第4話 帳場

 翌日、2つの殺人事件に対し、帳場が立った。

 戒名は『アートワーカー殺人事件捜査本部』である。

 続けざまに起こった殺人事件のセンセーショナルなニュースに、人々はSNSなどで犯人を『アートワーカー(芸術労働者)』と言い始め、マスコミもこぞってそう書き立てた。

 つまりはそれを知った上層部が安易に乗っかった結果である。

 当然ながら、森永は犯人をアートワーカーなどと呼称することに酷く不快感を露わにしていたが。

 会議室の入り口に、戒名が貼られるのを横目に、捜査員が続々と入ってくる。

 一通り席が埋まったところで、会議室の扉が閉ざされ、号令が掛かった。

 捜査員がさながら軍人のように、一糸乱れぬ礼をして着席する。

 その様子を見届けると、森永はマイクを手に演台へと立った。

「お疲れ様です。皆さんもご存じの通り、この東京で、再び恐ろしい殺人事件が立て続けに起こっています」

 捜査員は皆、真剣な面持ちで森永の言葉に耳を傾けている。

 正面のホワイトボードには、埠頭の事件の遺体、そして青梅市の事件の遺体の写真が貼られ、その余白に佐伯の写真が貼られていた。

「先程科捜研から連絡が有り、今最も疑わしいとされている佐伯の車に残されていた毛髪と、青梅市の遺体のDNAが一致した事が確認されました。つまり──」

 森永はひとつ咳ばらいをすると、眉間にしわを寄せた。

「今ほど掲げたばかりではありますが、『アートワーカー殺人事件捜査本部』から、『アートワーカー<連続>殺人事件捜査本部』へと、戒名が変更されました」

 帳場内がざわついた。

 だが、氷室にとってはどうで良い事だった。

 恐らく森永自身もそう思っている。

 これを重要事項として会議の最初に宣言せよと言っているのは、マスコミ対策が気になって仕方のない上層部なのだろう。

 眉間のしわは彼のトレードマークでもあるが、管理者であるばかりに口に出せぬ『不満のバロメーター』でもある。

 そんな事など露ほども知らずに席で頷く管理官の顔をちらと見て、森永は「進めます」と抑揚のない声で宣言した。


 これまで分かったことはそう多くはなかった。

 しかし、青梅市で発見された『ウィトルウィウス的人体図』の肩についていた両腕は、埠頭の遺体、『サモトラケのニケ』の物である事が、鑑定により明らかになった。

 とは言え、他にも身元の分からない脚が1組ある。

 つまり、余程の外科的知識と腕前がなければ、3人目の遺体が何処かにあるという事だ。

 森永も同じ考えと見え、写真を指し示し、今最も有力な被疑者である佐伯に、脚を切除して生かしておけるだけの技術と設備があると言うのは現実的とは思えないと言う見解を示した。

 再び帳場がざわつく。

 昔から、捜査は想像力だと言うが、ここにいる刑事の殆どはその想像力が足りないと見える。

 わざわざ手を上げて、「3人目の遺体がどこかにあるという事でしょうか」と聞くバカすらいた。

「……そう考えるのが妥当でしょうね。しかし、遺体が発見されていない以上、死亡しているという断定的な表現は避けます」

 真面目な森永が、眉間のしわを一層深くして答えている。

 あのサラサラと美しい髪が抜け落ちねばいいがと、氷室は同情した。

「情報を整理します」

 森永はそう言うと、照明を落とし、正面のモニターにパソコンの画面を映し出す。

 そこには次のようにあった。


 <遺体についての纏め>

 ① 第一の殺人 サモトラケのニケー(頭部[不明])

 ② 第二の殺人 ウィトルウィウス的人体図 +(ニケの両腕)+(Xの両脚)

 ③ 第三の殺人? X-(両脚)

 

 ※①~③のDNAと佐伯の車輌から検出された毛髪等のDNAが一致。

 その他、身元不明の血液(DNA)が、多数佐伯の車輌から発見されている。

 

 帳場に集まった捜査官が、一斉にメモを取り始める。

 氷室の隣に座っている翔平もポケットに手を突っ込んだが、出したのはスマホだった。

 モニターをズームで捉え、パシャリと撮ってまたポケットにしまう。

 実にイマドキである。

 手帳にメモを取ろうとした氷室だったが、それを見た途端、馬鹿馬鹿しくなった。

 

「これから分かるように、既に2人の人間が殺害され、1名が行方不明、多数の人間の安否が心配される状況となっています。

 事件の凶悪性から鑑みても、一刻も早く、被疑者逮捕の必要性がある事がお分かり頂けるでしょう。そこで──」

 森永がキーボードを叩く。

 すると画面が切り替わり、「プロファイリングから見る犯人像」と映し出される。

「こちらは、以前別の事件でお世話になった、横井犯罪心理学研究所の横井先生が、ご厚意で送って下さったプロファイリングです。

 後ほど資料をお配りしますが、ざっと説明します」

 そうして公開された横井による犯人像は以下のようなものだった。


 ① 30代半ば~40代半ばの男性。

 ② 完璧主義者。知能指数が高い。

 ③ クリエイティブな職業、又はそう言った趣味を持っている。

 ④ 他者に共感出来ない、罪悪感の欠如。

 ⑤ 経済的に余裕がある。

 ⑥ 女性に好感を持たれるようなハンサム。美意識が高い。

 

 捜査員が必死にメモを取る中、翔平は再びシャッターを押す。

 氷室はなんだか滑稽で、思わず破顔してしまった。

 意外とこう言うニュータイプが、あっさりと真実に辿り着いてしまうのかもしれない。

 森永は、多数の旧式がメモを取り終わるのを待って、モニターの電源を落とした。

「プロファイルは必ずしも当てはまるとは限りませんが、全くの手探りよりもいいでしょう。参考にして下さい。

 ともあれ、我々は遺体の身元を明らかにし、両足を失った人物を探し出し、そして、二度とこのような被害者を出さぬよう、一刻も早く犯人を逮捕せねばなりません。

 よろしくお願いします」

 森永がそう締め括り、初回の捜査会議は終了した。

 

「氷室刑事」

 翔平と連れ立って会議室を出ると、後ろから森永が声を掛けてきた。

 上層部を送り出したせいか、少し表情が和らいでいるように見える。

「今、病院から連絡がありました。佐伯から暴行を受けた百田刑事ですが、意識を取り戻したそうです」

「……良かったぁ」

 翔平はぎゅっと目を瞑ると、項垂れた。

 余程心配していたと見える。

「知り合いだったのか」

「全然。でも、同じ警察官じゃないっすか」

 翔平は当然のようにそう言う。それでそこまで心配するのかと思ったが、翔平なら有り得るのだろう。

 森永も、一瞬きょとんとした表情を見せたが、「素晴らしいですね」と、頬を緩ませた。

 それを受け、翔平も「えへへ」と笑う。

 氷室はと言うと、いつも冷徹な筈の森永の微笑みに、ただただ驚いていた。

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