人さんは科学的には説明できないような現象を起こしてたって言ってたじゃん?そこにヒントがあるとボクは睨んでるんだよね」

「はぁ……」


 何と言って良いのか分からず曖昧に返す。今日は本当に色々ありすぎて脳がこれ以上考えるのを拒否している。ヒントがあると言われても抽象的過ぎてピンとくるものがない。


「ま、考えるのはまた明日にして今日はよく休みなよ。帰りは気を付けるんだよー」

「おやすみなさい。そっちも気を付けてくださいよ」

 

 赤石さんと別れた俺は、いつもの稽古日よりもちょっと早く帰れたのもあってしっかりめの夕飯を食べると、いつもの番組を見て、いつもの動画視聴をして、ベッドに入るまで敢えて特別なことはせずごくごく普段通りに過ごしていた。


 しかしその間も赤石さんの言葉がずっと頭から離れなかった。

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