虐げられた令嬢と悪霊憑きの旦那様
綾南みか
第1話
ユディスはホラント伯爵の一人娘だった。だがユディスが10歳の時、夜会に行った両親が馬車事故で亡くなった。
両親の葬儀が終わるとユディスの家に叔父一家が乗り込んできた。ユディスの父の弟である叔父と、叔母と従兄妹のヘルマンとロザンネである。彼らはホラント伯爵家の召使を追い出すと、屋敷を我が物顔で歩き、全ての部屋を物色して回った。
「ユディス、今日からこの屋敷には私たちが住むわ。あなたは、そうね、出て行って欲しいけれど親戚だから特別に養ってあげるわ。外に離れがあったでしょ、あちらに住んでくれる?」
叔母が猫なで声で告げる。
「そんな……」
「何か文句があるのか? 追い出されても仕方がないのだぞ。早くしなさい」
叔父に脅すように言われて、荷物を取りに自分の部屋に行くと、そこにはロザンネがいた。
クローゼットからユディスのドレスやらアクセサリーやらを取り出して鏡の前であてて見ている。部屋の前で呆然と立ち止まったユディスを見て「ダサいドレスばかりね。でも仕方がないわ貰ってあげる」とニヤリと笑った。
「今日からこの部屋は私の部屋になるのよ。この部屋の物は全部私の物になるの。さっさと出て行って。ユディス、そのドレスも脱いで、私のよ。あなたの物はここには何一つ無いわ」
「そんな──」
そこに叔父と叔母の連れて来た執事が立ち塞がった。
「ユディス、お前は明日からこの屋敷で働くのだ。これはお前の制服だ。ほら、これを持ってさっさと離れに行け」
ユディスに下働きの下女の服を押し付けて叔父の執事は肩を掴んで押した。ユディスは転びそうになりながら屋敷を追い出された。
10歳の少女には為す術がなかった。その日からユディスは下働き用のごわごわのブラウスとスカート、エプロンを着て、他の雇人と同じように水汲み、掃除、洗濯といった仕事が割り当てられ遠慮なしにこき使われた。屋敷の使用人は殆んど辞めさせられ叔父夫婦が雇い入れた使用人と入れ替わった。
ユディスの味方は誰もいなかった。
毎日ユディスは追い使われた。食事は朝晩の薄いスープとカビの生えたパンだけだ。「お父様、お母様。早く私を迎えに来てください」朽ちかけた小さな離れの部屋で毎日涙ながらに両親にお祈りをした。
ある日、廊下の拭き掃除をしていると従姉妹のロザンネに絡まれた。
「あんたの髪は金髪なのね、許せないわ」
ハサミを持って来てユディスの髪を切ろうとする。
「止めて!」
逃げようとしてバケツを引っ繰り返してしまった。
「きゃああーー!」
ロザンネが悲鳴を上げる。
「どうしたの、ロザンネ」
叔母と執事が出て来た。
「ユディスが私にバケツの水をかけたのよ」
水はロザンネにはほとんどかかっていなくて、床を掃除していたユディスにかかったけれど叔母はいきり立ってユディスを持っていた扇で打ち、執事に「地下牢に入れるように」と命令した。
ユディスは知らなかったがこの屋敷には地下牢があったのだ。ユディスは執事に引き摺られて地下牢に放り込まれ鍵をかけられた。
「出して、お願い!」と鉄格子を掴んで縋ったが「そこでしっかり一晩反省するんだな」と執事はにべもなく言い、さっさと階段を上がって行ってしまった。
地下牢は薄暗くて床は石が敷き詰められ、かび臭い饐えた臭いが立ち込めていた。ユディスは鉄格子を掴んだまま泣きそうになる。
「どうして……、お父様、お母様」
すると背後の空気が震えるように動いた。ユディスは振り向いた。
「誰、誰かいるの?」
薄暗い牢の中の薄い闇がゆらゆらと揺れている。
その薄ぼんやりと蠢いている何かが、手を伸ばしてユディスに向かって来る。それも一つじゃなくて幾つもだ。
「きゃああーー!! 助けてえええーーー!!」
ユディスは牢の鉄格子を掴んで叫んだ。それらが一歩一歩と近付いて来て、もうすぐ手が触れるという所まで来て、気を失ってしまった。
ザワザワザワ……。ヒソヒソヒソ……。
誰かが喋っているような声がする。ユディスは目を覚ました。目の前に蒼い顔をしたゆらゆらする者がいる。
『大丈夫?』
「ひっ!」
『『『大丈夫』』』
さざ波のようにひそひそと囁く声。ユディスの周りに集まった薄蒼い顔の何かたち。
「きゃああぁぁぁーーー!!」
ユディスは叫んだがそれがいなくなることはなかった。
『何もしないよ』
「いやいや、来ないで」
『『『何もしない、何もしない』』』
『『『大丈夫、大丈夫、大丈夫』』』
「うっくっ……」
泣きながら蒼い顔を見るユディス。蒼い顔がへにょりと笑ったように見えた。泣いているユディスの頭を撫でる者。『ラララルルルー』と歌う者。手足をゆらゆらさせて踊る者もいる。
『あなたはワタシたちが見えるんだね』
へにゃりと笑った蒼い顔は他の薄い影よりは少し輪郭がはっきりしている。
『昔ここにあった鉱山で落盤事故があってみんな死んだんだ。それからずっと、ワタシたちはここにいる。ここの主がどんどん代替わりして、人も増えないし、もう昇天しようかってみんなで話し合っていたんだよ』
『『『そうだ、そうだ』』』
『でもあんたのコトが気掛かりだから、もう少しここに居る事にしたー』
「オバケさん……?」
『んー、オバケかー、オバケだけどねー』
周りの薄青いもやが笑うようにゆらゆらと揺れる。
こんな訳の分からないオバケたちと一緒に居るのは怖い。けれど味方がいるのは嬉しいかもしれない。話が出来るのも嬉しいかもしれない。怖いけれど。
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