第2話
「これはご丁寧に。ボクはそのちゃん……御園さんが所属している劇団の団長を務めている
「藤原 みちるです。」
「米田・T・ラルフです。日本人とアメリカ人のハーフなので……」
赤石さんに促されて自己紹介する。俺が流暢な日本語で名乗った時に斎藤さんが一瞬目を見開いた後、ホッとしたような顔をしたのが分かった。
このハーフ顔で大体初対面の人に「英語話せないどうしよう」って慌てた顔をされるのは慣れている。
「ありさからよく聞いてます。赤石さんはパチンコが大好きなのが玉に瑕だけど凄く良い人で、藤原さんは良いライバルでもあって大事な友達で、米田さんはいつも頑張ってて応援したいって」
彼女からの評価にちょっとくすぐったい気持ちになる。大学生の頃からここで働いているけど最近役者になった自分と違って、御園さんもみちるさんも高校生の頃から演劇の世界に入っている先輩だ。
演技力を身につけようと自分なりに頑張ってるけど、努力が必ずしも結果に結びつかないのは往々にしてあることで、二人には人物の深堀りや演技など色々と相談に乗ってもらっている。
そんな人から頑張ってると思われるのはやっぱり嬉しい。
一方褒めてるんだか貶してるんだか分からない褒め方をされた赤石さんは「そのちゃんひどいん」とわざとらしくぴえん顔をするが事実なので仕方がない。でもそこは赤石さん、満足するとパッと切り替えて「失礼しました」と真剣な表情になる。
「それで先程の詳しい話をしていただけますか?連絡が取れないと言ったあたりから」
「あぁ、すみません私ったら取り乱して変な説明してしまって……」
彼女はより詳細な話を説明し始める。幼なじみというのもありたびたび一緒に遊びに行っていた仲なのだそうだが、仕事終わりに久しぶりに食事でもしようと昨日の夜に待ち合わせをしていたそうだ。
ところが約束の時間を過ぎても御園さんは現れず電話にも出ない。約束を忘れているとは思えないけれど、念の為彼女の家族に連絡しても帰って来ていないと言われてしまった。
もしかしたら急遽残業になったのかもしれないと彼女の親にお願いして会社に電話をかけてもらったが、会社からは定時で退社したと伝えられたそうだ。
心配になったが、探す為に待ち合わせ場所を離れたら入れ違いになるかもしれないと考えると離れる訳にもいかず、ずっと待っていたがついに御園さんに会えず仕舞いだった。
結局、今日の朝になっても帰って来ず会社にも出社してないので、両親は直ぐに警察に連絡をしたそうだ。斎藤さんはというと彼女の安否が気になりつつも教師としての仕事を投げ出す訳にもいかず、急いで仕事を終わらせて最後の頼りにここに来て今に至るという訳らしい。
事故であったなら今頃運ばれた病院から家族へ連絡が来ているだろうし、現時点で何の音沙汰もないなら何かしらのトラブルに巻き込まれている可能性が高い。
「それで警察は何て言ってるんですか……?」
「部外者には詳細は教えられないの一辺倒で……」
何も知ることができない状況に警察への苛立ちがつのる。
向こうとしては当たり前の対応だと頭では分かっている。でも頭で分かっていても感情が追いつかない。少しくらい教えてくれたって罰は当たらないだろうとさえ思ってしまう。
友人が行方不明で更に警察の動きも分からないとあって、みちるさんのただでさえ悪い顔色が余計悪くなっていく。
「赤石さん!早く探しましょう!ありちゃんがよく立ち寄ってる所に聞き込みでもしましょう!」
「いやいや!ふーちゃん落ち着いて深呼吸しようね!この街広いから!まずは聞き込みする場所を絞り込みしないと!それだけで大分時間食っちゃうからね!」
今すぐ行こうと急かすみちるさんを赤石さんがどうどうと落ち着かせようとする。もう頭に血が上って普段は赤石さんの冗談にツッコミをしてるみちるさんが完全に暴走機関車と化している。
どうにか落ち着かせた赤石さんはバッグを漁ってタブレットを取り出すと地図アプリを立ち上げた。
「それで、えぇっと……。そのちゃんの仕事場と待ち合わせ場所はどこだっけ?」
「えっと……、こことここです」
斎藤さんが彼女の仕事場と待ち合わせ場所それぞれを指で指し示す。ゆっくり歩いても15分くらいで着ける範囲だった。
仕事場として指していた場所は旅行代理店で、どうりで色んな土地に詳しいし公演スケジュールを立てるのも早いと思っていた。仕事で慣れているのか。
「それで待ち合わせの時間は何時?」
「お互い18時で仕事が終わるから18時半にしてました。お店を19時に予約してたんで」
フムフムと頷きながら指で地図上に線を引いていく。どうやら彼女の職場と待ち合わせ場所への最短ルートを割り出しているみたいだ。
「もし、そのちゃんが待ち合わせ場所に向かう途中で何かあったとしたらここら辺と、どこかに寄り道してるとしたら大体この辺りで聞き込みしたら目撃情報が出るかな?」
赤石さんは更に半径15分以内で行動出できそうな場所をグルリと丸で囲む。そこは比較的大通りに近くて終始人目もあり、目撃証言を期待できそうな所だった。
道行く人を捕まえて聞き出すのは難しそうでも、SNSで場所を検索したら例えば何かしらの騒ぎが起きたとかそういう書き込みが出てくるかもしれない。
「この範囲の中にそのちゃんが行きそうな場所はある?」
赤石さんに促され俺達はタブレットを覗き込む。斎藤さんが「あ……」とある店を指差す。
「ここの洋菓子店のケーキが好きで会社帰りに寄って目の保養にしてるって言ってました」
「あ、このカジュアルブランドの店、ありちゃんの好きなブランドだ」
続いてみちるさんが範囲内にあるアパレルショップを指す。俺も何か知ってることは無いかと探していると大手の本屋が目に入ってそういえばと思い出す。
「俺、前に御園さんがここの本屋で立ち読みしてるの2、3回見たことあります」
お酒の雑誌を熱心に読んでいて公演の打ち上げなんかでは控えめに飲んでいたから、いつもセーブしているけど本当はお酒大好きなんだなぁと意外に思っていたから覚えている。
「ここのカフェ、ご飯も飲み物も美味しくて稽古ある日はここで済ませてるって言ってた。もしかしたら待ち合わせまでのちょっとした時間潰しに行ってたかもしれない」
「ボクも思い出したわ。このパン屋、時々そのちゃんが買いに行ってる奴だ」
彼女が寄り道が好きで良かった。続々と彼女が立ち入りそうなお店の情報が集まって、これなら一つくらい目撃情報が出るんじゃないかと期待をしてしまう。
「二組に分かれて聞き込みした方が良さそうね。じゃあ私と団長がアパレルショップと洋菓子店で、ラルフは斎藤さんのエスコートしながら本屋とパン屋をお願いね」
「え?男同士と女同士で行動した方がいいんじゃないの?」
それは俺も思ったことで内心で首を傾げる。俺を信用してるとも言えるけど斎藤さんと俺達は初対面だ。同性のみちるさんと一緒に行動した方が彼女も落ち着くんじゃないかと考えていたけど、直後の彼女の話す理由に瞬時に納得する。
「だって団長ずっと喋ってるし、それに突き合せたら二人が疲れちゃうでしょ」
「ひどい!」
そうだった。赤石さんって黙るほうが珍しいくらいずっと喋ってる人だった。いや赤石さんの話って凄く面白いんだけど気が付いたら喋り過ぎて疲れるし、確かにある程度話を受け流せるみちるさんのような人じゃないと早々にHPが0になる。
「それじゃあ行きましょうか。本屋とパン屋なら近くですよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
稽古場から出た俺達は二人と別れて聞き込み先の店へと案内する。この時まで俺はトラブルと言っても犯人を見つけたらすぐに警察に突き出して、それで解決できるものだと信じていた。
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