疑懼 2
京堂さんと天龍さんが出て行った後、大淀さんは席を立って廊下に顔を出した。四方八方に視界を飛ばしていたかと思うと、今度は羊羹テーブルの足下をキョロキョロとする。
「……何してんの?」
疲れ果てたような、苛々したような声で瑠偉が声をかけた。
「ちっと……気になることがあってねぇ、みなさん」
「盗聴器ですか……?」
「その通り、さすが桜ちゃんだ」
パチパチ、と私へ拍手をした大淀さんは、急に道化を捨てて真面目な顔になった。
「桜ちゃん、堂さんのことを悪く思わないでやってくれよ。純情な人だし、別れた後も綾さんのことをずっと想ってるような人だからさ。こんなことになって……ナーバスなんだよ。桜ちゃんのことを本気で犯人とは思っていない、気になったことを訊いただけなんだ」
いつになく真面目な姿を見せる大淀さんに私は面食らったけど、瑠偉みたいに彼の顔を見つめることしか出来ないほどに困惑はしていなかった。
「大丈夫です……京堂さんを悪く思ってはいませんから。さっきは……嫌なことを思い出してしまったんです」
「にひひ、良い嫁さんになるよ。さて……と、ちっと聞かれたくない会議を始めようか」
「会議っスか……?」
いささかうんざりしたような口調で、愛里は突っ伏していた顔をあげた。昨夜は眠れなかったのか、よく見ると目の下が黒い。
「俺はこの面子を疑うなんてナンセンスだと思ってる。どう考えても家人が怪しいっしょ」
声を落とし、内緒話をするように私たちに顔を寄せる。
「理由はまだわからんがね……綾さんを襲ったのは家人さ。昨夜からの怪しい言動を見てきただろ? 堂さんがサロンに行った隙に誰かが襲ったのさ……綾さんのことはどこかに隠してある。いくら表面を捜したって見つからないさ。多分地下室とかに……」
地下室と聞いて、あの物音を思い出した。何か重たい物を引きずるような音……。
「だから……理由は?」
「それはわからんね……あいつらの心の中さ。とにかく、俺たちも警戒するに越したことはないってことだ。あのイヤホンマイクだって盗聴器の受信機かもしれないし……」
私たちは顔を見合わせる。綾香さんが狙われた動機は不明のままだけど、家の人が奇妙な言動を見せることは事実だし、大淀さんが言うように警戒することには一理あると思えた。もしかすると、家び人たちも把握していない狂人がいて、彼らの隙を狙って動いているのかもしれない――そう思った時、
「失礼します」
開かれたままのドアをノックし、久留米さんがサロンに入って来た。羊羹テーブルの私たちを見回すと、
「京堂様、天龍様はどちらに」
久留米さんからは、怒っている、悲しんでいる、そういう気持ちがまるで伝わってこない。笑うことはあるんだろうか、なんて思うから、狂人という分類なら久留米さんはある意味で相応しいんじゃないだろうか。壊れたロボットなら三原則も無視出来る。
「ああ、二人なら医務室っすよ」
大淀さんにそう言われ、久留米さんはイヤホンマイクに触れて頷くと、スッとドアの横へ移動し、戻って来た京堂さんと天龍さんへ一礼した。
その一連の動きを見て、大淀さんが警戒している盗聴器の存在が現実味を帯びてきた気がして、ちらりとテーブルクロスを捲った。
「京堂様、古林より屋敷内を案内するようにと言われました。必要ですか?」
「ああ、それはありがたいです。この家のことを何も知らないのは……犯人の後手に回る可能性が高いので」
行こう、と京堂さんは私たちを促したけど、交わした約束のことを久留米さんはしっかりとおぼえていた。案内に同行出来るのは助手としての役割を担う者一人です、と釘を刺されてしまい、京堂さんは天龍さんを助手として選んだ。
「みんな……出来るだけ一人にはなるなよ? トイレに行く時も四人で……な?」
ドアが音を立てて閉まり、サロンには四人だけが残った。すると、大淀さんが揚々と立ち上がり、私たちに向かって両腕を広げた。
「さて、全員で客室棟を調べてみようか。厄介な監視は二人が連れて行ってくれたからさ」
「監視って……久留米さんのこと?」
「その通り、今なら家の連中の目を気にして動く必要はない。ただし……廊下や個室の盗聴器の有無は不明なため……発言には気をつけること」
見たところ、サロンにそれらしい機器は見当たらなかった。監視カメラの可能性もあるけど、違和感無く隠すことは不可能のはずだ。
「もしかしたら……綾さんの痕跡が見つかるかもしれないよ」
大淀さんの提案に、私たちは顔を見合せて頷いた。ここで放心しているよりはいいと思うけど、きっと全員が抱いていただろう不安を愛里が口にしてくれた。
「でも……アヤ姉さんの痕跡か本人を見つけたとしたら……この家の人が狂人ってことがわかるわけっスよね? ホラー映画じゃ確実に皆殺しにされる展開じゃ……」
「だから堂さんが一緒に行動しろと言ったんだよ。俺も堂さんも瑠偉もサバイバルナイフとエアガンくらいなら持っている」
それが必要になった時は相当追い詰められている状況だと思ったけど、私は口にせず、三人と一緒にサロンを後にした。
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