第2話


「どうして話ができるの?」

『ワタシは魔力持ちだし、ここは磁場があるから少しはこの世界に干渉できる』

「そうなんですか」

『あなたもワタシたちが見える、話ができる。そういう能力があるんだね。大抵の人には見えもしないのよ』

『『『見えない、見えない』』』

「そうなの? はっきりとじゃなくて薄青いもやのように見えるの」

 そういえば時々何となく感じていたけれど、誰も注意しないし見間違いか、気のせいかと思っていたのだ。


『お腹が空いたでしょ、何か持ってきてあげる』

 そう言って薄青い影がフッと消える。他の沢山のお化けたちはゆらゆらしたりひそひそしたりしているだけだ。やがてまたフッと現れたオバケはトレーにチーズとパンとミルクを乗せて持って来た。いつものご飯よりずっと贅沢だ。食後にリンゴまで出て来た。

「オバケさん、ありがとう」

『いいってことよ』

『『『いいってことよ』』』

 周りのオバケもゆらゆらしながら答える。人よりもオバケの方が優しかった。

『もうお休み。見張っといてあげる』

『『『ふとん、ふとん』』』

 牢屋の隅にある朽ちたベッドの残骸にオバケが集まる。


『あんた、何て名前だっけ』

「私はユディスです。オバケさん」

『ユディス、ワタシはアーベルだ』

 オバケにも名前があった。

「アーベルさん」

『ユディス、そこのベッドは朽ちそうなのでみんなで補強した。お休み』

 オバケのベッドに寝るのだろうか。恐る恐る横になると、オバケのアーベルが掛布団になった。ちょっと、いやかなり怖い。

『大丈夫、守ってあげるから安心してお休み』

 アーベルがへにょりと笑う。その顔を見ると少し怖さが遠ざかる。

「おやすみなさい」

『『『お休み、お休み』』』

 寝心地はとてもいい。フワフワして冷たくもない丁度いい温度で。知らないうちに眠っていた。



 翌朝、侍女がカギを開けると、オバケはあっという間に消えた。

「ユディス、水汲みに行くんだよ。さっさとおし、サボるんじゃないよ」

 侍女が来るまでユディスは地下牢でぐっすり眠った。こんなに良く寝たのは久しぶりだ。


 侍女に命じられてユディスは地下牢から出て水汲みに外の井戸に行く。井戸の水を汲み上げてバケツに入れて運ぶ。何だか水が一杯のバケツが軽いような気がして見るとアーベルとオバケたちがバケツを一緒に持てくれている。

「ありがとう」

『外は少ししか干渉できないんだ。ごめんね』

『『『ごめんね、ごめんね』』』

「ううん」

 屋敷の外にでるとアーベルたちの姿がもっと薄く透き通って見える。ユディスは彼らが消えてしまわないかと心配になった。



 ユディスは叔父一家にお屋敷を乗っ取られて、下女としてこき使われながら何とか生きていた。

 ロザンネが苛めても、ヘルマンが悪さをしようとしても、何かに阻まれてしまう。それはアーベルたちオバケのお陰なのだ。この屋敷には磁場があってアーベルたちオバケはこの世界に干渉できるというのだ。


 やがてユディスは15歳になった。叔父はユディスにお金のかかる教師や学校にやって教育を受けさせたりしない。だがオバケのアーベルたちが色々な事を教えてくれた。貴族の令嬢としての作法もオバケが教えてくれた。そうなのだ、彼女は地下牢にいる他のオバケたちとも意思を交わせることができるようになったのだ。

 しかし、ノートやペンはないので、話を聞いたり身体を動かしたりするだけだった。


 この国は女性も相続することができる。ユディスが16歳になって成人したらホラント伯爵家を継げるようになる。乗っ取りしようと考えている叔父叔母は、その前に嫁に出せばよいと考えた。そしてユディスを悪霊憑きの将軍と結婚させる事にしたのだ。


 メルハイム将軍は先の大戦でこの国を蛮族の襲撃から守った英雄だ。国王からたくさんの褒美をもらい、王都に宮殿を建てて住んでいる。色んな貴族の令嬢が彼に嫁いだが誰も耐えられなくて出て行く。将軍には恐ろしい悪霊が憑いているという噂があった。それでか彼はまだ独り身であった。

 持参金が要らなくて、支度金を出すというメルハイム将軍に、叔父も名乗りを上げユディスを嫁がせる事にした。


 叔父には「嫁に行ったらもうお前はこの家の者ではないのだ。絶対に帰って来るな」と厳命された。みすぼらしいユディスは将軍に気に入られなくて追い出されるか、悪霊に取り殺されるかだと思っている。叔父は支度金を取り上げ、厄介払いができたと喜んだ。


 お屋敷の仕事が終わってやっと離れに戻ると、アーベルたちオバケが出迎える。

『ワタシたち憑いて行けないし、ここに居ても仕方ないから昇天する事にしたの』

「そうなの、色々ありがとう。アーベルさんたちのお陰で、私はちゃんと生きてこれたわ」

『元気でな。ユディス。きっといいことがあるさ』

『『『きっといいことがあるさ』』』

「うん、みんなの幸せを祈っているわ」

 ユディスはみんなともう会えなくなると思うと泣きそうになる。みんなが昇天するのを引き止めてはいけないと無理に笑った。


 ユディスはオバケの皆と別れて、バッグひとつでロザンネのお古のドレスを着せられ、貸し馬車に乗ってお嫁に行く。バッグの中はヨレヨレの服と下着だけであった。

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