米田・T・ラルフの名状しがたき奇譚 ─執着の果て編─

葉月猫斗

第1話

「よう米田よねだ!頑張ってるか!?」

米田よねだじゃなくて米田よねたです」


 大道具と役者を兼任している平山さんに間違った名前で呼ばれた俺はお決まりのセリフを返した。いろんな人から名前を間違われるのがちょっとした悩みだと話して以来、こうしてわざと間違えて絡んで来る。

 平山さんなりのコミュニケーションだと分かっているがちょっと正直面倒臭いと思うことはある。


「そんな頑張ってるお前にはこれをあげよう!」


 平山さんはそう言うと一枚のカードをくれた。こ、これはっ!俺の推しポキモンのエスフィのカード……!


「平山さん!これ……!」

「お前この前このポキモンが好きだって言ってただろ?偶然見つけて喜ぶかなぁって」

「ありがとうございます!」


 やったぁ!可愛い!カッコイイ!嬉しい!今度お礼しないと!やっぱり平山さんなら酒かな?

 

「それはそうと今日御園ちゃん見てない?さっきから居ないんだよねぁ」

「……そういえば居ないですね」


 周りを見渡しても確かに御園さんの姿はなかった。稽古が始まって30分は経つのに。あんなに目立つ人が見つからないわけないし。

 

 ここは社会人劇団が借りている稽古場で今は発声練習後の小休憩中だ。演劇が大好きで真面目な彼女が連絡も無しに休むなんて考えられないんだけどなぁ。


「みちるさんも知らないんですか?」

「それが藤原ちゃんも知らないんだよね」

 

 みちるさんの方を見遣ると落ち着きが無く、頻りにドアの方を気にしている。団員で一番仲の良いみちるさんも知らないんじゃちょっと心配だなと思っていると、稽古場のドアを乱暴に叩く音が聞こえてきた。団長の赤石さんが開けると長い髪をハーフアップにしたスーツ姿の若い女性が酷く慌てたような様子で赤石さんに迫った。

 

 えっ?もしかして修羅場?三度の飯よりパチンコが好きで彼女ができても直ぐにフラれる赤石さんがまさかの修羅場?ちょっとした好奇心といたずら心で耳をそばだてる。

 

「すみません。ここにありさ……御園ありささんはいませんか!?」

「そのちゃんはまだ来ていない筈だけど……なぁ?」


 赤石さんが振り返って、仲間達に問えば「そういえば……」とか「遅いよな……」などの声がちらほらと上がる。それが聞こえたのか彼女はくしゃりと泣きそうに顔を歪める。もしかして彼女の身に何かあったのかな?

 

「私、彼女の幼なじみの斎藤友香です!昨日彼女と会う約束していたんですけれど来なくて。彼女の実家にも連絡したんですけど、帰ってきてないみたいで……。それで今日ありさの会社にも実家にも連絡したんですけれど、出社していないし、帰ってもいないみたいなんです!」


 その言葉に空気がどよめく。俺も最初は上手く聞いたことを理解できずに一瞬呆然としてしまった。昨日は稽古日じゃないから分からないけど、少なくとも一昨日までは普通だった筈だ。故に遭ったのかトラブルにでも巻き込まれたのか分からないけど穏やかじゃない。

 何が赤石さんの修羅場だ!もっと大変なことが起きてるじゃないか!


「まずは落ち着いて。警察には連絡したの?」


 普段は冗談しか言わない赤石さんの真面目な声色なんてレアなものを聞きながら周囲との感覚がぼんやりと遮断されていくような感覚を覚える。あの時もそうだった。電話越しの声から聞いた言葉に本当は夢なんじゃないと都合の良いことを考えながら、それでも周りが現実だと容赦なく訴えかけて来るようなあの感覚。

 

 いやいや落ち着け、また現実逃避してどうする。それに今はあの時と違って連絡が取れないってだけだ。そう何度も同じことが起きて堪るか。俺は頭の中に浮かぶ最悪のシナリオを必死に押し殺した。

 

「はい、それはありさの家族が……。でも誰か心当たりある人いないかと思って」


 個人的なやりとりはしているけど俺じゃ力になれそうにないし、グループライソでも特に変わったようなことは言っていなかったはずだ。他の仲間からも特に有力な情報が出てこず、彼女は意気消沈としながら「分かりました……」と背を向けようとする。


「待ってください!私も探します!赤石さんすみません!でも行かせてください!」


 その時みちるさんがショートカットの髪を靡かせて彼女を呼び止めると同時に、赤石さんに頭を下げる。俺も気が付いたら彼女に釣られて手を挙げていた。


 頭の中のどこかでは「自分に何ができるんだ。警察に任せたほうが良いに決まっている」と分かっているが、それでもジッとせずにはいられなかった。彼女のことが心配なのもあるけれど一番の理由は真っ先に無事を確かめて心の平穏を保ちたいからだった。


 それにこれは勘だけど、あのまま見送ると斎藤と名乗ったあの人は一人でもずっと探していそうな気がした。会社勤めの人間が多い社会人劇団だけど自分なら仕事に都合がつくし、後になってやっぱりあぁしとけば良かったと後悔したくはないから。


「アンタも居てくれたらそりゃあ心強いけど……でも良いの?」


 驚いたみちるさんに念押しされるも俺の意思は変わらない。予定はあったけど優先順位を間違えるつもりもなかった。俺はポイッターを立ち上げると『すみません。今日中にアップする予定だったゲーム実況動画ですが、急用ができたので明日以降になってしまいます』と書き込んで投稿した。


 みちるさんの迷いがちな様子を見て俺は内心で手応えを感じていた。彼女は女性ファンから「王子様みたい」よく憧れられるカッコ良さがあるが本質は女性だ。本来は警察に任せた方が良いと分かっていて動いているから他人に迷惑はかけられない。でも男手があった方が安心する、と考えている筈。

 思った通り、みちるさんは迷いながらも最終的には頷いてくれた。

 

「これじゃ稽古続けられるような状態じゃないよねぇ……」


 二人は仲間の探しに出かけ、残りの団員達もすっかりと稽古に集中できない様子でいるのを眺めた赤石さんは天パが目立つ頭をガシガシとかくと「みんなちゅうもーく!」と号令を出す。

 

「えー……、そのちゃんが見つかるまでひとまず稽古は自主練のみとする。いつ再開するかはライソで通達するから確認するように!防犯の為に帰る時は、女の子は必ず男の子と一緒に帰るんだよ!」


 団長命令でみんなが一斉に帰り支度を始める。家族に早く帰る旨を伝える人、みちるさんや赤石さんに「もし見かけたら連絡入れるから」と言う人で、一人また一人と帰って行き、最終的には俺とみちるさんと稽古場の鍵を持ってる赤石さん、そして彼女だけが残った。

 赤石さんは俺達に向き直るとオーバーに頭をかきむしる。

 

「んもー!君達はまったく言い出したら聞かないんだから。団長のボクも動かない訳にはいかないじゃないの!」


 赤石さんが大袈裟に文句を言うがこれは自分も付き合うと言ってるのと同然だった。理解すると同時に頼もしさと安心感に心が救われるような気がした。

 

「赤石さんも探してくれるんですね!?ありがとうございます!」

「ほんとはパチンコ行く予定だったけどさぁ」


 ペコペコと頭を下げる俺達に後ろ髪を引かれるようにボソリと呟く。

 そこでパチンカスな部分を初対面の人に見せなければ完璧だった。でも彼はこういう人で、どこか残念なところがみんな好きなのだ。例えパチンカスの所為で結婚できなくても俺達は赤石さんについて行くよ。


「ありがとうございます。すっかり名乗るのを忘れてしまいました。私、ありさの幼なじみの斎藤友香さいとうゆかです。小学校の教師をしています」


 彼女はスマホを取り出して何度か操作すると「これが証拠になるか分かりませんが……」と御園さんとのツーショット写真を見せてくれた。画面の中には某有名テーマパークのマスコットに両側から抱きついている二人の楽しそうな顔があった。

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