第3話

「この人なんですけど昨日の18時過ぎくらいに来てませんか?」


 斎藤さんがスマホで御園さんとのツーショット写真を店員に見せながら尋ねる。俺は彼女が聞き出している間に、SNSの検索欄で御園さんが寄りそうな地名を片っ端から検索しては、その場所で変わったことが起きていないか調べていた。

 スマホの画像を見た店員は記憶を引き出すように視線を彷徨わせた後、首を横に振る。

 

「昨日は来てないですね。お力になれず、すみません」

「いえ……大丈夫です……」

 

 残念ながらパン屋はハズレで幸先が悪いなと気落ちしてしまった。向こうは何か聞き出せているだろうか、何も収穫がなかったら素人である俺達はもう手の打ちようが無くなる。

 これ以上何の手がかりもなかったらどうしようと、つい悪い方向へと考えてしまいそうになるのを、あえて何も考えないように意識することでこれ以上ネガティブにならないようにブレーキをかけた。

 

 パン屋を出て次の目的地である本屋へと向かう途中、会話の無い少し気まずい空気が流れる。

 斎藤さんは大人しいか異性相手に遠慮がちになる性格なんだろう。俺は疲れても良いから同性のみちるさんと一緒にさせた方が良かったかもしれないと思っていると、こちらを振り返った斎藤さんが「米田さんはどんな縁があって今の劇団に入ったんですか?」と聞かれた。

 

「えっ?」


 向こうから話しかけられると思わず、完全に油断して間抜けな声が出てしまっていたのを勘違いしたらしい。「すみません不躾なことを聞いて」と謝ろうとする彼女を「いえいえ!ちょっと考えごとしてただけですから!」と慌てて止める。


「ちょっと楽しくない事情が入るんですがそれでも良いですか?」


 彼女が頷いたのを見てから「俺、大学生の頃に両親が事故で亡くなったんですよね」と努めて明るい声を出す。

 20歳の誕生日の数日前だった。横断歩道を渡っている最中に居眠り運転の車に轢かれて即死。それなのに誕生日プレゼントであろう綺麗なグラスは傷一つ無い状態で無事だった。

 

 お父さんは俺が20歳になったら一緒に酒を飲もうとずっと言っていた。きっとこのグラスで誕生日に乾杯するつもりだったんだと思う。

 驚く彼女を視界の端に捉えながら更に話を続ける。

 

「両親と仲良かったんでショックで、無気力になってたんですけど……。それを心配してくれた友達が今入ってる劇団の公演に連れてってくれて、丁度その時コメディをやってたんですよ」


 内容は陽キャとオタクの警察官の凸凹コンビが事件解決の為に大学へと潜入するバディもので、頭空っぽにして楽しめるものだった。全力でふざける演技が面白くてつい思い出し笑いしそうになるのを頑張って堪える。


「最初は友人がしつこく誘うから嫌々来ただけで、ボーッとしてる間に全てが終わるって思ってたんですけど、段々面白くなってきて気が付いたら大口開けて笑ってて、『俺笑えるんじゃん』って思った瞬間止まっていた時間が動き出したというか、そんな感覚になったんですよ」


 あの時もしあのコメディを公演していなかったら、友達が誘ってくれなかったら、俺はきっと今こうしていないと思う。だから今も友達とこの劇団には感謝している。


「だからその一員になって恩を返したいなと思ってバイトでも良いからって頭下げて入団させてもらったんです。

 最初は雑用から始まって段々任せられる仕事も増えて来て、大学卒業してから雑用だけじゃなく広報とか経営戦略のサポートをしたいって希望出してたんですけど、赤石さんが突然『折角だからそのイケメンを活かせ』って命令されて役者も兼任することになっちゃったんですけどね」

 

 自分の生い立ちを語るのは中々恥ずかしい。だってこれを知ってるのは団長の赤石さんを始めとした一部の人だけで、殆どのメンバーは知らないのだ。こんな不幸自慢みたいなのあまり言いたくないし。


「それは大変でしたね……」

「いえいえ!確かにあの時は大変でしたけど今はもう大丈夫です!あっ、この本屋ですね!」

 

 ほら、こうやって気を遣われたくないのに遣われてしまう。劇団に入った理由を話す時ってどうすればいいんだろう。親が事故で死んだなんて話さずに説得力のある理由を模索しているけど未だに見つからない。

 こんな時に口から生まれたような赤石さんだったら何て話すんだろう?


 俺は丁度良いタイミングで本屋に着いたのもあって無理矢理に会話を打ち切る。今は俺の生い立ちよりも御園さんの方が重要だ。


 斎藤さんも俺の意図を組んでくれたのかそれ以上は何も言わずに手が開いていそうな店員の一人に話しかける。

 スマホの画面を見た店員は心当たりがあるのか「あぁ!」と声を上げた。

 

「その人なら昨日取り寄せた本を引き取りに来ましたよ」

「本当ですか!?何時頃ですか!?」

「 18時上がりのアルバイトの子が上がって割とすぐだから……18時5分ちょっとかな?それくらいですね」


 やった、これで少なくともその時間まで彼女はこの辺りに居たということになる。やはりこの近辺でトラブルに見舞われたのは間違いない。

 SNSでは特にこれといった情報を見つけられなかった以上、頼みの綱は彼女の行きつけのカフェのみだ。本屋を後にすると丁度遠目から来る二人を見つけて大きく腕を振る。


「どうだった?」

「ここの本屋で18時5分ちょっとに本を受け取ってたみたいです。そっちは?」


 収穫が得られなかったのか残念そうに首を横に振られる。もしカフェでも収穫が無かったら後は街中の防犯カメラのみが頼りだ。しかし警察でもないうちらがそんな映像見れる筈もなく、これ以上は打つ手がなくなってしまう。

 

 どうか手がかりがありますようにと祈りながらカフェのドアを潜った。

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米田・T・ラルフの名状しがたき奇譚 ─執着の果て編─ 葉月猫斗 @kinako_mochimochi

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