浮気による離婚協議中に、過酷な異世界へ転移してしまった

品画十帆

第1話 トレーラーと鉄骨

 俺は〈今はまだ妻である女〉と、離婚カウンセラーの事務所へ車で向かっている。


 本当は浮気したような女を車に乗せたくは無いのだが、〈もう直ぐ元妻〉はペーパードライバーだからしょうがないんだ。

 んー、バスかタクシーで行ったら良いんじゃないのか、今さらながら思いついたな。


 俺は自分で思っている以上に、浮気されたことがショックなのかもしれない。


 俺と〈もう直ぐ元妻〉は、双方とも不倫をして、別れる直前だ。

 互いに不倫をしたのだから、離婚協議は簡単に済むと思うだろう、ところがぎっちょん、〈直ぐ元妻〉が俺の方が先に浮気をしたのだから、有責ゆうせきは俺の方だと言い出したんだ。


 「何を言っていやがる。 男とホテルのロビーで会っていたじゃないか。 君が先に浮気をしたから、仕返しをしただけだ」


 俺はそう言ってやった、本当の事だからな。


 「違うわよ。 私は彼とお話をしていただけだわ。 肉体関係はあなたの方が先よ」


 はぁー、どっちが先なんて、分かりようがない、コイツは頭が悪いんだ。


 「もお、同時で良いじゃないか」


 俺はもう何度目か分からない言葉をまた言ってしまう、心からの叫びだから止められないんだ。


 「いいえ、私の方が後だから、私は悪くないわ」


 「あぁ、何を言っているんだ。 男と二人切りで会ってたら、それはもう浮気なんだ」


 「そんなこと誰が決めたのよ。 〈あなた〉が言っているだけでしょう。 慰謝料とかそんな事じゃなくて、私の浮気のせいで別れるのが嫌なの」


 「うーん、君が浮気をしなかったら、俺は別れたりしないよ」


 「ふん、〈あなた〉は大バカね。 その時は私が許すはずがないわ」


 はぁ、こんな調子で話にならないため、離婚カウンセラーの事務所へ行くことにしたんだ。


 ― キキッ  ―

 ― ガガッガ ―


 何か嫌な音が斜め前方からしてくるぞ。


 「きゃー、止まって。 トレーラーが…… 」 


 減速が甘過ぎて曲がれなかったのか、トレーラーがかたむきながら車線をはみ出して迫ってきた、積み荷の鉄骨も崩れて今まさに覆い被おおいかぶさろうとしている。


 〈直ぐ元妻〉の金切り声かなきりごえが聞こえているが、俺も悲鳴のような声を出していると思う。


 目もおかしくなったみたいで、崩れた鉄骨に大きな目が浮かび上がったように見える、闇をたたえたひとみの中の冥府めいふへ、今から突っ込むと教えてくれているだろう。


 【くそっ、悪趣味な演出だ】


 俺は心の中でののしるしかなかった、声に出す時間はもう無かったんだ。


 急ブレーキを目一杯踏んではいるが、全く間に合いそうにない、フロントガラスに鉄骨が刺さってきたぞ、これはどう考えても助からない状況だ。




 はっ、ここはどこだ。



 目が覚めたら地面の上だった、緑だから草が生えているのだろう。


 「くぅー、背中が痛いわ」


 「トレーラーと鉄骨はどこへ行ったんだ」


 「夢の中でも無いし、病院でもない感じね。 私に分かる訳がないでしょう」


 〈直ぐ元妻〉の言う通りだけど、もう少し言い方があるだろう、前はこうじゃ無かったんだが、癇に障かんにさわる言い方だよ。


 「これは神隠かみかくしか、異世界へ飛ばされた感じだな」


 「うふ、私達ってもう、おじさんとおばさんなのに、神隠って変なの。 子供がなるものでしょう」


 神隠しを普通の事のように語る、〈直ぐ元妻〉の奇妙な精神がまるで理解出来ない。


 「俺はまだ、だんじておじさんでは無い。 それにどうやら、見た目は若返っているらしいぞ。 君は高校生くらいに見えるな」


 「えぇー、うそ。 良く見たら〈あなた〉も高校生に見えなくも無いな。 お肌もツルツルだわ。 喜んで良いのかしら」


 精神はおばさんだな、こんな時でも肌年齢が気になるのか、無駄むだに高い化粧品を使うはずだ。


 「喜んで良いはずがあるか。 元の世界へ帰れるかも分からないんだぞ。 それにまず自分達の置かれている状況を把握はあくする必要がある」


◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


 ふん、偉そうに。

 前はもっと私の話を聞いて合わせてくれたのにな。


 年月を重ねて二人とも、遠慮が無くなって思いやりも無くなったんだわ。

 異常な状況におちいったから、無理やりにでも明るく振る舞っているのが分からないの、本当にダメな男。


 「状況の把握ってどうするのよ」


 「そうだな。 まずは人が存在しているかだな。そ の前に何を持っているか確認しよう」


 〈まず〉って言った後に、〈その前〉ってどう言うことよ、考えがブレブレね。


 「あっ、ハンカチしかないわ。 時計もスマホもティッシュさえ消えている」


 「俺の方は全くないな。 ズボンのベルトも無くなっているぞ」


 「もう、あれほど言っているに、またハンカチを忘れたのね。 おトイレに行った時にズボンでいているでしょう」


 はぁー、こういうところがダメなのよ、もっとシャキッとしなさい。


 「うっ、こんな状況なのに、そんな事はどうでも良いじゃないか。 それよりも、このままじゃ俺達はえて死ぬか、その前にのどが渇いて生き地獄を味わう事になるぞ」


 〈食べる物が無くて飢え死にする〉って言ったくせに、〈味わう事になる〉と言う言葉のチョイスはどうなのかな、いちいちイラつくわ。


 〈まだ夫〉を攻撃して私は心の均衡きんこうたもっているふしがあるけれど、些細ささいな事で本当にムカつくわ、だから離婚するんだったんだ。


 「ここにいてもしょうがない。 舗装ほそうはされていないけど、草が生えていないこの線は道だと思う。 これを辿たどって行けば人と遭遇そうぐうするはずだ」


 「どっちの方向へ行くの」


 「この枝の倒れた方へ行こう。 君が枝を立ててくれよ」


 「んー、良いけど。 どうして自分でしないの」


 「それは君の方が俺より運が良いからさ」


 「はぁ、同時に神隠しにあったのよ」


 「君は俺と結婚出来たけど、俺は君と結婚してしまったんだ。 運が良いのは一目瞭然いちもくりょうぜんだろう」


 コイツはやっぱりダメ男だ、何も分かっていない、嫌になってしまう。


 「はぁー、なにバカなことを言っているの。 全くの逆じゃない。 〈あなた〉は私と言う最高の女と、結婚出来た事をもっと喜びなさいよ」


 それでも私は枝を立ててやった、良い女はダメ男の言動なんかに左右されてはいけない、大人の対応が出来る事をそのバカ面で見ていなさい。


 枝が倒れたのは向かって右側だった、左右はあまり意味が無い、お日様が見えている方向だからきっと正解だろう。

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