第4話 〈透明な板〉と〈孕まない煎じ薬〉

◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


 〈透明な板〉だと。


 俺は「能力開け」と声に出して言ってみた。

 目の前に〈透明な板〉が現れて、文字が書いてあるのが見える。


〈能力開け〉で起動するとは、誰も思いつかないぞ、無理ゲーだよ。

 でも偶然か、運が良いのか、みちびかれたのか、俺達に希望が見えてきたな。


 〈透明な板〉にはこうされている。




―――――――

等級 ―  0

―――――――

生命 ― 17

体力 ― 16

魔力 ―  9

―――――――

経験 ―  1

―――――――

技能 ― なし

―――――――


 えらく簡単な表示しかない、それに全て日本語だ、日本語で起動するとは夢にも思わなかったよ。

 〈魔力〉があるのか。と言うことは、魔法もあるんだな。


 俺達は何の因果いんがか、強制的にゲームみたいな事をやらされているようだ、ふぅー、頭が追い付いていかないな、理不尽過ぎるんじゃないか。


 その中でも、〈等級―0〉の表示がすごく気になってくる、〈0〉はいくらなんでも無いんじゃないの。

 何とかして上げてみたいな、何か方法があるんじゃないかな、〈経験〉が〈1〉あるからコイツをどうにかするんだろう。

 試行錯誤をして〈透明な板〉の〈経験―1〉の箇所を触れた時に、〈1〉の文字が黒色から緑色へ変わったぞ、これは動かせるってことだよな。


 あっ、何だと。


 〈等級〉へ動かした途端とたん、信じられない出来事が生じてしまった、一瞬のうちに肩の傷が跡形あとかたもなく治っているんだ。

 ひゃあー、これは一体どう言う理屈りくつなんだろう、レベルが上がれば全回復する設定と言うことか。

 それに体が軽くなったと言うか、力が強くなった気もする。


 俺がびっくり仰天して固まっていると、〈直ぐ元妻〉が俺に抱き着いてきた。


 「うぅ、〈あなた〉、本当に良かった。 奇跡が起きたのね」


 よほど嬉しかったのか〈直ぐ元妻〉は涙さえ流している、俺は〈直ぐ元妻〉の頭を優しくぜながら、心の底から嬉しくなってしまった。

 頭を撫ぜるなんて何年ぶりだろう、十年以上になるかもしれないな。


 若返った〈直ぐ元妻〉はスリムになっているが、匂いはほとんど変わらない、結婚する前にいだ若い女性の良い匂を放っている違いがあるだけだ。


 〈直ぐ元妻〉を抱きしめながら、〈透明な板〉を見ると表示が変化していた、〈等級〉が〈1〉となり掛け算かけざんになっている。


―――――――

等級 ― 1 

――――――――――――――――――

生命 ― 17 ×1.1= 18.7

体力 ― 16 ×1.1= 17.6

魔力 ―  9 ×1.1=  9.9

――――――――――――――――――

経験 ―  0

―――――――

技能 ― なし

―――――――


 肩が治ったのはもちろん嬉しいけど、〈等級〉が上がったのも、すごく嬉しい。

 レベルが上がるのは、ゲームの醍醐味だろう、例え現実であってもだ。


 〈直ぐ元妻〉の能力はこうだ。


 初めがこうで。


―――――――

等級 ―  0

―――――――

生命 ― 14

体力 ― 13

魔力 ― 12

―――――――

経験 ―  1

―――――――

技能 ― なし

―――――――


〈等級〉を上げたらこうなった。


―――――――

等級 ― 1 

――――――――――――――――――

生命 ― 14 ×1.1= 15.4

体力 ― 13 ×1.1= 14.3

魔力 ― 12 ×1.1= 13.2

――――――――――――――――――

経験 ―  0

―――――――

技能 ― なし

―――――――


 俺と〈直ぐ元妻〉の能力が、弱いのか強いのかは分からない、〈技能〉も気になるため明日から検証しようと思う。


◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


 今日も〈洞窟の迷宮〉に入っている、〈まだ夫〉は〈等級〉が上がったから、少しはかりが簡単になると言っていたけど、大変微妙な感じだった、運が良かっただけだと思う。


 でも今日は、肩を噛まれなかったので上出来だわ、間抜けな〈鼠の化け物〉が槍に噛みついたおかげで、スムーズに狩ることが出来た。

 〈まだ夫〉は「俺がさっと槍で防いだからだ」とドヤ顔をしていたけど、それは大きな勘違いだ。


 今日の〈鼠の化け物〉は、特別間抜けな個体だったんだと思う。

 頭が悪いのだろう、槍に噛みついまま離そうとしないから、極端に動きが悪くなってしまい、そこを〈まだ夫〉が私の槍で腹を刺すとことが出来たんだ。

 やっぱり運が良かったとしか思えないよ。


 その後コケを採取して、無事洞窟を昨日よりもかなり早く出られた。


 私を見てニヤニヤしていた若い男から、おじいさんの〈トカ〉さんへ、私達の見張りは変わっている。

 私達が逃げ出さないと判断したんだろう、と言うか〈まだ夫〉が肩に怪我をしたので、今日は洞窟から出て来られないと思っていたんだわ。


 〈トカ〉さんは、貧しいにもかかわらず、とても善良な人のようだ。

 何でも若い時に、〈トカ〉さんもこの〈洞窟の迷宮〉に入らされていたらしい、それで私達に同情してくれるのだと思う。


 あまり早く村に帰れば、二匹狩れと言われかねないと、洞窟の近くで休憩しようと誘ってくれたんだ、昔話や有益な情報を教えてくれる本当に良い人だ。


 「俺はよぉ。 耳が悪いが良い嫁さんを貰えたから、すごく幸せだよぉ。 でも元の村の連中は皆死んじまったぁ。 それはよう、寂しいことだよぉ」


 〈トカ〉さんは行き詰った近くの村から、この村に集団で移住して来たみたいだ、十年間も〈洞窟の迷宮〉で魔物狩をやらされて、やっと村の一員として迎えられたと語ってくれた。

 十年の間に元の村の人は、全員亡くなったんだ、悲しい事だね、明日は我が身とは言え同情してしまうわ。


 「お嫁さんが良い人で良かったね」


 「おぉ、そのとおりだよぉ。 今でもたまに口に吸いついてやるんだぁ、嫌がっているふりをして、嬉しそうな顔になるんだよぉ。 そんな〈可愛いおばあ〉は嫁だけだよぉ、最高の女だと思っておる。 長年耐えた甲斐かいがあったと言うもんだぁ」


 「えぇー、まだしているんですか」


 「はははっ、口を吸うだけだよぉ。 この年じゃお互いもう無理だぁ。 あんたらは若いけぇ、さかっておろう。 ただ洞窟に潜っている間にはらんだら、二人とも死んでしまうなぁ。 孕まない煎じ薬せんじくすりを持ってきてやろう、わしらにはもう用がないからのぉ」


 へぇー、お年寄りになってもキスをしているんだ、外から見るといい歳をして気持ち悪いとも思うけど、それほど愛し合っていると思えば、うらやましくもなってくるわね。


 浮気をした〈まだ夫〉にも、〈トカ〉さんの爪の垢つめのあかを煎じて飲ませてやりたいわ。

 でもそのせいでキスをして来たら困ってしまうな、この状況では拒めないよ、いがみ合わないで何とか協力して生きていくしかいないもの。


 「いやー、盛ってはいないですし、そんなの悪いですよ」


 離婚するくらいだから、〈まだ夫〉が言っている事は本当だし、無暗むやみに物を貰ったら良くないのはその通りだけど、なんだかカチッとくるのよね。


 「ははっ、遠慮はいけんよぉ。 この村も子供が産まれ難いからのぉ、孕まない煎じ薬は誰も飲まんのだぁ」


 たぶん子供が産まれないのは、栄養状態のせいなんだろう、村の女性は皆痩せているもの。

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