第2話 村と洞窟

◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


 太陽が沈みかけて日が落ちる直前に、小さな村が見えてきた。


 「おっ、村が見えてきたぞ」


 「言わなくても見えているわ。 ふぅー、疲れてもう歩けないよ。 足の豆が痛くてたまらないわ」


 本当は水が飲みたいのだろうが、それは言わないんだ、言えばもう我慢が出来なくなるんだろう。


 「長い間歩いたからな、もう少しだけだから頑張れよ。 どうしてもダメなら背負せおってやるよ」


 「ありがとう、だけど大丈夫よ。 もう少しなら歩けるわ」


 〈直ぐ元妻〉は疲れ果てているけど、女の体力で良く頑張ったと思う、俺もそうだけど若返ってなかったら、絶対に途中で倒れていただろうな。


 俺達は水分の補給も無く、すごい距離を黙々と歩いて、ようやく辿たどり着いたんだ。

 村を見つけた嬉しさよりも、ホッとした感じだ、もう歩かなくても良いのがとても幸せだ。

 ただ死ぬほど水が飲みたい、喉はカラカラで唇はひび割れを起こしている、頭がガンガンするのは熱中症寸前だからだと思う。



 村は簡単な木柵で囲まれている。

 村の建物はほとんど平屋の木造だ、唯一ある高い建物は簡単な構造の、たぶん見張り塔なんだろう。


 文明の程度はかなり低い、生きていくだけで必死な感じが、この村からはただよっているぞ、嫌な予感しかしない。


 門みたいな所に、獣の皮で作ったよろいを着た若い男が立っている、見張り番なんだろう。

 先端が鉄らしい長い木のやりを持っているから、この世界はかなり危険な場所なんだと思う。


 「お前達は、〈みいれられた者〉だな。 おさを呼んでくるから待っていろよ」


 言葉は普通に通じるんだな、〈みいれられた者〉ってなんだろう。


 「〈みいれられた者〉って何よ。 一目で私達が普通じゃないって分かるのは、顔かしら、それとも服なのかな」


 「服じゃないかな。 どんな人種がいるのか分からないけど、顔じゃないと思う。 そんなには変わらなかった気がする。 それよりも文明度が低い感じが、しないか」


 「んー、すごくするわ。 パッと見ても鉄とか金属があまり使われて無いもの」


 おさはムスッとした顔で、俺達を村の中へ入れて、井戸のそばまで連れて行ってくれた。


 「水は貴重なんだ。 今日は好きなだけ飲ませてやるが、明日からは配給された分だけだからな。 おきてを破ったら罰が待っているぞ」


 「貴重なんですね、分かりました。 水をありがとうございます」


 「掟は守ります。 井戸を使わせてもらい、ありがとうございます」


 俺達は腹一杯水を飲んで、かろううじて生き延びることが出来た。

 ただの水がこんなに美味しいと感じるのは、生まれて初めての経験だ、〈水は命の源〉と言われるのは色んな意味で真実だと強く感じる。


だけど村長を始めこの村は、俺達をこばむことはしないが、決して歓迎しているようには見えない、警戒しているって言うよりあつかいが雑だ。

 村って言うのは閉鎖的だと聞いたことがある、俺達が村の一員と認められるのは何年もかかるのだろう。


 いかにも貧しい村だから、飲料水や食い扶持くいぶちが減ることで、かなりの負担となってしまうのかもしれない、村から早々に出ていくことも考えておく必要があるな。


◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


 水がこんなに美味しく感じるのは、衝撃的な経験だわ、一変に生き返った気がする。


 それにしても私達を見る村人の目が、明らかに侮蔑ぶべつを含んでいるわ、平等な人間だと思っていない気がしてしまう。


 村の外れにある狭い納屋みたいな建物が、私達に与えられた住居らしい。

 恐る恐る入った後で、〈ひねこびたイモ〉が放り投げられてきた、まるで家畜のエサのように感じる。


 だけど今は気にしてもしょうがない、恵んでもらった〈ひねこびたイモ〉を食べて、もう寝ることにしましょう。

 とんでもない距離を歩いたから、体力はすでに限界を超えてしまって、いつ倒れても不思議じゃない。


 この世界の様子が分かったら、少しでも早くこの村を出ていった方が良いと思った。


 「狭いし、このわらっぽいのが何だか湿っているな」


 「ほんと最悪ね。 体をくくらいしたかったんだけど、とてもそんな雰囲気じゃ無かったわ」


 「そうだよな。 村長の家なんて贅沢ぜいたくは言わないけど、これじゃ家畜と変わらないな」


 〈まだ夫〉も私と同じように思っているのね、考えが合うとイライラしないわ。


 家畜小屋であっても、私達はとても疲れていたから濡れた藁の上で泥の様に眠った、若くなった体は睡眠を求めているのだろう、朝日が板壁の隙間すきまからまぶしくして来るまで一度も目を覚まさなかった。



 朝早く私達は村の柵から連れ出され、かなり離れた洞窟どうくつの前に連れて行かれた。


 道すがら、かなりの数の村人が、畑で農作業をもう始めているのが見える。

 農家の朝は早いとは知っていたが想像以上だ、素人だけど畑は肥えているようには見えない、この村の食糧事情が心配になってしまうわ。


 「いいか、お前達はこの洞窟に潜って、魔物を狩るんだ。 コケも採取してくるんだぞ。 これは魔物を倒す武器だ、村の物だから壊さないようにしろよ」


 村長から渡されたのは、かなり長い木のやりだ。

 全て木で出来ていて金属部分は全くない、先端をとがらせているだけの代物だ。

 見張り番が持っている槍とは違う、殺傷能力がかなり低い感じだわ。


 「あのう、魔物って何ですか」


 〈まだ夫〉が吃驚したような間抜けな顔で聞いているが、間抜けな顔になるのも仕方がない、魔物っておとぎ話の世界だよ。


 「魔物は魔物としか言いようがない。 ここは一級の迷宮だ。 原則的には一度に一匹の魔物しか出て来ない、一番難易度が低いから安心しろ」


 うわぁ、私達は怪物みたいなものと戦わされるんだわ。

 当然命に危険があるっていうことね、だから突然紛まぎれ込んだ私達が入らされるんだ。


 嫌だと言えばどうなる、村を追い出されて、からびてしまいそうね。

 もっと悪ければ私は凌辱りょうじょくされた後に、〈まだ夫〉と一緒に殺されてしまうかもしれないな、その後には畑の肥料にされてしまいそう。


 村長の厳しい顔と、道をふさぐように立っている見張り番の、下品な薄笑いがその証拠だわ。


 「この槍で十分なのですか」


 思わず聞いてしまった、だけどこの木の槍しか武器がないのだから、聞くのはしょうがない、せめて見張り番と同じ物を渡しなさいよ。


 「あぁ、充分だ。 今までの迷宮役夫めいきゅうやくふも、この槍でちゃんと結果を残している」


 くっ、〈今まで〉ってどう言うこと、皆いなくなったんじゃないでしょうね。


 私達は後ろから強引に押されて、〈洞窟の迷宮〉に入らざるなかった、ここで逆らえば死が待っているだけだ、少しでも確率が少ない方を選ぶしかない。


 〈まだ夫〉の後ろから私は、薄暗い洞窟に入って行く、私は女でまだ妻なんだから、先頭は遠慮されていただきます。


 〈まだ夫〉はそのことに文句を言わずに、慎重に歩いているのが妙に頼もしく感じる。

 ほんの少しだけ惚れ直ほれなおしちゃいそうよ、でも誤解しないでね、マイナスが減っただけだから。


 薄暗いけど、壁や天井が見えないほどじゃないのは、岩の壁が薄っすら光っているからだ、光っている原理は、考えても答えが見つかりそうにないな。

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